第11話 恋人関係

「……っ」


わかは唇を噛み締めるように、固く結んだ。


「……ダメよ。家族や友人が巻き込まれるかもしれないわ」


「あいにく、俺にも家族や友人はいないんだ」


「……私に、こ──恋をしてくれたって言ってたけど……私は人工的に生み出された人間なのよ。普通の女の子じゃない。いつ、どんな障害が起こるかも分からないし、人権だって認められないかもしれない、そんな不確かな存在なのよ?」


「それでも、俺は今ここにいる君に恋をしたんだ。そんでもって、俺の気持ちはこれっぽっちも揺らいでない」


「……全世界を敵に回す覚悟があるのっ? もう二度と、これまでの暮らしには戻れないかもしれないのよっ!?」


「それでもいい。君と同じ明日が歩めるなら、俺は全世界だって敵に回してやる」


俺は断言する。




「この初恋を守るために──俺は何も諦めるつもりは無いから!」




「…………」


わかはしばらく目を瞑って考え込むようにすると、


「……分かったわよ」


諦めるかのように、大きく息を吐いた。


「あなたは……どうしても意志を曲げそうにないものね」


「うん、ごめん」


「なんであなたが謝るのよ……謝らないで。こんなことに巻き込んで、助けてもらって、謝るのも感謝するのも私の方なんだから」


そう言って、マンガ喫茶の狭い個室の中、膝を着いて俺の方へとにじり寄ってくる。


「えっ……えっ?」


「ありがとう、私のことをそんなにも想ってくれて。丸山コウくん──」


わかが、俺の両手を優しく取って、柔らかく握り、顔を真っ赤にして、




「──私と、付き合いましょう」




力強く、そう言った。


「……えっ!?」


「あなたは私のことが……好きなんでしょっ? だから、私も覚悟を決めたわ。だってこのままじゃ、私があなたに返せるものが何もないもの……っ!」


「い──いやいやいや! 俺、ぜんぜん何かを返してもらうために君を助けるわけじゃないからねっ!? だから、そんなことしてもらわなくても──」


「──嫌なの?」


ジトっと。わかが責めるような視線を俺に送ってくる。


「私のこと好きって言ったじゃない……嘘、なの?」


「う、ウソじゃないです……!」


「なら別にいいじゃない……私をあなたの恋人になさいよ」


「そんなまた、極端な……」


「極端? ぜんぜんそんなことないわよ」


フン、と。わかは軽やかに鼻を鳴らした。


「むしろ共生関係が分かりやすくなって良いじゃない。私は生きるために恋人としてあなたを幸せにするし、あなたは私との初恋を守るために戦う……シンプル・イズ・ベストよ」


「そ、それはなんともクールな理由っすね……」


ここまでキャラ付けが徹底していると、むしろ清々しい。


……でも、本当にそこまで論理的に考えた上での恋人関係っていうなら、ちょっと寂しくはあるかな。できれば、俺は彼女にも本気で恋をしてもらいたいって、そんなワガママを抱いてしまうから。




「ま、まあ……それに?」




わかの言葉は続いていた。


「一般的に女の子っていうのは自分のことを『好き』って言ってくれる男の子が気にかかって、逆に好意を寄せてしまう習性を持っている生物だから……べ、別に私がそうだって言ってるわけじゃないわよっ?」


「……」


「でもまあ、あなたと恋人関係になるというのは、その、私としてもやぶさかではないというか……私のために怒ったりしてくれて、味方で居てくれるって言って、嬉しかったし……これが世間一般に言う恋愛感情かは置いておくとして、あなたのこと、好きではあるというか──」


「……」


……あれ? 


これ、わかさん……照れてるのをクール口調で隠してるだけなんじゃね? 本性を言い表すのが、めちゃくちゃ下手なんじゃね?


「……」


「……っ///」


目を合わせるとめちゃくちゃ赤くなるし、目を逸らすし。


……まあとにかく、分かった。わかさんが、俺と嫌々付き合うわけではないってことは。


「あの、わかさん」


「なっ、なにかしらっ?」


「これからわか──って、呼び捨てにしてもいい?」


「……!!! べっ、別にいいんじゃないかしらっ! だって私たち、こ、恋人なんだから!」


「じゃあ俺のことは【コウ】で」


「わっ、私もっ!?」


「恋人なんだから、別にいいんじゃないかな」


「~~~! わ、分かったわよ……コ、コウくん……」


「うん。その……よろしく、わか




──人生で初めてのナンパをして、翌日。


こうして俺に人生初の彼女ができることになりました。

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