第12話 魔力門

 宙高く飛んだオレは、ぐんぐんとタイタンゴブリンとの距離を縮めていく。薄い碧刃の剣身が、月の光を帯びて妖しく輝く。


「う、お、おおおおおおお!」


 落下のエネルギーを全て剣にかけ、タイタンゴブリンに斬りつける。


 ガッ、ゴッ、ザザザ──ンッ!


 頭蓋から首、そして背中から腰へと一気にタイタンゴブリンの巨体を切り裂いていく。


 ドンッ──!


 突然敵陣ど真ん中に降ってきた得体の知れない男。しかも頭には柴犬獣人の子供を乗せている。驚いたゴブリンたちの動きが一瞬止まる。


「な──なんだこいつ、どこからっ……」


 ザンッ──!


 オレは剣を横に払い、ゴブリンが喋り終わるより先に命を奪う。返す刀でもう一匹。さらに返す刀でもう一匹。まるで舞うかのように次々と命を刈り取っていく。


「は、はわぁ……ご主人さま、すご、すごいです……!」


「遠くから攻撃しようとしてるやつがいたら教えてくれる?」


「は、はいっ!」


 これくらいはダンジョンでいつもやっていたことだ。ソロの基本は有利な地形での一対一だが、あくまでそれは理想だ。毎回そう上手くいくわけではない。実際は、こういった乱戦になることも少なくはないのだ。そして、こうした乱戦の中で一番厄介なのが、遠距離攻撃だ。


 投石、弓、魔法。そういった遠くからの攻撃によって一瞬でも動きを止めてしまえば、そのスキをゴブリンは決して逃さない。あっという間にゴブリンの波に飲み込まれて終わりだ。だから、こういう状況で、第二の目となるシバタロウくんの存在は心強かった。


「ご主人さま、左斜め上から弓矢! 後ろから石が!」


「応っ!」


 ゴブリン達の命を刈り取る乱舞の中、飛び上がったオレは矢と石を斬って落とす。


「ありがとう、シバタロウくん! 助かった!」


「えへへ、あっ! ご主人さま、右斜め後ろから火矢です!」


 地面を転がり横に避けると、火矢がゴブリンに刺さって断末魔の声が広がる。


「さぁ、そろそろ敵の混乱も治まる頃だが……」


 今のオレたちは、敵のヘイトを一手に引き付けている状態だ。そして、それによって、侵攻のスピードもかなり緩んでいる。ここまでは狙い通りだ。しかし、いつまでもここに留まって戦うわけにはいかない。オレは死なないから別に構わないんだけど、シバタロウくんだけは絶対に死なせる訳にはいかない。


 最初に斬りつけたタイタンゴブリンは、一撃では死ななかったようだ。一度は倒れたものの、今は膝をついて立ち上がりつつある。おそらく、もう一撃入れれば倒せるとは思うが、そうしようにも周りの雑兵が邪魔だ。しかも、中型のオーガとトロールまでこちらに向かってきている。


 ん~、しかも観衆もいないからなぁ。ここで張り切っても仕方ないし、一旦引き上げるかぁ。そう思った直後。


「うおおおおお! 火灼ブレイブソード!」


 本日六度目となる遭遇(ほんとに多いよ!)のユージが燃え盛る剣を振るって敵勢を抜けてきた。それを見たオレが思ったのは、「おお、やるじゃん!」でもなく、「タイミングばっちり!」でもなく、「え!? スキルあるじゃん、この世界!」だった。二千年間なんのスキルも覚えなかったオレは、てっきりこの世界にはスキルみたいなもんがないと思い込んでた。んが! しかし! 今の燃える剣、あきらかにスキルだったよね!?


「ユージ! 勝手に突っ込んで行かないでよ!」


「そうにゃ! 運良く敵勢の動きが鈍くなってたからよかったけどにゃ……って、え?」


 ユージに遅れて追いついてきたパーティーメンバー達がオレの存在に気づいて構える。


「ち、違う! ボクたちは敵じゃないよっ!」


 慌ててシバタロウくんが否定する。


「たしかに、この斬り捨てられたゴブリンの山を見る限り、そのようですね……」


「マジかよ! っぱねぇな、こいつ!」


「ありゃりゃ、タイタンゴブリンが虫の息じゃな。これはもしや、お主が?」


 そんな声をかけられるも、オレは上の空で話が右から左へと流れていく。我慢できなくなったオレは、どうしても気になって気になって仕方ないことを聞いてみた。


「ねぇ、もしかしてスキルって、ある?」


「…………はい?」


 場の流れに合わない質問に戸惑って固まる一同。そして、そのスキを逃すまいとゴブリンが飛びかかってきた。


「ご主人さま、右っ!」


 ザンッ!


 オレは振り向きもせずにゴブリンを斬り捨てる。


「ねぇ、スキル?」


「ご主人さま、左斜め後ろです!」


 ザンッ!


 斬り捨てる。


「ご主人さま、後ろの上から二匹っ!」


 ザザンッ!


 斬り捨てて、斬り捨てる。


「ねぇねぇ、スキルってあるの? どうなの? ねぇねぇねぇねぇ?」


 極限まで高められた集中力で、シバタロウくんの指示通りに動く自動人形のようにゴブリンを斬って捨てながら、オレはパーティーに近づいていく。


 ザザザザザンッ!


「ひぃ~~~! 教えます! 教えますから、どうかそれ以上近づかないで~~~!」


 マジシャンっぽい女性が、涙目でそう懇願する。


「へぇ~、それじゃ、教えてもらってる間、君たち戦線維持しててね(にっこり)」


 オレはそう告げると、マジシャンと二人で地面に座り込んでスキル談義を始めた。


「おい! マジかよ、こいつ! こんな敵陣ど真ん中で戦線維持しろとか!」


「やるしかないじゃろう! シア! バフをくれぃ!」


「は、はいっ!」


「く、くそっ……! 悪魔のくせに僕たちをこき使いやがって!」


 ユージたちは、オレとマジシャンを中心に円状に陣取ると、息のあった連携でゴブリン達の攻撃を防いでいく。オレは、たまに抜け出してくるゴブリンをシバタロウくんの指示で斬り捨てつつ、スキルについての基本を学んでいった。要約すると「魔法を使えない人が、武具を中心として使うのがスキル」で、そのためには【魔力門】というものを開かなければいけないということだった。


「で、お姉さんは、それが出来るの?」


「はぁ、出来ることは一応出来ますが」


「おお、してして! それ、今!」


「えっ、今ですか?」


「うんうん!」


「はぁ」


 仮のものでよければ、という条件付きで【魔力門】を開いてくれることになった。お姉さんは、地面に簡易版魔法陣を描いていくと、オレのおでこに朱色の印を親指でなでつけた。そして、むにゃむにゃと呪文を詠唱すると、上空三メートルくらいに一メートルくらいの魔法陣が出現した。


「わ、わ、これ封印のじゃないですよねっ?」


 たしかに昨日、街の上空に現れた魔法陣と似ている。


「封印も解放も原理は同じなのです。違いは、押すか、引くか、それくらいのものなのです」


「手段は同じでも、用途が違うってことか」


 オレは両手を首に回すと、頭の上のシバタロウくんを撫でて落ち着かせる。


「大丈夫だ、シバタロウくん。こいつらも、今ここでオレを封印したら全滅することくらいわかってるよ」


 魔法陣がゆっくりと降りてくる。

 そして、オレたちの体を包もうとした、その時。


 パチッ──パチパチッ。


 突如ショートしたかのような激しい瞬きが起こり。


 バチィッ!


 光の魔法陣は、闇の魔法陣へと変貌を遂げた。


「うそっ! なに、これっ!? ああ、ダメ! もう止まらないっ!」


 慌てるマジシャンがこちらに手を伸ばすも、それより早く魔法陣はオレとシバタロウくんの体を包み込んだ。


「ああっ……!」


 ヤバそうな声を上げないでほしいなぁ、とオレは思う。だって、シバタロウくんが不安がるじゃん。ねぇ、シバタロウくん? オレはシバタロウくんの体をわしわしと撫でる。


「あわわ、ご主人さま、なんか、力が湧き出してきます……!」


 うん、シバタロウくんも無事そうでよかった。うっかり一緒に魔法陣に包まれた時は一瞬焦った。けど、包まれてみて、すぐに気づいた。自分が、この力をコントロールできるということに。危険はない。今まで全く気が付かなかった魔力の流れを、まるで風を感じるかのように肌で感じられる。


「うがあああああ!」


 タンクのドワーフを突き飛ばしたオーガが、オレたちに向かって突進してきた。


「うわああ! すまん、通してしもうた! 逃げるんじゃ~!」


 ドワーフがオレたちに向かって叫ぶ。

 だが、オレの心は静かだった。


瞬闇五連星スターファイブロード


 自然と頭に浮かんだフレーズを口に出しながら、流れに身を任せて体を動かす。


 ──ドサリ。


 背後でなにかが落ちる音。


 振り向くと、五つに切断されたオーガの体が地面に転がり落ちていた。


「て、てめぇ……なんなんだ、今のは……!」


 声を震わせる戦士ユージ。

 彼の目には、怒りと怯えが同居していた。

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