第20話 優しいところ

俺の拳を受けたジャーマノイドはピクリともせずに地面へと倒れ伏した。起き上がる気配は微塵もない。


「……はぁ」


フラリ、と。気が抜けたのか、足もとがおぼつかなくなる。俺もまた、その場に尻もちを──いや、背中から後ろに倒れ込んでしまう。




「──コウくんッ!!!」




ガバッ、と。後ろから柔らかで温かなものに包まれた。


「コウくん……! しっかり……!」


「……わか


後ろから覗き込んでくるその顔に、ああ、後ろから体を支えられているんだなということが分かった。


「ごめん、心配かけて……」


「何言ってるのよ……私のことを庇ってくれたんじゃないの……」


グスッと、わかが涙声で鼻を啜っていた。


「ありがとう、コウくん……いつもいつも……ごめんなさい……」


「そんなこと……」


そもそもこの役割は俺が買って出たのだから。わかを守るんだって。世界を敵に回すってことがどういうことか、ちゃんと理解した上で。


……まあ、こんな強敵がいるとは思わなかったけどな。


「コウくん、ちょっと待っていて、私、車を取ってくるから……」


「うん……分かっ……──」




──プツリ。あまりの疲労に、そこで俺の意識は一時的に途切れた。




……どれくらい気を失っていたのだろうか。


キュキュッ、という高い音が近くで響く。そしてひとつ唸りを上げてから収まった低い音……エンジン音。


「コウくん……待たせたわね」


「……わか?」


目を開くと、正面にあったのは車。荷台のある軽トラックだった。そこから、わかが降りてくる。


「な、なんで車が……?」


「ご近所にキーを差しっぱなしのコレを見つけてね……緊急時だし、申し訳ないけど拝借させていただいたわ。さあ、乗るわよ……」


「あ、大丈夫。ちょっと休んだし……ひとりで立てるよ」


肩を貸してくれようとするわかを制して、俺はひとりで立ち上がる。背中の砂を払おうとして、地面にカーディガンが敷いてあったのに気が付く。


「……これ、わかの?」


「ええ。持って乗ってくれる?」


「ありがとう……汚れちゃったな」


「いいのよ。それに、それっぽちじゃ少しの恩も返せたうちに入らないわよ」


微笑むわかに、俺も微笑んで返す。ヨロヨロと、まだ少しこわばって自由の利きづらい体で軽トラの助手席に向かおうとして、


「……」


地面に倒れ伏すジャーマノイドに目が行った。


……コイツ、このままここに放置していったらどうなるんだろうか。


追手はここでの戦闘をすぐに察するだろう。きっとすぐにでもここに駆けつけるはずだ。その時、この状態のジャーマノイドが目に入ったら……


「……わか、ちょっとゴメン」


「ちょ……ちょっとコウくんっ!?」


俺は、足に踏ん張りを利かせ、ジャーマノイドを肩に担ぐ。そして、軽トラの荷台へと乗せた。


「コウくん! そいつは敵よ……? なんで……」


「確かに。でも、このまま放置して行ったらきっと殺される」


「……また、命を狙われるわよ? それでも助けるの……?」


「……俺は……目の前に、自分のこの両手ですくえる命があるのなら、そうしたい。ただそれはこのジャーマノイドのためとかじゃなくて……なんていうか、あとで後悔しないために、自分のためなんだと思う」


「自分のため……?」


「俺があのとき助けなかったからコイツが死んだんだって……思いたくない。人の命は絶対に取り返しのつかない、大切なものだと思うから」


「……そうね」


わかは小さく肩を竦めた。


「分かったわ。それじゃあ運びましょう……でも、甲斐甲斐しく面倒なんて見ないからね」


「ああ、もちろんそれでいいよ。ありがとう。それとゴメン」


「ゴメン? なんで謝るのよ」


「いや、俺の勝手で、わかの敵を助けることになっちゃってさ……」


「いいのよ、ぜんぜん」


わかはそう言うと微笑んだ。


「だって、そういう優しいところも好きだから」


「──……えっ」


いま、わか……俺のこと『好き』って……!?


「な、何よ、なんでそんなに驚いてるの」


「いや、だって……好きだなんて初めていわれたから」


「恋人なんだからそれくらい言うでしょっ! フツーのことよ、フツーの。大げさに反応し過ぎ」


わかはプイッと顔を背けると軽トラの運転席に座り、俺も乗り込むとアクセルを踏んだ。


フツーのこと、なんて言ってるわりにはその顔はかなり赤かった。

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