第25話 ツボミバクダン

 今日は、待ちに待ったオレの装備の鑑定結果が返ってくる日。

 ひゃっほい!

 いや~、寂しかったぜここ二週間。

 なんせ、ひのきの棒に布の服だったもんな。

 ドレッドヘアー&三色ブチ模様の肌と合ってなさすぎだったからな~。

 さぁ~て、二千年着てたオレの装備を返してもらいに行きますか。


 と、ノリノリで出かけようとしたら、ケイリが声をかけてきた。

 なので、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。

 なんかオレと一緒に歩きたいらしい。

 変なやつだ。


 次に、宿を出たら偶然道端でシアさんと会った。

 なので、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。

 偶然にもシアさんも冒険者ギルドに用があるらしい。

 おいおい、運命かぁ?


 さらに、少し歩いたらドワーフのギンパと会った。

 なので、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。

 どうやらオレの装備を詳しく見てみたいらしい。

 ふぅん、ドワーフらしいな。


 そこからまた少し歩いたら狩人のチェンと会った。

 なので、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。

 暇だったらしい。

 まぁ、見るからに暇そうだもんな。


 でもって次は、白猫獣人のシロと会った。

 なので、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。

 みんなが行くならと一緒に行くらしい。

 なんか元ユージパーティー大集合だな。


 さらにさらに、薬師のモヒカン男ネココとも会った。

 なので、一緒に冒険者ギルドに行くことになった。

 この見た目で好奇心が旺盛だってんだから仕方ない。


 こんな感じで、オレたちはどんどんと人数が増えていき、最終的には三十人ほどの集団に膨れ上がっていた。

 そうなのだ。

 みんな暇なのだ。


 あれ? なんかシアさんの顔がこわばってるな。

 具合でも悪いのかな?

 あとでさりげなく気遣って、好感度を上げるとでもしよう。


「すんませ~ん」


 オレは中へと入る。

 今、街に非戦闘員はいない。

 なので、ギルドの受付嬢が出迎えてくれたりはしない。

 ということで、冒険者ギルドの受付嬢がオレにホの字になるイベントも発生しない。

 残念。

 代わりに出迎えてくれたのは、ヒゲヅラの気取ったおっさん、マッキンレーだった。


「おお、剣聖殿。装備の件ですな」


「おいっす、どうでした? なんかわかりました?」


「それがですな……」


 ん? なんだか言いにくそうにマッキンレーは言葉を濁す。


「とにかく、こちらを見ていただけますか?」


 丸テーブルの上に装備を並べるマッキンレー。


 ざわざわざわ……。


 テーブルを囲んだ野次馬たちからざわめきが起こる。

 なぜなら。

 そのテーブルの上に置かれたオレの装備の数々は。


「えっ!? なんか溶けてません!?」


 ドロドロになってたからだ。

 スライムみたいに。


「あ、なんかごめん」


 軽いノリで謝るマッキンレー。


「いや、ごめんで許されないですからね! あ~、オレが二千年苦楽を共にした装備ちゃんたち……!」


「ふむ……」


 みんなもドン引いてる中、ドワーフのギンパがそのうちの一つ、王冠だったものっぽいのをジロジロと観察すると、ポイとオレの頭に載せてきた。

 すると……。


 シュルシュルシュル。


 あら、元の王冠に戻った。

 しかも薄汚れてたはずなのに綺麗になってる。


 ポイッ、ポイ、ポイッ。


 鎧、剣、ブーツを続けて投げてくるギンパ。


「おっとっと」


 慌てて受け取ると、やはりそれぞれが同じように元の形へと変わっていく。

 しかもきれいになって。


「おおお……!」


 野次馬連中の声が、ざわめきからどよめきへと変わる。


「え、なにこれ? どういうこと?」


「ふむ……推測じゃが、これはゴブリンの魔王の魔力に反応して形を変化させておるのではないかな?」


「つまり、これは『魔王専用装備』ってことか」


 薬師のモヒカン男が、見た目にそぐわない知性で簡潔に話をまとめてくれる。


「そういう感じじゃな」


 魔王専用形状記憶装備。

 うん、なんか形状記憶って付けるだけで量販店で売ってそうな安っぽい感じが出るよね。


「でも、それならなんで前までは汚いままだったんだろう? 形状変化できるなら、汚れてても再生出来たんじゃない?」


「魔王の器とやらが覚醒するのが遅かったからじゃなかろうか」


「え、でも覚醒してからも変わらなかったけど」


「変われないくらい垢で塗り固められていたのでは? お前さんの話が本当なら二千年分の垢がこびりついておったんじゃろ?」


 マジかよ……。

 魔王装備の上をいく二千年分の垢、すごくね……?


「たしかに、鑑定するためにかなり洗ったらしいからなぁ。そして洗い終わった直後にどろどろに溶けたらしい。いやぁ、でもちゃんと元に戻ってよかったよ、アッハッハッ」


「いや、マッキンレー。あんた笑って誤魔化そうとしてるけど、そうはいかねーからな? っていうか、何かわかったのか? この装備について」


「ああ、わかったぞ」


「…………」


「…………」


「いや、言えよ。わかったんなら。なに言いにくそうにしてんだよ」


「実はな……」


「…………」


「…………」


「だから言えよ! なにがわかったんだよ!」


「なんにもわからないということがわかりました~!」


「はぁ? なんだよそれ。散々時間かけといてそれ?」


「いや、だって魔力もなんにも感知できなかったらしいし? そもそも本格的に調べる前にドロドロに溶けちゃったらしいし? そのドロドロの素材も何もかも不明! ということがわかったわけだ」


「わかったわけだ、じゃねーだろ。なんにもわかってねーのと同じだろ。大体魔力がないってどういうことだよ。この剣とか、なんか黒く光ったりしてたぞ?」


「いや」


 好奇心旺盛な薬師モヒカン男が口を挟む。


「つまり重要なのは、この装備は剣聖の旦那にしか扱えないってことだな」


「そういうことだな。つまり、誰かが剣聖殿から装備を盗んでも何の意味もないと」


「そして、それはおそらく他の六人の魔王にとっても同じなんだろう」


「これからは魔王自身のスキルや魔力だけではなく、専用装備の脅威性にも備えなくてはいけない、ということだな」


「こういった情報は他国も把握していなかったはずだ。そういった意味でも、この情報には大いに意味がある」


 モヒカン男とマッキンレーの切れ者二人で勝手に話を進めてる。

 あれ、またしてもオレ、完全に置き去りにされてない?

 もしも~し、当事者ですよ、当事者!

 オレ、当事者なんですけど~?


「魔王様……♡」


 女鎧ゴブリンのケイリが残り一つのドロドロを持ってきてオレの肩にかける。

 ふわり。

 するとそれは、真っ赤なマントとなって威風堂々と背中にはためいた。


「ああ、魔王様カッコいいです……♡」


 うん、ケイリって先日のグリフォン騒動の時からめっきり大人しくなってくれたのはいいんだけど、なんか湿度高めなんだよね、見つめてくる視線が。


「そういえば、いま冒険者ギルドに職員がいないから、オレのスキルとかの鑑定も出来ないって話だったけど、それはどうなったの?」


「ああ、それなら……。あ、すまんが、ちょっとシロを押さえつけててくれ」


「? はい」


 円盾マルコニーと五角盾ゴッカクが、左右から白猫獣人シロを押さえつける。


「にゃにゃ!? なんにゃ!?」


 別室から戻ってきたマッキンレーがそっと両手をテーブルの上に差し出すと、その上には。


「にゃ~~~~! 餌の匂いにゃ!」


 小さいネズミ……の獣人? が乗っていた。


「ひぃぃぃ~! なんで猫がいるんですか、聞いてませんよ、こんなのぉ……」


 テーブルの上でマッキンレーの手に抱きついてプルプルと震える手のひらサイズの白いネズミ獣人。探窟家みたいな帽子をかぶり、首からはちっちゃな双眼鏡を下げて二本足で立っている。怯えてる姿を見て言うのもなんなんだが、正直……とてもかわいい。シバタロウくんとはまたちょっと違う、小動物的なかわいさだ。というか小動物なのだが。


「ほら、大丈夫。あの二人が押さえてるから。それより、この人を見てあげて欲しいんだけど」


「ひぃぃ~……」


 マッキンレーが優しく囁くと、ネズミ獣人はこちらを向いた。


「ひ、ゴブリンっ!」


「大丈夫だよ、ただの汚いだけの人だ。ゴブリンじゃないよ。だから見てあげて」


「は、はぃ……」


 そう言われてネズミ獣人はぷるぷると震える手で双眼鏡を覗き込んだ。

 オレ氏、とうとう「ただの汚いだけの人」になる。

 納得はいかなかったものの、下手に反論してネズミ獣人を怖がらせしまってもしょうがない。

 なので、ぐっと言葉をこらえて鑑定? とやらを甘んじて受ける。


「ふむ……ふむふむふむ……むぅ……? ほうほう、へぇ~……」


 一人でブツブツ呟くネズミ獣人。


 鑑定されてる間、手持ち無沙汰なのでネズミ獣人を観察してみる。

 格好からしておそらくオス……もとい男なのだろう。

 しかし、ネズミの獣人なんてものがいるんだな。

 生きるの結構大変そう。


 マッキンレーが間をつなぐ。


「鑑定スキルを持つ者は少ないもんでな。まぁ、裏の世界の者だが腕はそこそこ信用できるぞ」


 そこそこ、なんだ?

 腕は確かだ、とかじゃなくて?

 っていうかネズミのインパクトが強すぎて、もはや表とか裏とかどうでもいい。


「わかりました!」


「ふむ、結果は?」


「まず、身体能力は人間の域を超えてますね。上位の肉食系獣人級かと。それから魔力は一切感知できません。あ、装備品からは強い魔力は感じます。ただし、装備品の詳細までは判りかねます」


「え、それだけ?」


「はい。適職は武闘家かスカウト、シーフあたりかと」


「えぇ……? でもオレ、スキルとかめっちゃ使ってたよ?」


「そんなわけないでしょう。あなたからは魔力を全く感じません」


「あの~」


 いつの間にか野次馬に紛れ込んでた錬金術師ヒカさんが、おずおずと声を上げる。


「おそらくそれは、魔力門が仮のものしか開いてないからじゃないかと」


「ああ、そういえば魔力門は(仮)かっこかりのままだった。でも、普通にスキル使えるし、これでいいかなって思ってたんだけど……」


「ほうほうほう、ふむふむふむ、それではなにかスキルを使ってみてください」


 そう言われてもなぁ。

 今まで感覚で敵を殺すスキルだけを使ってきたから、いきなり「はい、スキル使って」とか言われても、なにをどうすればいいかわからん。


 と思っていたら、ギルドに人が飛び込んできた。


「た、大変だぁ! 食用かと思って採ってきた植物が、巨大肉食植物『ツボミバクダン』だったんだぁ!」


「なにっィ!? あの他の果実に寄生し、捕食者が近づいてきた時に一気に体長五メートルにまで成長して、人間どころか馬までも食らってしまう巨大肉食植物『ツボミバクダン』が街に!?」


 なるほど、たまたま詳しく説明してくれる人がいて助かったぜ。


「じゃあ、それ、オレに任せてよ」


「おう、ありがてぇ! たまたまギルドの前で出現しやがったから駆け込んでみて正解だったぜ!」


 表に出ると、さっき説明された通りの巨大捕食生物がうねうねとうねっていた。毒々しい色合いの花びらに、中央にはギザギザの尖った歯の光る巨大な口が見える。


「剣聖の旦那! そいつは遠距離だとつぼみ状の爆弾で、近距離だと噛みつきで攻撃してきますぜ!」


 詳しい説明サンクス。この手のモンスターはネトゲのソロプレイで飽きるほど倒してきた。大体遠距離攻撃を躱し続けて、爆弾が尽きたとこで一定時間固まるから、そこで一気にラッシュをかけて倒す、みたいなのが定番だ。でも、ここは町中。被害を出すわけにはいかない。となれば。


 全部、たたっ斬る!


 ブイィ~!


 不協和音のような鳴き声を上げると、ツボミバクダンは葉っぱを振り、蕾爆弾を投げつけてきた。

 十個、いや、十四個。

 これを一気に──斬る!


 雷光十四夜フォーティーンライトボルト


 ドドドドーン!


 斬り捨てられた爆弾が一つ残らず宙で爆発する。


「ギャシャアアアアア!」


 ツボミバクダンが牙を剥き出して襲いかかってくる。


 剣技・無刀、なぎ


 ズズゥーン……。


 音もなく剣が敵のコアを切り裂くと、ツボミバクダンはその場に崩れ落ちた。


「うおおおお! 剣聖さん、やっぱ、パねぇわ!」


「魔王様、さすがです……♡」


 う~ん、やっぱり、この剣はしっくりくるなぁ。

 青海のごとく澄みわたった刀身を見つめながら、オレはしみじみとそう実感した。


「し、し、信じられません……」


「どうした?」


 双眼鏡を覗いていたネズミ獣人にマッキンレーが声をかける。


「あんなもの……あんなものを放っておいたら、世界は滅びますよ……!」


 ネズミ獣人はガタガタと震えながらそう呟いた。

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