第22話 子作りしましょ

「さぁ、ハンパ魔王。私と子作りをしましょう」


 まん丸お目々の女鎧ゴブリンのケイリは、湿度の高い視線をオレに向ける。


 ……はい?

 子作り?

 こづくり?

 KO・DU・KU・RI?


 子作りとは──。

 男女が性的な関係を持ち、女性が妊娠することを意図して行われる行為。

 子作りは、新しい命を授かることを願い、夫婦の愛情や絆を深めるために行われることもある。

 妊娠を目的として行う場合は、避妊をしないため、性感染症や未熟な時期に行う場合は妊娠のリスクが高まることもあるため、注意が必要。


 あまりの意外な申し出に、思わずオレの頭の中のスーパーコンピューターが作動してしまう。


 性的な関係。

 避妊をしない。


 え? それなんてファンタジー?

 オレに一生縁がないと思っていた行為。

 それを、まさか異種族、しかもゴブリンから申し込まれるとは思ってもみなかった。

 いや、でも考えてみたらゴブリンにもメスはいるわけか……。

 あの二千年ダンジョン『エン・コン』の中では暗くてよく見えなかったから気にしたことなかったんだけど、たしかにゴブリンにもメスはいるわな、そりゃ。


(いや、ゴブリン……メスゴブリンかぁ……。はたして、それがオレの初めての相手となっていいのだろうか)


 チラリとシアさんの横顔を盗み見る。

 ヒクヒクと引きつった顔。

 あっ……。

 ドン引きしていらっしゃる……。

 そ、そうだよな、ちゃんとさっさと断らないと!

 やっぱ最初はオレが好意を寄せる相手としたいよな!

 っていうか子作りってなんだよ、子作りって。

 そんな愛も何もないような行為、お父さんは許しませんよ!


「だが断るっ!」


 よっしゃ、ピシッと断ってやりましたよ、シアさん!


「なぜ?」


「なぜって……? だ、だって、ほら、そこに愛はあるのかい?」


「愛? もちろんありますわ。私の魔王さまに対する愛。ああ、見せてあげたいくらい! そして、私の中に魔王さまの愛が注がれた時、ハンパ魔王である貴方の【魔王の器】は私の子供に移るのですから」


 ん?

【魔王の器】が移る?


「え、【魔王の器】って移せるの?」


「ええ、子をなせば、その子に【魔王の器】は移りますわ」


 へぇ~。

 ってことは【魔王の器】さえ移しちゃえば、オレはゴブリンたちに付け狙われることもなくなって、シバタロウくんとのんびり暮らせるわけじゃん。

 その点に関しては悪くない。

 いや、しかし子作り……ゴブリンと子作りか……う~~~~ん。


「ダ、ダメです! そんなの許可できません!」


 シアは思った。

【魔王の器】を移す、ですって?

 今は剣聖さんの中で運良く覚醒していないものを、わざわざ移して【ゴブリンの魔王】を誕生させたら我が国は一体どうなってしまうというんでしょうか。

 そもそも、我が国には魔王がいなかったからこそ、これだけ発展してこられたんです。

 大陸にある他の六国家には、それぞれ一人ずつ、計六人の魔王がいます。

 他国はその魔王に苦しめられてきました。

 だからこそ、魔王のいない私の国はこの二千年もの間、ずっと他国に差をつけ続けてこられたというのに。

 それが、我が国にも魔王が誕生するですって!?

 許せません。

 ダメです、ダメダメ。

 断固許可できません。

 絶対にダメです。

 ここは、なにがなんでも子作りをさせるわけにはいけません。

 セレストリア王国第一王女として、絶対に「私が」防がなければならないのです!


「え、シアさん……? それって……?」


 嫉妬かぁぁぁぁぁ?

 え、嫉妬!?

 シアさんがオレに嫉妬してる!?

 え、これって──オレ……もしかしてモテ期大到来してたりする?


「あら? もしかして貴女、ハンパ魔王とツガイだったりする?」


「ツ、ツ、ツ、ツガ……!?」


「人間だと『夫婦』の方が適切だったかしら?」


「ち、ちが……」


「違うなら、貴女の口出しすることじゃないですよわね?」


「うぅ……」


 あれ?

 なんか女二人の間にバチバチビームが飛び交ってない?

 っていうかシアさん、やっぱりオレのことが好きでしょ?

 じゃないと、オレの子作りを止めようとする理由がなくない?


「フッ……」


 サラーンとオレは前髪(実際はゴワァっとしたドレッドヘアー)をかきあげると、イケメンボイス(自分比)でシアさんへ助け舟を出す。


「まぁまぁ、キミたち。オレのことでそんなに争わなくても……」


「ハンパ魔王は黙ってて!」


「剣聖さんは黙っててください!」


 ええ~……。

 え~~~~~~。

 オレのモテ期、大暴走してるやん……。

 予想外に怒鳴られたオレがシュンとしてる横で、おずおずとマッキンレーとマスターが意見を述べる。


「私も反対だな。ケイリさんは、子供を宿したら別の場所に行くだろう? そうなるとレアゴブリンたちが襲ってこなくなって私達が稼げなくなる」


「オレも反対だ。今の中途半端にしか覚醒していない状態で子作りをしても【魔王の器】が上手く子供に遺伝出来るとは限らない。たとえば器が欠けたり、最悪のパターンだと消滅する可能性だって考えられる。子作りをするのであれば、ちゃんと百パーセント完璧に覚醒してからだな。現時点で危険を冒すことは出来ない」


 おお、マッキンレーのは自分本意すぎてあれだけど、マスターの方はなんか説得力あるな。


「っていうか」


 シアさんがジトリとした目つきでオレを見つめる。


「剣聖さんはどうなんですか? したいんですか? 彼女と」


「え? いや、はぁ……」


 女鎧ゴブリンは足を組み替え、オレを挑発してくる。

 いやいや、でもオレは決めました。

 今、決めたんです。

 オレの初めては、あなたにっ! 捧げっ! ますっ!

 そう、シアさん! あなたにっ!


「オレの初めての相手は、もう決めてますから!」


 フッ、決まった……。

 一途なオレ、かっこよすぎるだろ……。

 オレのまごころが伝われば、きっとシアさんもすぐにそのうち……って、あれ?


 サ~っと部屋の空気が冷めていくのを感じる。


「え、初めて……? え、ええ……そうなんですね、ア、アハハ……」


「ハンパ魔王、童貞なの? マジウケる~! 子作りとか言ってドキドキさせちゃってごめんねぇ?」


「剣聖殿……男はこれからですぞっ」


「旦那、誰にでも最初はある。あまり気にしないことだ」


 あ、もしかして気づかないうちに童貞告白しちゃってた、オレ?

 なんだろう、みんなの気遣いの言葉がオレの胸にズキズキと突き刺さるんだけど。


 バタンッ。


「お待たせしました! 出前のピザです! って、あっ! ご主人さまもここにいらっしゃったんですね!」


 シバタロウくんがちっちゃい体に大きなピザを抱えて部屋に入ってきた。

 シバタロウくん……マジでナイスタイミング……! キミはマジでオレの救いの天使だぜ……!


「キャー!」


 女鎧ゴブリンが嬌声を上げると、シバタロウくんに飛びつく。


「なにこれ!? なにこの生き物!? かわいい! あ~ん、かわいすぎるううううう! ねぇねぇ、あなた、私と子作りしない?」


「へ? な、なに言ってんですか~~~!」


 こうして女鎧ゴブリン、ケイリの興味がシバタロウくんに移ったことによって、この日の尋問──もとい飲み会は、つつがなく幕を閉じた。


(しかし、魔王の器を移すなんてことが出来るんだな。もし、子供に移す以外の方法でも取り除くことが出来るとしたら……)


 そんなことを考えながら、オレは宿屋のベッドの中でシバタロウくんをギュッと抱きしめて深い眠りに落ちた。

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