第4話 沢口くんの家
突然のことに沢口くんは一瞬驚いた顔をした。だけど相手がわたしだとわかると途端にいつもの余裕ぶった顔になって「なに」と言う。
ふんーだ。わかってるくせにさ。もしかして急いで帰ったのもわたしを困らせるため? くう、性格わっる〜!
「なにって……」
答えようとしたところで相手の視線がこちらに向いてないことに気がついた。同じ方を見てみると、そこにはケーキ屋さんの大窓が。映る自分たちを見てるの? それとも、お店の中……?
わからず目をぱちくりしていると、沢口くんはさも嫌そうに、そして少し、照れた様子? で、「あっち」と場所移動を指示してきた。
「え、なんで?」
「いいから」
「ここでいいよ」
「いやだ」
「なんで?」
「うっさいバカ! 早くこっち!」
「な……な!?」
どさくさ紛れに「バカ」とか言われた気がしたんだけど、なんと沢口くんがわたしの手をすごく強くつかんでて。そのことにびっくりしすぎてなんの反応も出来なくて。
繋いだ手を引かれるままそのあとに続いた。
わたしたちはケーキ屋さんの正面を外れて裏口の近くに移動していた。少し暗いここは辺りに漂う甘い香りがいっそう濃い。
「急にどうしたの、沢口くん」
訊ねたけど「べつに」としか返してこない。ケーキ屋さんに知り合いでもいたのかな。そんなことを考えていると「そっちこそ」と話を振られた。
「なんの用」
もう。そんなに嫌そうにしなくてもいいじゃんか。
「これ。……フィナンシェ」
朝からほんっとに時間がかかった。やっとその手に渡すと、沢口くんは角度を変えたりしてまじまじと眺め「へえ」と意外にも感心した声を出した。
「すげーじゃん。食ってい?」
「えっ……、うん」
ここで? と思いつつ頷いた。沢口くんは袋から取り出してためらいなくぱくり。いつ見ても豪快な食べ方だなぁ。
すぐになにか言われると思ったのに、それは案外長い時間だった。
顔をじっと見続けるのもなんだか悪いかな、とその足元や近くに生える草を見て待つ。
……遅い。なに? からかわれてる?
堪らず再びその顔に視線を向ける、と。
「……なんか入れた?」
「へ」
「なんか、特別なもの」
「へ」
「あー、もう一個ない?」
「……ええ? な、ないよ。それで最後だもん」
なんのことやらわからないまま質問は続く。
「バターどこの?」
「え、普通のだよ? スーパーでよくある」
「じゃあ小麦粉?」
「それも普通の。っていうかホットケーキミックスだってば」
すると沢口くんは「ふうん……」と言ったきり黙ってしまった。な、なにさ。なんなの!
「……あ、あの、どうだったの? なんか変な味でもした?」
訊ねると「ああ」と考え事から戻ってきたふうに答える。
「すんげー、ウマかった」
「へ」
「焼き色もばっちりだし、なにより、味? なんだろ、なんか……うまく言い表せらんないけど」
冗談……にしてはセンスがない。そして質問はつづく。
「砂糖が特殊とか?」
「や、普通のグラニュー糖」
「じゃあなんなの!」
「わ、わたしが聞きたいよっ!」
言うと今度は「父さんにも食ってもらえばよかったぁ」と。
「お父さん……?」
「ああ。ここ。おれの家」
へ。
沢口くんが指す方向、それは先程からそこの通気口より甘い香りを放っているケーキ屋さんだった。
〈シャンティ・ポム〉
そうだ、ここ。前に沢口くんがくれたフィナンシェの袋にシールがあったお店。
なるほど。ケーキ屋さんが、家……。
いやいやいや! 待って!
「家、ケーキ屋さんなの!?」
盛大に驚くわたしをよそに沢口くんは『おいしい理由』を考え続けていて反応がまるでない。そうしてやがて、こんなことを言ってきた。
「……また、作って」
「え……」
「頼む」
「う……いい、けど」
せっかく作れるようになったし、フィナンシェ型も手に入れたからそりゃまたやろうとは思ってたけど。
こんなふうに催促されるだなんて思ってもみなかった。
そして二日後、今度は学校でそれを渡すと沢口くんは待ちきれないと言うようにその場でぱくりと食べて言う。
「やっぱウマイ。なあ、今度うちに来て作らねー? 一緒に」
は。
一緒にいっ……!?
「ねえ、からかってる? わたし本当に普通に作ってるだけだよ? プロのパティシエさんのお菓子に慣れてる沢口くんが『おいしい』なんて感じるはずないよ」
「ウマイもんはウマイんだよ。有名レストランかそのへんの食堂かは関係ない」
そんなわけで、わたし、
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