第24話 シアの剣聖観察記
シアです。
これは、セレストリア王国へと送る報告書のためのメモ書き、というか日記のようなものになります。
さて、早速ですが、我が国最大の危機【ゴブリンの魔王】についてです。
これまでに二度のゴブリンの魔王候補を退けてきた剣聖ゴブリン(自称:ガルム。以降「剣聖さん」と記します)。
次の襲来までに一ヶ月ほど時間が空くとのことなので、懇意にしている柴犬獣人の少年(以降「シバタロウくん」と表記。どうやら「くん」までが名前のようです。まったく紛らわしいですね)の経営する宿屋兼酒場『柴犬亭』で彼は雑用をしています。
ところが!
と・こ・ろ・が・です!
なんとこともあろうことか、第二の鎧ゴブリンのメス(本人は人間扱いしろと主張しているため「女性」と呼んでいる方もいますが、私には魔物にしか思えないのでメスと表記します)と子作りをする可能性が出てきたのです。
しかも、最初はメスゴブリンも「子種だけ提供してくれればよい」といった感じだったのですが、先日グリフォンに襲われたのを剣聖さんに助けられてからというもの、めっきり「本 気 モ ー ド」に入っちゃってるんです!
なんか目がうるうるしちゃってるんです!
剣聖さんの前だとすごくモジモジしてて、たまにため息なんか吐いたりしてるんです!
これ、あれじゃないですか?
ね、あれですよね?
そう、完全に。
恋する乙女。
じゃないですか。
え、いやいや、これは
だって、前までは気持ちが入ってなかったから理屈で抑えられてたわけじゃないですか。
それが、今は気持ちが入りまくっちゃってるんですよ。
起きるかもしれないじゃないですか、
超えちゃうかもしれないわけじゃないですか、一線。
もし一線を超えちゃった場合について考えてみますね。
まず、器の継承に失敗して【ゴブリンの魔王】の存在自体が完全にこの世から消えてしまった場合。
はい、これだとベストですね。
これだと万事万々歳。
魔王の脅威のなくなった我がセレストリア王国は、これからも永久に繁栄し続けることでしょう。
ただ、そうなるという確証は全くありません。
さて、次に。
この場合、メスゴブリンの生む子ゴブリンに「欠けた器」が継承されます。
そうなった場合、メスゴブリンは私達の前から姿を消すでしょう。
そしたら今後、私達が魔王の動向を把握することは難しくなります。
こうなるのは、出来る限り避けなければなりません。
最後に。
メスゴブリンの生んだ子ゴブリンに魔王の器が
これが一番の最悪です。
終わりです。
二千年間ずっと他国に対し優位を保ち続けてきた我がセレストリア王国の栄華の時が終わりを迎えます。
魔王が誕生してしまったら、我が国も他国と同じように外交、商業、農業すべてが死ぬでしょう。
そして、軍事と工業のみの国へと変貌しなければならないのです。
美しきセレストリア王国の大地と水は汚れ、公害のつきまとう
これだけは絶対に避けなければなりません。
そう、私の命に変えてでも。
「ふぅ……」
宿屋の粗末でささくれだった机の上に筆を置きます。
『私の命に変えてでも』
もう、事態はそれほどの覚悟をしなければならないまでに差し迫ってきているのです。
(一番いいのは、剣聖さんの中にあるうちに器を消滅させてしまうことなんですが……)
残念ながら、そんな方法は今のところ見つかっていません。
しかも、ホントかウソか、剣聖さんは自分を「不老不死」だなんて言ってます。
まぁ、嘘に決まっているでしょうが、もし仮に万が一本当だとしたら、これまた事態は厄介です。
だって、不老不死のゴブリンの魔王が誕生しちゃう可能性があるんですよ?
最低最悪な可能性じゃないですか、それ。
いやいや、ほんとに。
まぁ、そうならないようになんとかするのが私の務めでもあるんですが……。
最悪、王位は妹が継げばいいとして。
どうなんでしょう?
私が、その、あの。
例えば、ほら。
え~~~っと、肉体……を使ってどうにか押し止めさせたりすることとかは……。
いえいえ、あの、可能性としてですね、可能性。
私はつま先の肉片の一粒まで使ってでも、魔王をこの世から完全に消し去るという役目を果たす覚悟は出来ているのです。
そう、覚悟は。
出来て……。
出来てぇ~~~……。
るぅ……。
ん、でぇぇぇすぅ……ぅ?
う、うぅ……っ。
スー、ハー。スー、ハー。
出来てるんですっ!
そう、出来てるんですよ、出来てるんです!
ただ、あのメスゴブリンがちょっと盛りついちゃったりしたからペースを崩されて動揺しただけです!
覚悟は出来てるんです!
はぁ……。
とはいえ。
仮に私が体を使ってメスゴブリンを出し抜いて、それで剣聖さんの興味を引いたとしても、別に根本的な解決につながるわけじゃありません。
器の移行する可能性を潰しただけでしかないのです。
以前、酒場でマスターに言われた言葉が頭をよぎります。
『例えば……まぁ一番手っ取り早い話が、ガルムに消えてもらう──とか』
消えてもらう。
そんなことが出来るのでしょうか?
もし、不老不死が本当だったら?
消すとは具体的にどういった方法で?
そして、もし、それを実行して失敗したらどうなる?
これもこれで不確定要素の多い話です。
簡単には踏み出せません。
それに、「消す」ほど悪い人じゃないような気がするんですよね、剣聖さん。
この間、グリフォンに襲われた時も、一人残って私達を逃してくれましたし。
(あの時、もしいたのが剣聖さんじゃなくてユージだったら、どうしてたでしょうね……)
ユージ。
なにかに取り憑かれたように「剣聖さんを殺せ」と言っていました。
もしかしたら、それが正しかったと思う日が来る可能性もあるのです。
そのユージも、今や行方不明。
かつては勇者候補と呼ばれ、おそらくそのまま順当に暮らしていたら私の夫となって国を治める王になっていただろう人。
特に恋愛感情があったわけではありませんが、冒険者として共に過ごした仲間です。
あんな消え方をされたのでは、さすがにちょっと気にもなります。
「うっ……ん!」
私はギシギシと
うじうじ悩んでても仕方ありません。
今できることをやる。
それが私の王女としての使命なのです。
まずは、私が姫であることを知っている領主バルモア、冒険者ギルド長マッキンレー以外に引き続き正体を知られないようにすること。
次に、メスゴブリンが一線を超えてしまわないように監視すること。
なんせ、一線を越えてしまった暁には、その、なんていうんですかね、着床……率? というか打率? というか、とにかくほぼ百パーセントの確率で子供が出来るというのです。
まったく恐ろしい生き物ですよ、まったく。
え~っと、こほんっ。
で、最後に。
三週間後に来ると予想されているゴブリン魔王候補に関して。
こちらは、王国の方で先手を打ってもらうことにします。
これが、今の私に出来ることの全てですね。
それにしても、あの鎧ゴブリンとかいう種族の持っている知識量は脅威です。
マスターとメスゴブリンだけの知識でも、すでに「知られざる魔物の生態」や「未知の食物の情報」が街の民の生活に直接的にフィードバックされています。
さらに彼らが集まっていけば、自ずと魔王に関する情報まで手に入るというのです。
そして、それは。
セレストリア王国のこれからの繁栄のためにもかならず役に立つでしょう。
喉から手が出るほどに欲しい。
そんな存在です。
コンコンッ。
「どうぞ」
ガチャ。
「あ、あの、夕食、お持ちしました!」
「あら、オーナーさん自ら持ってきていただくなんて。申し訳ありません」
私の宿泊している宿『柴犬亭』のオーナー、シバタロウくんです。
「いえいえ、ちょうどボクが手が空いててたので。あ、今、ご主人さま達が下にいますけど、一緒に食べられますか?」
「いえ、私は夕食は一人で食べるのが性に合ってますので。お気遣いありがとうございます」
「あ、いえいえ! 余計なおせっかいでした、すみません!」
「そんなことありませんよ。オーナーさんの作るご飯とっても美味しいです」
「あ、ありがとうございます! ま、また注文いただいたら頑張って作りますね!」
パタパタと左右に揺れるシバタロウくんの尻尾。
「ええ、それではお仕事がんばってくださいね。遅くまでお疲れ様です」
「あ、はい! 失礼します、おやすみなさい!」
パタンっ。
(ふぅ……)
あの柴犬獣人の男の子はたしかに可愛い。
この街で唯一と言ってもいいほどの癒やしです。
しかし、彼は剣聖さんとの距離が近すぎる。
絶対に気を許してはならない相手の一人なのです。
ぱくり。
口の中に、辛味と酸味の効いたダイナミックで刺激的な味が広がります。
「むふぅ~!」
これこれ!
この王宮料理とは全く違う味!
これを楽しめるのが冒険者のいいところなんです!
ああ、こんなにニタニタしながら食べてる顔を誰かに見せるわけにはいかないじゃないですか。
もぐもぐ。へらへら。
もぐもぐもぐもぐ。にへらへら。
あ、そういえば明日の剣聖さんのスケジュールはどうなってましたっけ?
そうそう、明日はたしか鑑定を依頼してた剣聖さんの装備が返ってくる日でした。
では、明日も偶然を装って町中で会って、その流れでギルドへご一緒するとしましょう。
魔王に関する情報は誰よりも早く入手!
それが、私に出来るセレストリア王国への最大の貢献なのですから。
……あのメスゴブリンも着いてきたりしなければいいのですが。
~翌日~
ガヤガヤガヤ。
(えっ、な、なんでこんなことに……?)
冒険者ギルドにたどり着いた私たちは、なんと数十人の大集団となっていたのです。
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