涙を溢して

おくとりょう

休日はついつい土いじり

 小鳥の声が響く日曜日。

 初夏の陽射しを帽子ごしに感じて、私は黒い土を触る。側には昨日買ったトマトの苗。独特の青臭い匂いが鼻をくすぐり、茎に生えたフワフワの毛が思い浮かんだ。葉と茎には毒もあるらしい。熟した実は美味しいのに。

 考え事に耽りながら、苗の入ったポットへと手を伸ばすと、キュッと誰かに手を握られた。びっくりして、ひゅっと喉から息が洩れる。恐る恐る振り向くと、土から飛び出た白い手。それが私の右手と握手していた。私は静かに息を吐き、壊さないようゆっくりほどく。


 私の畑は手が生える。

 何故だか知らない。調べてない。どうせいつもすぐに枯れるし、好きに生えればいいと思う。

 ちなみに、この白い手に根っこは無い。ひょっとすると、手首形のキノコかもしれない。まぁ、つまり死体が埋まってるわけじゃない。だから、別に害も無いのでそのままにしている。

 いつの間にか、土から生えて、白い花みたいに開く掌。ふと気がつけば、畑にはたくさんそれが咲いていた。空に向かって、何かを掴もうとする白い手たち。どこにも届くことなく、枯れてしまうのに。

 ……あぁ、そうか。私はこの手が好きなのだ。天に伸びるその掌が、懐かしくって、羨ましくって……。いろんなことが頭を巡り、お腹の中がぐつぐつ煮えて、視界が湿ってボヤけてしまった。ドロドロになった両手では拭えなくて、ぐっとうつむき目を閉じた。顔を流れる雫につられて、喉から低い嗚咽が洩れる。泣き始めると止められなかった。恥ずかしくって、歯を噛み締める。


 不意に、頬に冷たい何かが当たった。気のせいかと思っていたら、それは撫でるように目元も拭った。吸われるみたいに涙が止まって、恐る恐るまぶたを開けると、白い手が私の頬を撫でていた。

 他人に撫でられたのは久々だった。だから、どうしたらいいのかわからなくって、その手をそーっと両手で包んだ。ありがとうって言うつもりで。だけど、それは根本でポキッと折れて、乾いた絵の具みたいにボロボロに崩れてしまった。両手の中には砕けた白い手の残骸。私は黒い土に混ぜ込んだ。


 気づけばほんのり肌寒くって、西の空が紅く染まっていた。私は慌ててトマトを植えて、家の中へと戻った。もう涙は出なかった。

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