第13話 若の狙いと新たな敵

「ところで……これからの目的地は昨日の内に聞いたけどさ、具体的な目的って言うのは何なんだ?」


「……そうね、まだ言ってなかったわね」


朝ムックに舌鼓を打って満足げなわかはコーヒーをゆっくりと飲みながら答える。


「目的は単純明快。滅ぼすのよ、JAS.Labジャス・ラボを」


JAS.Labジャス・ラボを……滅ぼす?」


わかは頷いた。


「昨日の話で分かるところもあると思うけど……JAS.Labジャス・ラボの研究内容は国際法に著しく抵触するものばかり。言ったでしょ? 私の存在、そのものが国家機密だって」


「ああ、聞いた。それじゃあもしかして……これから向かう先ってテレビ局とかか?」


「いいえ、まさか。マスメディアに私の存在を伝えたところで鼻で笑われるだけよ。『なんの冗談だ』ってね。私が私の存在を知らせるべきは、同系統の研究に特化した表舞台の専門家たち。でも、なんの手土産もないんじゃその人たちにも信頼はされない」


「……証拠が必要、ってことか。じゃあ今から向かう目的地にソレがあるんだな?」


「正解」


わかは口元に笑みを浮かべた。


「研究所の跡地があるわ。機材は全て撤去されて、表向きはただの廃病院となっているけれど……旧サーバーがなぜか生き残っていることを確認しているの。現地に行ってそのサーバーに直にアクセスすれば、そこから新研究所のデータを引っこ抜けるわ」


「それって……ハッキングってこと? そんなに簡単にできるもんなのか? だって、普通はそういうデータって厳重に管理されてるもんなんじゃ……」


「ええ、厳重よ? あくまで外からのハッキングに対してはね。でも、ネットワークセキュリティっていうのはね、内部からの攻撃にはすこぶる弱いのよ。私は元々研究所の人間……必要なお膳立ては全て済ませてきたわ」


「それは……すごいな」


「だてにこの歳で働いてないのよ」


フフン、と。わかはドヤ顔で胸を張った。


「さあ、朝ごはんも済ませたことだし──向かいましょう。JAS.Labジャス・ラボに一泡吹かせるのよ」


俺たちはそうして、ムックを後にするのだった。




* * *




──同時刻。


そのステルス航空機──【EUH-0007サブマリン】は東京都上空へと到着していた。


「……しっかしよぉ、俺たちが集められるなんて、さすがにオーバーキルなんじゃねーか?」


特殊戦闘スーツに身を包んだイタリア人のその男は、スクリーンに映し出される地上の光景見つつ、独りボヤく。


「ギリシャ、フランス、スペイン、ドイツ……そして俺、イタリア。ひとりで核兵器級の力を持ってるとなんて言われることもある【E.H.A】のエースたちが、なんの因果で日本なんてちっぽけな島国に投下されようとしてるんだよ?」


【E.H.A】──それはEUヒーロー協会の略称である。


ヒーローとは言いつつ一般人には知られておらず、その協会は秘匿機関である。所属するヒーローたちは日夜、地球内へと侵入を果たした地球外生命体エイリアンや20万年前にユーラシア大陸を支配していた地底人たちとの戦いに明け暮れている。


「俺たちで日本沈没ビックリ映像でも撮ろうってのか?」


「あら……何も聞いてなかったの?」


同じく特殊戦闘スーツを着たギリシャヒーローの女がクスリと笑う。


「永久機関について……EU特殊情報部が情報をキャッチしたと言っていたじゃない」


「あ? 永久機関だぁ……?」


イタリアヒーローの男が辺りを見渡すと、他の面々は呆れたように肩を竦めた。


「さっきの司令の話を聞いていなかったのか、貴様は」


「ずっと寝てたね、このイタリアン」


長髪ブロンドのフランスヒーローの男、垂れ目のスペインヒーローの男は大きくため息を吐いた。


「ジャーマニーはどうかね? 話、聞いてたね?」


「……ああ」


話を振られた髪を短く刈り込んだそのドイツヒーローの男は、ゆっくりと、深く頷いた。


「『日本における非人道的超能力開発研究の結果、永久機関を作り出せる超能力者が誕生した。人道的見地から対象の保護が必要と判断したため、欧州委員会特殊軍務機構代表は、EUヒーロー協会に対して、日本領土への侵入及び目標達成のための軍事行動を許可する』……司令はそう仰っていた」


「ヒュゥ! その通りだね! しかし丸々復唱とはね……さすが【ジャーマノイド】と呼ばれるだけあって、ロボ味があるね」


「説明グラッツェ!」


イタリアヒーローの男は指をパチンと弾いてウィンクする。


「なるほど永久機関ねぇ? 聞いたことはあるぜ、スゲーやつだろ?」


「あなたが思ってる1億倍はスゲーやつよ」


ギリシャヒーローの女は呆れ顔で答える。


「人のこれからの歴史を大きく変えるモノなの。この永久機関を手にした国が、次の世界の覇権を握ると言っても過言じゃないわ。だからこそ……確実に手に入れるために私たちが来てるんじゃない」


「そうなのか? え、でも俺たちはよぉ、その永久機関を【ジンドー的ケンチから保護】しに行くんだろ?」


「そう。表向きはね。おそらく、欧州委員会の本当の目的はソコではないでしょうけど」


「ああ? なんだよ本当の目的ってのは」


「……はぁ。まだ分からないのかい。欧州委員会はEUでその永久機関を独占しようと考えているってことさ」


痺れを切らしたフランスヒーローの男の言葉に、イタリアヒーローの男は顔をしかめた。


「オイ……本気で言ってんのか? それがヒーローのセリフかよ?」


「……ヒーローなんていうのは、どこに所属しているかによって敵味方が変わるものではないかな?」


「EUの悪事なら見過ごせと言ってんのか、長髪」


「……」


イタリアとフランスがにらみ合った。イタリアヒーローは風を操る能力を持っており、フランスヒーローは異空間から光の戦士たちを召喚し使役することができる能力者だ。


どちらも、破格の力。ぶつかり合えば互いに無傷では済まない──




「ちょっとちょっと、やめてよこんな上空でケンカだなんて!」


「まったくね。僕たちも居るってことを忘れないでほしいね」




ギリシャヒーローの女、スペインヒーローの男が割って入っていた。


「いい? 私たちの目的はあくまで永久機関の【保護】。その後EUが何か悪事を企むのであればその後に止めればいいだけの話でしょう? 私たちが第一に懸念しなくてはならないのは、武力利用しようとする国の手にこの永久機関が渡ってしまうことよ」


「そゆことね。仲間割れしてる場合じゃないね。今は一致団結の時ね」


その介入に、フランスとイタリアのふたりはようやく視線を外し合った。


「……チッ、分かったよ。そこのフレンチは気に食わねーが、優先順位は了解だ」


そうして、船内にはようやく弛緩した空気が流れた。




「──そうか、全員その理屈に納得したか。それは残念だ」




バリィッ! という音が響くや否や、その直後。




──ヒーローたちはみな、膝を着いていた。




「……なぁッ!?」


ギリシャ、スペインのふたりは完全に気を失ってか、床に倒れ伏していた。フランス、イタリアのふたりのヒーローだけが、自分たちの目の前に立つその男を見上げることができた。


床に突っ伏すヒーロー立ちの中で唯一、立っているその男を。


「お前……なんで……!」


「これもまた、優先順位だ」




──ドイツヒーロー。ヒーローネーム【ジャーマノイド】。体内に蓄積したカロリーを電気エネルギーへと変換し、自在に操ることのできるヒーローである。その実力は全世界のヒーローの中でも指折り。3年前の【欧州地下事変】において、地底王バルバドスを単身討伐したことで一躍その界隈でのトップヒーローズに躍り出た。




そんなジャーマノイドは無表情でイタリアヒーローとフランスヒーロー、ふたりの頭を掴む。


「お前たちは邪魔だ」


高圧電流を直接その体内へと流し込み、完全に無力化する。


「フン……欧州委員会の思惑通りにはさせん。永久機関を保護……? その【仕組み】が何たるかも考えずに? バカなことを」


ジャーマノイドが航空機の壁に触れると、ハッチが開いた。




「あの永久機関はこの世から抹殺しなければならない。今すぐ、確実に」




ジャーマノイドは彼専用の装備の最終確認を行うと、ステルス航空機の外、空へと飛んだ。

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