CASE3: にゃんこinワンダーランドな時②

 ノドゥがいるハイリオン国の首都エルカダは、いわゆる西洋的な城郭都市だ。


 ぐるりと高い城壁で囲まれた中に石造りの街があり、南の大門と北の大門が大通りで繋がっている。壮麗なる白亜の城の膝元に築かれた街並みは、清廉な雰囲気で統一されていた。あえて国に属性をつけるならば、聖属性で間違いないだろう。


 この国固有の特色としては、他国に比べて魔力濃度が高く魔力的に優れた人材が生まれやすいため、魔法学や魔法産業が盛んであるということだろう。そのためエルカダは魔法都市と呼ばれることもあった。しかし魔力濃度が高いということは、同時に魔物の発生のしやすさにも繋がるため、そういった災害リスクも高い土地、ということになっている。


「あ!ノドゥさんじゃないですか!」


「おや、ミズナスさん。おはようございます。これからお仕事ですか?」


 外勤Bの業務内容である街の南ルートの見回りを開始しようとしたところ、ちょうど神殿の常連客の一人と門前で鉢合わせた。エルカダの冒険者ギルドに属している双剣士で、午前中にログインしていることが多いゲストだ。濃い紫色の髪をした少年のアバターで、頭にちょこんと緑色の帽子を被っている。パーティは組まずに、単独で動いていることが多かった。


「はい、これからフフのダンジョンに潜ってきます。たぶんまたやらかすと思うので……その時はお邪魔しますね」


「お待ちして……と言っていいのかわかりませんが、お待ちしておりますね」


 そう笑い合って、門から出ていく彼を「お気をつけて」と見送る。


「よし、じゃあ行きますかね」


 そう独りごちて、ノドゥは人々で賑わう大通りをゆっくりと歩き出した。


 このエルカダの街の神官の仕事は、大きく分けて二種類ある。ひとつは内勤と呼ばれる神殿内での業務で、こちらは主にゲスト相手の治癒仕事になる。


 というのも、ワンダーリア・オンライン内において、HPたいりょく減・MPまりょく減・毒・麻痺などは魔法薬ポーションで対応できるが、たとえば骨折や錯乱、術封じなどといった一部の特殊な状態異常は、神官やそれに類するスタッフが解除対応をすることになっているからだ。ただしこれはあくまで現時点での話で、今後見込まれるゲストの増加や運営の方向性によって、魔法薬による対応に少しずつ切り替わっていく可能性が高かった。


 そしてもうひとつの業務である外勤は、主に街やその周辺に出て巡回を行い、ゲストの様子やバグや揉め事などが生じていないかを見て回る。神官は個として状態異常回復のスキルを付与されているため、もし見回り中に状態異常のゲストと遭遇すれば、その場で治療することも可能だ。


 ただし、魔法薬ポーションを得るには材料及び魔法薬のスキル、もしくはゲーム内通貨での購入代が必要であるように、神官による治療にも神殿への献金という利用料が必要になる。リアリティを大切にしているゲームであるため、基本的に無料で使い放題という都合の良さはない。ただ、仮に手持ちがなかったとしても治療を行うことは可能で、その場合は所持金にマイナスがつき借入状態となった。


「あっ、ノドゥさーん」


 横手の武器屋から、自分の身の丈に近い大剣を背負った金髪ポニーテールの女性と、ふわふわの茶色の髪に眼鏡をかけ、すみれ色のローブを着た少女が出てくる。冒険者ギルドに所属する重剣士のステラと魔法使いソレイユのパーティだ。


「昨日は大っ変お世話になりました」


「いえいえ、こちらこそ」


 互いにぺこりと頭を下げ合うノドゥとステラに、ソレイユが興味津々の様子で覗き込んでくる。


「え、なになに?ボクが休日出勤で会社を呪っている最中に、一体何が?」


「いやぁ、今日のためにちょっと下見でもしておこうかなって思って、昨日はじめて一人でフフの解禁領域に入ったんだけどさぁ……あそこパニックバットがいっぱいいて、十分に一回のペースで神殿送りになっちゃって。昨日のあたしの献金額は、ちょっとすごいぞ?」


 ステラがそう笑った。先週新しく解禁されたフフのダンジョンの深階層には、敏捷性が高く混乱スキルをもつ蝙蝠こうもり型の魔物がいる。大剣を扱う重剣士は動きの速度がどうしても遅くなるため、彼らと単騎で戦うのは非常に相性が悪いのだ。


「ボクの会社のせいで、ステラちゃんがハイリオン教の敬虔けいけんなる信者に……!」


 ソレイユが爆笑している。


 事実として、新しい領域が解禁されて以来、神殿の利用者はかなり増えていた。欠員が出ていたせいもあるだろうが、昨晩テココたちが仕事に忙殺されそうになったのは、概ねパニックバットのせいに違いない。まだ混乱避けのアイテムが存在していないため、犠牲者が多いのだ。


「あの地獄を思うと、もうノドゥさんそのものをお借りしてダンジョンに潜りたいところです」


 若干トラウマになってしまっているのか、ステラが遠い目をしてぼやいた。ちなみに、いずれは冒険に同行する出張神官というのも案として出ているらしいが、今のところはまだ実装されていない。


「本当についていけるといいんですけどね。まぁでも今日はソレイユさんがいらっしゃいますから、地獄を見るのはむしろパニックバットの方じゃないですか?」


「いひひ、ノドゥさんよくおわかりで……ボクの相棒を困らせたツケは、ちゃあんと払ってもらいますよぉ……!今日の晩御飯はパニックバットの焼き肉じゃあー!」


 人の悪そうな笑みを浮かべて、ソレイユが言う。他のゲストから聞いた話によると、彼女は攻撃に特化した高火力型の魔法使いだ。パニックバットくらいなら、一気に消し炭にできるだろう。


「まぁ、それはともかく……ここに来る前、鐘楼しょうろうの下のあたりに人が集まってたんですよ。ステラちゃんの武器の引き取りがあったんで、とりあえずスルーしたんですけど……今日ってなんかイベントありましたっけ?」


 ふいにソレイユがそう首を傾げた。ノドゥは記憶をたどってから、首を振る。


「いえ、イベントの予定は特になかったと思うので……ちょっと様子を見に行ってみますね」


 揉め事の可能性を考えたノドゥは念のため確認に行くことにして、このままダンジョンに向かうというステラたちと別れた。


 大通りから一本脇の道に入り、早足で鐘楼を目指す。


 AI制御のNPノンプレイヤーでも問題ないところをあえてスタッフ配置しているのは、こういう時を想定してのことでもある。数値だけではなく、実際にゲーム内の空気を感じ取って対処したり、ゲストの噂や生の声を収集するという意味合いが大きいのだ。実際に得た情報は、仕事終わりに報告として記録する。神官の実態は情報収集役とも言えた。


「……ああ、あそこですね」


 しばらく進むと、人だかりが見えてくる。歩み寄ったノドゥは、その中の一人に声をかけた。


「……あの、どうされました?」


「あ、神官さん。ちょうどよかった……なんか鐘楼の上に、人がいるみたいなんです」


 ドーベルマンのような犬耳の生えた、獣人族の青年がそう言って建物の上部を指差す。


「え?あんな高いところに?」


 ノドゥは鐘楼の上の方まで見えるように、少し後ろに下がった。


 エルカダのシンボルとして真っ先に挙がるのはハイリオン城だろうが、もうひとつ挙げるとすればこの鐘楼になるだろう。街にある建築物の中で最も高さがあり、内部は途中まで登ることができた。街を一望できるため、人気のスポットである。


 ただ、今獣人族の青年が指し示しているのは、本来は人が登ることなど想定されていない鐘楼の最上部の部分だ。


「……ああ、本当だ。誰かいますね」


 見上げれば、確かに人影が見えた。


「あんなところまで登れたんですね……」


 呟きながら、ノドゥは思案する。


 あのゲストが鐘楼をよじ登った意図はなんだろう。とりあえずつい目立ちたくなる、あるいは不備がないかを確認したくなる性質さがの人間というものは一定数存在するらしいが、これもその手の類だろうか。


「話しかけても返事が返ってこないんで、僕たちも状況がよくわからないんですけど、どうもずっとあそこにいるみたいで……もしかしたら登ったはいいけど、怖くて降りられなくなっちゃってるんじゃないかって」


 ほらこのゲームすごいリアルですから、という彼の呟きに、周りの人々がうんうんと頷いた。


「最初に大型の魔物と遭遇した時には、正直ちびりそうになった」


「風見の塔にはもう二度と、決して、登らないと誓った」


「ホロウデーモンに遭遇したら、即刻ログアウトすることにしている」


 リアリティが高いあまりに生成されたトラウマたちが、続々と告白される。


 以前、ノドゥが予期せず転移する羽目になった雪山であればともかく、街中ならログアウトするという手もあるはずだが、とにかくずっとそこにいるままなのだという。


「もしかして具合が悪くなったりとか、発作が起こったりしてる可能性もあるなって……」


 それで彼らは心配して、様子を見ていたらしい。こういう見ず知らずの他者への優しさを目にすると、やはりこの国の人々も捨てたものではないなぁとノドゥはしみじみ嬉しくなった。


「恐らくですが、発作などについてはたぶん大丈夫だと思います。もし体調に急変が起こったなら、バイタル情報から救急に発信がいくようになっているはずですから」


「あ、そうなんですか?」


 驚いたようにドーベルマン青年が言った。これは知らないゲストも結構いるのだが、安全措置としてそのような仕様になっている。


「ええ。なので、万が一倒れていたとしたらすでに搬送されて、ログアウト処理になってると思うんですよ。でも、アバターは残っていますからね……」


 ノドゥは普段はゲストの前で、ログアウトだのアバターだのという現実味を感じる言葉は極力口にしないようにしていた。が、今は状況が状況なので、多めにみてもらうことにする。


「なので、先ほど仰ったように怖くて動けなくなっているか、あるいは登ったはいいが寝落ちしているか……」


 言いながら、ノドゥはもう一度鐘楼を見上げ、スタッフスキル〝遠見〟を使用して人影の姿をはっきりと捉え直す。


「ん?……あれ……あの人は……」


 鐘楼をよじ登ったらしい人物の姿をはっきりと確認したノドゥは、その見覚えのある姿に、これはどういうことかとしばし顎を撫でることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神官さんの異世界トラブルシューティング! 喜楽寛々斎 @kankansai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ