後編


 夢なら覚めて欲しい。


 その思いも虚しく、背後に人の気配が……。



 恐る恐る振り返ると、ずぶ濡れのコートの人が下を向いて立っている!




 今度は声が出る。




「嫌! 来ないで!」




 コートの人がゆっくりと両手を肩まで上げた。




「やっど、みづげだ……わだじの、お、も、ぢゃ」





 濁った声を出した直後に顔を上げ、目を見開いて大きな口を開け、私に向かって走った来る!




「イヤーーーー!」




 肩まで上げた二本の手で首を絞められ、声が出なくなる。




 もう目を開けられない。





「ガブッ!」




 音で血が吹き出ていることが分かる。そして、先程感じた痛みがまた全身を駆け巡る。



「ぐぅぅ……」



 首の身を噛り取られ、反対側にも噛り付いた。




「うっうう……」




 首の筋肉が切れたのか、首を動かすことさえできない。




 引きちぎられる身の音が響き、血の吹き出す音が……。




「ガハッ……やめ、で……だすげで……」




 薄れゆく意識の中で……。




「わだし、まだ死ぬの……」




 完全に意識を失った。



 


 これを何度繰り返したのだろうか?




 何度目かに再び目を開けた時、景色が変わっていた。




「えっ? ……これ……わたし?」




 目の前には、ベッドに横になり唸り声を上げて苦しんでいる自分がいる。




 ベッドの横には、お母さんとお父さんが心配そうに私を見ていた。




「お母さん! 私はここよ! お願い気付いて!」




 必死に叫んだが、声は届かない。




「おい、母さん。もう三時間もこの状態だぞ。救急車を呼んだ方がいいんじゃないか?」




 お母さんとお父さんの声は聞こえている。




「三時間も寝てる? 私、幽体離脱してるんだわ」




 水の中で浮いているような感覚だった。




 とにかく、自分の体に戻らないといけない。




 水の中を泳ぐ要領でバタバタと足を動かし、腕を回して空をかいた。




「んっ、もう少しで、自分の体に手が届きそう……」




 その時。




 お父さんとお母さんが、ベッドに横になってる私に噛み付いた!




「ガジッガジッ!」




 目は血走っており、常識では考えられない顔をしている。




「なんで!? お父さん! お母さん! 止めて!」





「おれのえざ、ぐうぞ、ゔまい」





 すると、ベッドで横になっている私の目が急に白目になり、浮いている私を睨みつけると、口から大量の血を吹き出した!





「ブォワァーー!」




「キャーーーーーー!」





 叫んだ口から血が入り込み、エズいてしまう。




「うぉえーー!」




 そのせいなのかどうなのか、ベッドの私が今度は大きな、それは信じられない程大きな口を開けて私を一口に噛み砕いた!






「ゴリゴリッメキメキッ!」




「ぎゃーー! ぐぁーー!」




 想像を絶する痛みが全身を襲う!




 普通なら気絶するだろう痛みだと思うが、気絶すらさせてもらえない。





「グチャグチャッゴリッベキッ!」




「ギャワーー! イガギーー!」




 私はあり得ない声で叫んだ……。




 正に生き地獄……。




「もうイヤーーーー!」




 生まれてから出したことのない大声を出した。




 すると痛みが消える……。




「ハァハァ……痛く、ない……もう駄目……死んだ方がましよ……」





 体中を触ったが傷ひとつない。





「ハァハァ……気が、狂う……」





 ゆっくり目を開けると、そこは自分の部屋の窓際にセットした椅子の上。




 涙が頬を伝う。




「もう、逃げられないの……」




 絶望感が体を支配する。




「諦めたら駄目! 考えなきゃ……。えっと…えっと……、まず、今は現実? これも夢? じ、ジッとしてちゃ駄目……また同じ事の繰り返しになっちゃうわ。──そうだ! この部屋を出ればいいのよ!」




 そう考えた私は、急いで部屋のドアノブを引いた。




「あ、開かない?」




 何度やっても、ドアは開かない。




「どうして? やっぱりこれは夢なのね? 叩いてみれば分かるかしら? ──いや、あの悍ましくて死にそうな感覚を味わうんだから、痛覚は関係ないわ……。でも、夢の中なのは確かな筈よ。──だったら、どうすれば目が覚めるの?」





 すると背後に人の気配が……。




 恐る恐る振り返ると、ずぶ濡れのコートの人が下を向いて立っている……。






「もゔ、に、が、ざ、ない……」





「きゃーーーー!」





 また同じ事の繰り返し。





 目を開くと。




「ハァハァハァハァ……助けて……いや、自分で何とか、しな、きゃ……」




 そして、あることを思いついた。




「殺されたらループする、なら……自分で自分の命を絶てばいいんじゃ……」




 やってみる価値はあるかもしれない。




「どうせ、また殺されちゃうのよ……勇気を出さなきゃ……」




 私は震えながら机に置いてあったカッターナイフを手に取った。




 カッターナイフを見つめ、ゆっくりと刃を出す。




 キチキチキチキチ……。




「は、早くしなきゃ……また、あいつが来ちゃう……」




 そうは思うが中々出来ない。




 手は震え、足も震える。




 すると後から、また気配を感じた。




「な゛にを、じで、じでるぅぅぅぅーー」




 顔が怒ってる。




「嫌! もう嫌なの! こ、これでもうあなたのオモチャは終わりよ!」




 私は目を閉じて、カッターナイフのを首に当て、勢いよく挽いた。




「ぎやぁーーーー!」




 首の頸動脈を切ったので、血が音を出しながら吹き出ている。それは目を開けなくても分かった。




 するとあいつが。




「ば、ばがな……ごど……を」




 その声を聞いて、恐らく私は笑ったと思う。




 これであなたとはサヨナラよ、と。




「やっと……現実に……か、えれ、る……」




「…………」



「……え……」



「…………こちゃ……」



「さ……こちゃ……め……」




「冴子ちゃん! 目を覚まして!!」




 聞き慣れた声が聞こえる。




「お、お母……さ、ん?」




「気が付いたのね! なんでこんな事を……」




 やったんだ。

 私、現実に帰ってこれたのね? でも、何でお母さんは泣いているんだろう。




「な、なん、で……な、泣く……の?」




「何でって……ううっ、血が……何で自殺なんか……」




 私は狐につままれたようだった。

 自殺? 私は自殺なんてしていない。




 ずっと寝てたから、身体がだるい。でも、現実に帰れた嬉しさから目を開けた。




「──えっ? 何、この、す、凄い、血は」




 目を開けた私の顔の前は真っ赤な血の海になっていた。鉛筆立てが見えるので、机にとっぷしているのだろう。




 身体が動かない。




 すると、血の海の向こうに薄っすらとあいつが見えた。




「嘘……嘘よ……まだ夢の、中、なの?」




「冴子ちゃん! 夢じゃないわよ! しっかりして!」




 夢じゃない? じゃあ、今見えてるあいつはいったい……。




「ギギギ……おま゛えば、もう、い、い、いら、な゛い……」




「えっ?」




「あ、あ゛だらじい、おもちゃ、み〜づげだ〜」




 まさか、まさか、まさか……。




 駄目だ、意識が遠退いていく。

 夢の中だったから首を切ったのに……現実でも切った事になってるなんて……。




「げ、現実に、戻った……のに、死ぬ、なんて……。おか、さん……に……げて。わ、たし……死ねる、だ、け……マ……ㇱ」







 目が覚めた。





「──嘘……私、の部屋」





 涙が流れた。





「お前はもういらないって……言ってたじゃない……なのに、なんで? 私は、なんでまたここにいるの……」





 すると背後に人の気配が……。




 恐る恐る振り返ると、ずぶ濡れのコートの人が下を向いて立っている……。






「キーキキキキキキキキ!! うぞだよ〜。もゔ、に、が、ざ、ない……」






「きゃーーーー!」







 夢幻現世むげんげんよ





 夢か、幻か、現実か、あの世か……。




 あなたなら、耐えられますか?




 無限に続く生き地獄……。




 あなたの後ろに濡れた人が……。





「ガァーーーー!」






「きゃーーーーーー!」


 







 終わりは来ない……。








 終わりは始まり……。







「あ・な・た・が・ほ・し・い」







「だーる、ま、ざん、が、ごーろんだ……」









         完


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夢幻現世〜あなたはこの生き地獄に耐えられますか?~ ライト @yujichan

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