第16話 対策会議

「はぁ~…………」


 オレは、本日何十回目かのため息をつく。


「ったく、旦那、いい加減にしてくれ。店が辛気臭くなっちまう」


 柴犬亭のバーテンダー、鎧ゴブリン。出勤初日にもかかわらず、やけに板についたセリフを投げかけてくる。


「なんだよ、お前。初デートに失敗した人の気持がわかるの? ねぇねぇ、わかるのかって聞いてんだよ?」


「絡み酒ならぬ絡みミルクやめてくれよ。絡むなら、せめて酒飲んでからにしてくれ」


「うるせぇ! 大体、お前さぁ、ゴブリンのくせに人間社会に溶け込みすぎだろ!」


 オレの絡みミルクを無視して、キュッキュと手慣れた具合でグラスを磨く鎧ゴブリン。背後からは冒険者たちの「剣聖ゴブリン、どんまい!」との励ましの──いや、冷やかしの声が飛んでくる。


「大体っ! なんでオレは剣聖ゴブリンだなんて呼ばれてるんだよ! ガルムっていうカッコいい名前を名乗っただろうがっつーの!」


「似合ってないんだろ」


「……は?」


「似合ってないから呼ばれないんだろ、そのイカツイ感じの名前」


「…………」


 なるほど、考えたことなかった。たしかにガルムって名前、いかついよな? で、オレは「初デート失敗した」だなんだとウジウジ絡みミルクしてるような男なわけで。うん、そりゃ、そんな人物は「ガルム」よりも一歩距離を置いた感じのする「剣聖ゴブリン」の方がしっくりくるのかもしれない。そもそもオレ、人だし。たしかにまだ二千年分の垢が落ちてなくてブチ模様だけど、人だし。


「なぁ……どうすれば名前で呼んでくれるようになるかな、マスター?」


「旦那は、なぜ今、オレのことを『マスター』と呼んだのか、わかるかい?」


 ハッ──。たしかにオレは今、無意識のうちに鎧ゴブリンのことを「マスター」と呼んでいた。なぜだ? そう呼ばせる説得力があった? マスター、先生、師匠、先輩、これらは、ある種の敬意を持って呼ばれる呼称だ。なるほど……。ということはつまり、オレが「ガルム」と呼ばれて違和感のない行動を取って、敬意と説得力を高めれば、自然とそう呼ばれるようになるということか。


 オレの脳内に情景が浮かぶ。


「ガルムさん!(オレにホの字のギルドの受付嬢ボイス)」

「さす(が)ガル(ム)だぜ!(まだ見ぬどこかのSSSS級冒険者ボイス)」

「ガルムさん、結婚して!(シアさんボイス)」


 ムフフ……。悪くない。


 そう! つまり、オレが「ガルム」と呼ばれるにふさわしい行動を取ることによって、オレの人権も回復し、シアさんにもモテモテに! そんで、そんでっ! ついに、オレの夢見ていた『孤高のソロプレイヤー、異世界に転生したらモテモテすぎて英雄伝説ぶっ立てちゃった!?』が始まるんじゃ~い!


 ハァハァ……。


 グッ!


 オレはマスター(鎧ゴブリン)に親指を立てると、柴犬亭の二階に上がり、自室のベットにダイブする。はぁ〜、悩み事のなくなった夜は素晴らしい!


「それにしても……オレを狙ってレアモンスターが街にやってくる限り、この街でのオレの宿泊費無料! 飲食全て無料! ぜ~んぶ街が立て替えてくれるから、好きなだけぐ~たらしてていい! 最高じゃね~か、この生活! まぁ、魔物をおびき寄せる餌として飼われてるだけな気もするが……。まぁ、細かいことは気にしない! オレは、二千年耐えてようやく手にしたこの怠惰な生活を全力で満喫してやるぜ!」


 ふぁ……。

 オレはあくびをひとつ。


 でも「ガルムと呼ばれて違和感のない行動」って具体的に一体どうすりゃいいんだろ? う〜ん……むにゃむにゃむにゃ……グー、グー……。


 ◆


「ご主人さま、ご主人さま、起きてください、朝ですよ~」 


「んあ……? シバタロウくん……?」


 薄く目を開けると、オレの体をゆさゆさと揺らす可愛らしいシバタロウくんの姿が目に映った。頭には三角頭巾を被ってて、右手にはハタキを持っている。はぁ……このシバタロウくんもかわいいなぁ……。これは二千年間ダンジョンで苦しんできたオレへのご褒美か? それなら全力で享受するまでだぁ。うん、オレはこの幸福感を胸に抱いて、全力で今から二度寝に興じるとしよう……。


「ご主人さま~! 遅刻するので起きてくださ~い!」


 クルンとシーツを剥ぎ取られるオレ。


「な、なに? 遅刻ってなんかあったっけ?」


「忘れてるんですか? 今日はこれからの街の方針を決める代表者会議があるんですよ?」


 あ、そういえば、昨日そういう感じのことをマッキンレーのおっさんが言ってた気がする。前回は、あのおっさんにいいとこ全部持っていかれたからなぁ。そもそも、オレを餌にしてレアモンスターをおびき寄せるってのも、全部あのおっさんが一人で言い出したことだし。あのおっさんも来るんだろうなぁ。ハァ、憂鬱。


「シアさんもいらっしゃるんですから、シャキっと起きて顔洗ってください」


「なにっ!?」


「はい、昨日一緒にランチに来られてましたよね? 用事があったのか、シアさんは先に帰っちゃったみたいですけど……」


 ズキーン!


「そ、そ、そ、そうだね、アハハ……。な、なんか用事があったんだろうね、アハハハ……」


 シバタロウくん! 純粋なキミの言葉で、オレの傷口に塩を塗り込むのはやめてくれぇ〜! しかし、シアさんか……。オレはみんなから「剣聖ゴブリン」じゃなく「ガルム」と呼ばれるように、いかつく生きようと思ってたんだった。そして、オレはシアさんからもモテモテになって、けけ結婚! しようと未来絵図を描いてたんだよな〜、昨日。


「よしっ!」


 パァンと両の手で頬を叩くと、オレは勢いよくベッドから飛び降りた。


 ◇


 ~会議:領主バルモア邸客間~


「で、この『剣聖ゴブリンを囮にしてレアモンスターを大討伐してがっぽり儲けよう作戦』なのですが……」


 チ~ン。


 威厳も何もなかった。

 会議では、オレはもうすっかり「剣聖ゴブリン」の呼び名で定着していた。昨日は「ガルム殿」なんて呼んでくれてた人たちも、今ではもう「剣聖ゴブリン」呼びだ。どうやらオレの威厳は一日で進歩するどころか退化してたらしい。


「それで、マスターからも意見を窺えればと思うのですが……」


 しかも、なぜか鎧ゴブリンの方は「マスター」で定着してるし。なに!? なに、この差!?


「すみません、ちょっといいですかっ!」


 一同の視線がオレに集まる。一同とは議長の領主バルモア、進行役の冒険者ギルド長マッキンレー、冒険者代表シア、情報提供者マスター(鎧ゴブリン)、住民代表シバタロウくん、そして当事者のオレの六人だ。


「あの、なんで鎧ゴブリンが『マスター』で、オレが『剣聖ゴブリン』って呼ばれてるんですか?」


「それは、これが議事録として残るからだ。みんなが聞いてパッとわかる方の名前で統一すべきだろ」


 イケおじマッキンレーが、またしても正論でオレの尊厳を破壊する。はい、これ二日連続で尊厳破壊ですよ。いやいや、この街を守ったのオレだからね? まぁ、その原因を作ったのもオレだけど。


「じゃ、じゃあ、それなら住民代表がシバタロウくんなのは? いや、シバタロウくんが悪いってわけじゃなくて可愛くて最高なんだけど、他にもっと適任者いるんじゃないの?」


 オレはなんとか食い下がる。シアさんが見ている前で、このままやられっぱなしってわけにはいかない。なんとかスキのないイケオジに一発かまして、せめてプラマイゼロくらいには持っていきたい。っていうか。普通に。素で。なんでシバタロウくんが選ばれてるのか疑問だし。


「可愛いからじゃよ」


 領主バルモアが隣に立ったメイドのケツを撫でながら、そう言う。


 そっかぁ~、可愛いからかぁ~、なら仕方ないなぁ~。……って、んなわけあるかー! 大体、ジジイ! てめえ、オレのいた世界だったらセクハラ・パワハラで即終ってるからな? テメーコノヤロー!


「冗談はさておき、ここは辺境。未踏のダンジョンに一番近い危険の最前線じゃ。それなりの覚悟を持ったものしかおらんよ。もちろん、住民もな。よって、会議に出るまでもなく、住民の意見は決まっているということじゃ」


 オレは、ふと窓の外に目を向ける。そこには、手押し車に荷物をパンパンに乗せて街を出ていく住民たちの大行列が出来ていた。


(あ、うん。住民達の意見は「街から出ていく」で決まってるわけね。で、残る非戦闘員の住民は、シバタロウくんぐらいしかいないと。なるほどね、うん……)


 シャー。


 メイドさんの手によって窓にカーテンが掛けられる。


「さて、では議題の続きじゃが……」


 なんとなくしんみりした空気が漂う中、会議は続いていった。議題は防衛策、冒険者たちの連携の確認、冒険者たちの生活基盤の確保、倒した魔物の素材の配分方法、内外インフラの保持、交易、そして王国への報告をどうするかについて、など多岐にわたった。


 マスターは聞かれたことに的確に端的に答え、シバタロウくんは冒険者たちの衣食住について提案し、シアは王国への報告と交易、インフラについて詳しく、マッキンレーは冒険者たちの連携と防衛について引き受け、バルモアはそれらを手際よく捌き、メイドさんはしっかりとそれらを議事録として残していた。そして、結局オレだけが一言も発しないまま会議は終わってしまった。


 チ~ン。


 さて、会議でどんな内容が決められたのか。詳しい内容は、また次回で。

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