第8話 ケガの手当て

俺たちはそれからすぐに廃工場を離れ、駅近くの公衆電話で『爆発物を持っていると話す怪しい人物らがいる』と警察に通報、その後に会員登録不要のマンガ喫茶(ネット無し)へとやってきた。


「はい、ウーロン茶」


飲み放題のドリンクバーで、わかのリクエストした飲み物を入れて持ってくる。ちなみに俺はメロンソーダー。


「ありがとう……ところで、そろそろ話をしたいのだけれど」


「いやいや、まずは傷の消毒とかしないと。いっぱり擦りむいてるじゃん」


俺は道中のコンビニで揃えてきた絆創膏と消毒液を取り出した。そのままにすると膿んじゃう場合もあるし、少しの傷口もナメてかかってはいけない。


「というわけで、はい。手と足、出して」


「……ありがとう、でもいいわ。貸して。自分でやるから」


「いや、俺がやるって。肘とか自分じゃやり辛いだろ?」


「いいったら。本当に自分でやるから──」


「ぴゅっ」


「んぎぃ──っ!?」


もうかけてしまえ、と膝の傷に消毒液をかけたら、わかからは思った以上の反応が返ってきた。


「~~~! あっ、あなたねぇっ!」グスッ


「あ……もしかして消毒とか苦手な人だった……?」


「苦手とか苦手じゃないとかじゃないわよっ! いきなりやったらビックリするに決まってるじゃないっ!」


「ご、ごめん……」


結構なガチギレだった。確かに冗談にしては行き過ぎだったのかもしれない、素直に謝った。


「もう……貸して!」


涙目のわかに、消毒液と絆創膏をひったくられる。


「傷口はまず水で洗い流さなきゃでしょ……お手洗いでやってくる」


「あ、はい……いってらっしゃい」




そして10分後、手足を絆創膏だらけにして、ムスッとした表情でわかは帰ってきた。




「おかえり……無事に終わった?」


「ええまあ、大体は。でも……変なところを擦りむいてたのよ」


わかは自分の背中を覗き込んで言う。


「ちょうど腰あたりかしら……転んだときに擦ったみたい」


「あらら、結構派手に転んだんだね」


「そうみたい」


「……」


「……」スッ


「へっ?」


無言で、わかが消毒液を手渡してきた。


「……手が、届かなかったのよ。私、体が硬いから……」


「あ……もしかして俺に消毒をしろ、と?」


「よろしくお願いするわ……」


恥ずかしそうに顔を赤くしながら、わかが後ろを向いてシャツをめくり上げた。


「……!」


腰のあたり、わかの白い肌が露わになる──いや、いやいやいや!


……いいのか、コレ!? 見ていいのかっ!?


「……固まってどうしたのよ? 傷、見えない?」


「──えっ!? ああ、大丈夫! 見える見える!」


確かに、ちょっと赤くなっている部分がある。服の上から擦ったからか、薄皮が剥けている程度で出血は無い。これなら消毒液を使わなくてもよさそうではあったけど……まあ、念のためにかけておこう。


そ~っと、消毒液を近づける。


「ちょ、ちょっと……かける時はちゃんと言ってよね? さっきみたいに不意打ちはダメよっ?」


「不意打ちって……そこまでのこと?」


「いいから、合図して」


わかはそう言うとスー、ハー、と深く深呼吸をし始めた。


……おいおい。


「それじゃ、かけるぞー」


「ちょ、ちょっと待って!」


わかが裏返った声で言う。


「い、息を止めておくから……」


「息を止めると何か変わるの……?」


「気の持ちようっていうのがあるでしょっ! いいから、今止めてるから! 早く!」


「はいはい……じゃあいくぞー」


「……!」


わかがめちゃくちゃギュッと目をつむっている。どんだけ苦手なんだ、消毒。まあ、苦手ならさっさと終わらせよう。




──プシュゥ。




「あれ?」


──プシュっ、プシュゥ……。


「空気しか出ないや」


何度押しても、風が吹くだけ。さっきお手洗いでどれだけ使ったのか、さっき買ったばかりの消毒液はもう尽きかけているらしい。


「んー、出ないな。また買ってくるしかないかな」


──プシュっ、プシュっ……。


「なっ……なんでよ! 今すごく覚悟を決めてたのにっ!」


──ビュゥッ!


「あ、出た」


「──んぐぅ~~~っ!?」




結局、不意打ちになった。

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