第3話 沢口くんを追え!
次の日学校に行くと沢口くんが私の席までやってきた。女子の友達が近くにいたってお構いなし。平気で会話を割ってくるのは正直やめてほしいのですが。
「食った?」
しかもぶっきらぼうなんだから。
「うん」
「わかった?」
なんなのその上から目線。もう。
「わかったっていうか、知ってるってばフィナンシェくらい。っていうかケーキ屋さんのフィナンシェなんかと比べないでよ。わたしのは趣味だしっ」
言ってちょっと悔しい。趣味だけど。お店のみたいに作りたい、っていうのが本音だから。全然程遠いけどさ。
「まさかわざわざ買ってくれたの?」
「ホットケーキの味、した?」
「へ……。するわけないじゃん」
キョトンとしてその顔を見上げた。お店のフィナンシェにホットケーキミックスが使われてるわけないよね?
すると沢口くんは「ふ」と嬉しそうに笑う。ん。意外とかわいく笑うんだな。
「ホットケーキミックスでも案外ちゃんとできんだね。まあメーカーによって多少違うのかもしんないけど」
……ナニイッテマス?
まるで昨日のフィナンシェ、沢口くんが作ったとでもいうような口ぶりで……。
まさか。だって。
「焦がしバターなら電子レンジでも作れるから。やり方調べて試してみれば? それとおまえちゃんと本の通りに作れよな。シロウトが本のレシピ勝手にいじるのは失敗のもと。ついでにフィナンシェ型なら百円ショップでも買えると思うよ」
「な、なに言ってんの?」
「作ったらまた味見さして」
言うとわたしの答えを待たずにいなくなってしまった。
日曜日、お母さんにお願いして材料や型を買ってもらった。
「よし……」
今回はバターも分量通りあるから『ていぎ』らしい〈焦がしバター〉もちゃんと作れる。でもこれは念の為ママと一緒に作った。いくら電子レンジでもなにかあったら怖いもんね。
「へーえ。焦がしバターなんて初めて。なんか本格的だねぇ」
ママが感心して言う。ほんと、こんな本格的なお菓子作り、わたしも初めてですごく興奮した。同時に今までのわたしのお菓子作りがすっごく幼く思えて、恥ずかしい気持ちにもなった。
それから前は「なくてもいいや」と省略したはちみつも、今回はレシピ通りにちゃんと入れる。ほんの少しなのに変化はあるのかな。あるんだよね、やっぱり。
そうして出来たフィナンシェは……。
「おおー!」
「すごーい!」
『本物』に、とっても近かった。っていうか本物じゃん? すごいよわたし!
パパに食べ尽くされる前に自分と友達の分を確保しなくちゃ。それから……沢口くんの分も、ね。
月曜日の朝、学校につくと教室をキョロキョロ見回した。
沢口くん……来てるかな?
見つけた。今日もいつもと同じ、ひとりで席についてなにかをノートに書いていた。勉強? テストの予定なんかあったっけ。
「沢……「あ、なにそれ杏子ちゃん! また手づくりスイーツ? 食べたーい」
話しかけようとしたところで友達数人に捕まってしまった。あわわ。
そんなわけで結局渡せないままあっという間に放課後に。うう。
っていうか考えてみたらわたしから話しかけたことってない。沢口くんはいつもふらりと現れてぶっきらぼうになにか言って去っていくだけだったから。
なんか、やだな。だってアイツは仮にもモテ男なんだもん。もし誰かに見られたら。わたしが手づくりスイーツをあげてたって、ウワサになったらどうしよう。
そもそも本当は学校にお菓子とか持ってきちゃだめだし、先生にも知られてすっごく叱られたりしたら……。
でもでも。
勇気をだしてちゃんと渡さなくちゃ。だっておいしくできたから。悔しいけど、沢口くんのおかげで『本物のフィナンシェ』がわたしにも作れたから。
「……って、いない!?」
放課後の教室はまだたくさん人がいて賑やかなのに、沢口くんの席はすでに空っぽだった。
慌ててランドセルを背負いつつ下駄箱まで走る。沢口くんの場所、そこにはやっぱり上履きが。
なんでこんなに帰るの早いのさあ〜!
でもまだ間に合うよね!? 今終わったばっかりだもん。きっと追いつける。そう信じてわたしも上履きを自分の場所につっこむと運動靴をはきながら走り出した。
かすかに見える気がする紺色のランドセル……。赤信号で遠ざかって、青信号でまたその距離をつめる。
間違いない。沢口くんだ!
見えているのに、追いつけない。なんでよ、こっちはこんなに走ってるのに。
どんだけ歩くの速いのさあ~!
「まって! ……さ、わ、ぐち、くんっ!」
やっとのことでその肩をつかんだそこは、わたしの家をとっくに通り越してその先の橋を越えたところだった。そして。
〈洋菓子店 シャンティ・ポム〉の前だった。
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