第35話 デスゴブリン

 宙を跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。

 ひたすらに王都セレスティアに向けて空を駆ける。


「これはデスゴブリンの仕業である可能性が高い」


 マスターがそう終わる前に、オレは王都へ向かって駆け出していた。


 ──デスゴブリン。


 周囲に死を撒き散らす呪われし存在。

 しかし、その効果はせいぜい周囲数メートルにしかない──はずだった。

 もちろん王都を一瞬で壊滅させるなんてことは不可能なはずだ。

 なのに。

 なぜ。

 今のデスゴブリンが突然変異した個体なのかだろうか。

 それとも、なにか他の要因があるのか。


 現状、不死の肉体を持つオレ以外に事態を解決できる者はいないだろう。

 第一の目的は王都に向かったであろうシアさんの保護だ。

 しかし、もし王都が全て死滅している場合──その被害はおよそ五万人に及ぶらしい。

 五万人。

 ちょっとした地方の小さな市ほどの規模だ。

「市」ひとつを丸ごと死滅させる規模の力を持った相手。

 今までは感覚に任せてスキルを発動させるだけで倒せてきたレアゴブリンだが、今回は兜の緒を締めてかからないといけないかもしれない。


 ギュルっ。


 ブーツが足に張り付く。


 ドンッ。


 くうを蹴る。


 ひたすらそれを返し、王都へと向かう。

 王都方面から逃げ出す鳥たちや大型の魔物の群れとすれ違う。

 本能で危険を感じ取って逃げているのだろう。


(シアさん……無事でいてくれ……!)


 足に力が入る。


 魔物との戦い。

 それが起こるのは、せいぜい冒険者や兵士との間だけだろうと思ってた。

 ネトゲの感覚もあったし、なによりケムラタウンは冒険者たちの街だから、よりそういう印象を受けていた。

 けど。

 民間人にも犠牲が出るんだ。

 そんな当たり前の事実がオレを動揺させる。


『襲ってくる魔物を倒しながら、辺境の街で、のんびりスローライフでも洒落込もう』


 そんなことをぼんやり思い描いてた自分に腹が立つ。

 そもそもがオレの撒いた種なんだ。

 オレがゴブリンの魔王を殺したこと。

 それが、この王位継承の争いを引き起こしたんだ。

 そして罪もない王都の人々が……。


 これ以上の犠牲は出させない。

 残りの三人の魔王候補は、オレが責任を持って消し去る。

 それがオレに課せられた責務だ。


 ケムラタウンを経ってから半日後。

 オレは、想定よりも早く夕暮れに染まる王都セルティアへとたどり着いた。

 色彩豊かな彩りに満ちた街路や建物からは、この都市が文化的で金銭的にも栄えていることが伝わってくる。

 しかし──。

 今は物音一つ聞こえてこない。

 まるで。

 死の街だ。


 オレは、シバタロウくんのような気配察知は使えない。

 なので、敵や生きている人がいたとしても居場所はわからない。

 だが、今オレに襲いかかってきているビリビリとした死の匂い。

 この街に着いてからずっと起こっている体の異変。

 心臓が締め付けられ、止まる。

 そして再生する。

 防ぐことの出来ない不可避の死と、オレの不死能力による再生。

 オレはこの街に来て。

 数秒ごとに死に。

 数秒ごとに生き返っていた。


 殺気。

 ひしひしと伝わってくる。

 隠そうともしていない。

 まるで、オレを誘っているかのようだ。


「なんのつもりか知らんが、誘ってるってんなら乗ってやろうじゃないか」


 殺気の放たれている方に向かって、オレは静かに宙を蹴る。


 着いたのは王城だった。

 名のある城なのだろう。

 壁や窓ガラスまで、いたるところに趣向の凝らされた装飾が施されている。

 真っ赤な絨毯の敷かれた廊下をまっすぐ進んでいく。

 脇には高価そうな絵画や花瓶、美しい花などが飾られている。

 そして。

 それらに混じって。

 侍女や兵士たちの死体が床に転がってる。


 彼らが苦しむことなく逝けたことを祈る。

 それくらいしか出来ることがない。

 悔しさがこみ上げてくる。

 オレが始めた物語だ。

 これはオレが選択してきた結果、起きてしまったことなんだ。

 それはわかっている。

 わかっているが。

 オレ自身以上に許せないものがある。

 それは──。


 ドカッ!


 早足で廊下を突っ切ると、背丈の三倍はある絢爛な飾り付けのされた扉を思いっきり蹴り開いた。


 玉座の間。

 二千年ダンジョン『エン・コン』で見たのとは桁違いに荘厳な空間だ。

 その玉座に腰を掛けているのは──ゴブリン。

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた小柄な種だ。

 ただし周りには死の匂いがぷんぷんに漂っている。

 そして、奴の足元には、おそらく王であろう身なりの白髪の老人が倒れている。


「……!」


 その老人のそばに意外な知人を見つけた。


 ユージだ。


(ユージ……やたら突っかかって来る奴だったが、こんな最後を迎えるとは……)


 怒りを押さえながら静かに尋ねる。


「デスゴブリンか……?」


「ああ、そうだが?」


 ヘラヘラと笑いながらゴブリンが答える。


「貴様だけは……絶対に許さん!」


 スキルも何も関係ない。

 ただ、斬る。

 一刻も早く。

 この世からこいつを消し去る。

 無心で剣を振る。


 チンッ──。


 剣を鞘に収める。


 ス……ットン──。


 デスゴブリンの上半身と下半身が玉座の背もたれごと斬り裂かれて。


 ゴトンッ。


 床に落ちた。


「く、くく……オレを殺して満足か? 同胞の仇を討てて満足か? くっ、くくく……。オレはお前を足止めするためだけの捨て駒……。今頃……お前のいた村……は……」


 そこで息絶えた。


 村?

 ケムラタウンのことか?

 足止め?

 足止めってオレを?

 本命はケムラタウン?

 なんで?

 こいつらの狙いはオレの持ってる魔王の器なんじゃなかったのか?


 理由は分からないが、ケムラタウンに危機が迫っている。

 戻らねば。

 半日あれば戻れる。

 どうか持ちこたえててくれ、みんな……!


 ズキッ──!


 駆け出そうとした足に激痛が走り、思わず膝をつく。


「これは──斬られた、のか……? いったいどこから……」


「おぉ~っと、そんなに慌てて無防備に背中を見せるとは……」


 背後からかけられる聞き覚えのある声。


「よぽどケムラタウンが気になったとみえる。なぁ?」


 声の方を振り向くと、そこには──。


「薄汚いゴブリン?」


 さっきまで倒れていたはずのユージが、邪悪な笑みを浮かべて立っていた。

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