56.命のバトン

「アシュメル。俺の魔神細胞、増やせるだけ増やしてみる。片っ端から使ってくれ」


 半年ほどの合同チームの研究の結果。『魔導樹』のDNAとRNAは古文献の山から、解析できたらしい。ただ。

 魔導樹の種を作るには、もう一つ必要なものがあった。それが。


 『魔神の肉』


 だということだった。

 魔力帯びたる、生きた肉。つまり、俺は。

 生きたまま切り刻まれることによってのみ、『魔導樹』の種を産み出すことができる。


 これは、役目だ。兄貴分のステッドから渡された、バトン。

 命を削って、命を使って。

 魔人と人間が、もう争わなくて済むように。魔族が産まれないように。


『魔神』という忌まわしき存在も、産まれないで済むように。


 すべて、魔導樹が産まれれば解決される。

 ある程度の数の魔導樹の種子が産まれれば、後は、あのマカナという女性が増やしてくれると約束してくれた。


 ネレイドが、ずっと。俺の右手を握って励ましてくれている。

 麻酔は使わない。エルズの言うには、魔神に限らず肉というものは『生きる』という意思に従って増殖するものらしいから。


 痛みをぼかしては、自分の命の状態がどうなっているかも気が付けない。そんな状態で。


『魔導樹』の種を産み出すなんて大それたことができるものか。


   * * *


「……アシュメル、さん」

「……ネレイドさん……」

「あたしにも、その植木鉢。一つください」

「当然です。アルバド君が遺した、いわば子供のようなものですから」

「これが、地表を覆うぐらいに増えたら……。世界から、戦争って。争いって、無くなるのかな……」


 僕が、ネレイドさんと話していると。


「マカナちゃん、凄いね! この短期間で、そこまで魔導樹の苗木を育てられるなんて!」

「リーナさん。私、これしか取り柄がないから……」


 そんな、リーナとマカナさんの話し声が聞こえる。


『魔導樹の種』の開発は成功した。


 うまくいけば。魔人と同じく、魔力に満ちた世界の中で人間も魔法を使えるようになるだろう。

 種族としての差異が小さくなった人類と魔人族は。協調の道を模索することも、今よりも容易になるだろう。


 ただ、アルバド君は。

 すべての力使い尽くして、死んでいった。


 貧しさの極致で育ち、臆病な自分を恥じ、魔大陸で幸せを知ったアルバド君は。


 子供の代わりに、種を残せることを、誇らしいと言っていた。


 魔導樹は、マカナさんが付けた、『神の樹シン』という神々し気な名前のほかに、『魔神道師の樹アルバド』という別名が残った。


 底辺で産まれて、みっともなく転がりまわり。それでも生き抜いて。

 すべての生き物のために、新しい樹の種を残したアルバド君。


 僕は、寿命で死ぬ直前だけど、本を書いている。


「機神英雄と魔神道師」というタイトルの本だ。

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魔神導師~アルバドとステッド~ べいちき @yakitoriyaroho

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