#3

「手を貸して」


書棚の後ろからミアが呼んでいる。


さと子がのぞくと、せまいスペースに大きな壺が置かれていた。

高さと、直径とが、どちらも五十センチほどのズングリした壺だ。取っ手が二つ、ついている。


「重いわよ。気をつけて」


二人で協力してそれを運び、テーブルクロスの上に置いた。


ミアは壺のとなりに燭台を立てた。燭台にはロウソクが一本、いつの間にか火が点されている。


(何かの儀式かしら?)


さと子はなすすべもなく見守っている。


テーブルの上に積まれた紙の束から、ミアは一枚だけを抜きとって、さと子に手渡した。


それは小さな封筒だった。


外側には何も書かれていない。内側の手紙の文字がすけて見えるけれど、封蝋を施してあるので開いて確かめることもできない。


「応募用紙よ」


ミアに言われて、さと子は理解するとともに目を丸くした。


「これ……全部ですか?」


きちんと封筒に入ったものもあれば、便せんを折りたたんだだけの手紙もある。それらが山のように積み上がっている。


「こんなにたくさん?」


「前回よりは少し多いかしらね。でも、もう締め切ったから。いまから抽選を始めます」


ミアは数百通ある封筒や手紙を、壺の中にすべて放りこんだ。応募用紙を開いて見ようともしなかった。

どんな方法で抽選する気なのか、さと子には想像もつかない。

気になって、おそるおそるたずねた。


「魔法ですか?」


「そう。でも、この手の魔法はわたしには難しいわ。だから、エルンスト様にこれをお借りしてる」


ミアは持参した緑色の布包みをといた。

中身は、一冊の書物だった。

重々しい装丁はところどころほつれていて、頁の切り口もいたんでいる。銀糸でつづられた表紙のタイトルをミアが指先でなぞる。


「これは、『予言書』」


「予言?」


さと子は思わず聞き返した。


「とても貴重なものだから、絶対になくしてはダメ。大切に扱ってね」


冗談を言っている顔ではなかった。


(ほんとうかな?)


さと子はそれでも半信半疑だった。魔法で未来が分かるのかしら?


ミアは予言書を包んでいた緑の布を、これも壺に入れた。布をひろげて、封筒や手紙をすべて覆いかくした。


それから、テーブルから離れるようさと子に言って、自身も後ろに下がった。


準備が整ったようだ。

ミアはペンダントをはずすと、ひし形のチャームがつるされたそれを、予言書の上に重ね、その上に右手を置いた。


真剣な眼差しで壺を見つめるミア。

ロウソクの火が、彼女の瞳の中で星のようにゆらいでいる。

その横顔に、なぜかさと子はドキマギしてしまった。


ミアがブツブツと何かをつぶやいたが、さと子には聞き取れなかった。

つづけて、今度はさと子にも分かる言葉で、言った。


「王剣のもとに命ず。邪をはらい、聖なるものの内に予見せよ」


何も起こらない。


かすかに、ロウソクの火が明るんだ──ような気が、さと子はした。


壺の中に炎が立ち上った。


「応募用紙が……!」


しかし、焼け焦げる匂いもなく、煙もなかった。

炎はうずをまき、蛇の舌のようにちらついて、すぐに壺の中に消えた。


「痛いわ、サトコ」


「あっ……ご、ごめんなさい!」


気づかないうちにミアの腕をつかんでいた。


儀式はそれで終わりだった。


おそるおそる、さと子が壺の中をのぞきこむと……。

どういうわけか、布の下にあったはずの応募用紙の一部が、布の上に移動している。


「……?」


「おめでとう。今回の当選者よ」


ミアがおおげさに言った。


「えっ? 手品みたい……!」


さと子は思わず叫んで、後悔した。もうしわけなさそうに口を押さえる。


ミアは可笑しそうに、


「フフ。手品にしては地味でしょ?」


なにがどういう仕組みでそうなったのか、さと子にはまったく分からなかったけれど、まぎれもなく、ミアの使った魔法なのだった。


緑の布の上により分けられた応募用紙は、六十五通。

緑の布を取りのぞくと、下には選ばれなかった応募用紙がそのまま残っている。

そのうちの何枚かは、黒焦げの炭になっていた。


「エスターキルシュに仇をなそうとする者を、排除するためよ」


ミアは淡々と言った。


「身分をいつわって、不法行為で儲けようと応募してきた者や、悪い魔法使いとか……ね。もっとも、魔法使いが相手だと、完全に除外できるかどうかは分からないけど」

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