第11話 戦況
駆け寄ってきたシバタロウくんを、オレはヒョイと肩に担ぐ。
「わわっ……!」
「危ないから、しっかり掴まってて」
窓枠に指をかけて反動をつけると、ヒョイッと屋根の飛び乗る。
「わわわっ! ご主人さま、すごいですぅ!」
「そうか? ダンジョンじゃこれくらい朝飯前だったぞ?」
っていうか、出来なきゃゴブリンどもに食い散らかされてたからな。言わば、生きるために自然と身についた技術だ。
「さぁて、こんな夜中に一体なにが向かってきてるのかな? っと」
足音の鳴る方に目を向ける。シバタロウくんもフンフンと鼻を鳴らして、オレの頭の上で体を乗り出して見つめているようだ。
「シバタロウくん、見える?」
「はい! 見えます、ご主人さま! でっかいのが一匹と、ちっちゃいのがいっぱい!」
おお、たしかにオレにもそう見える。ってことは、シバタロウくんはオレと同じくらい夜目が効くってことだな。これは使えそうだ。なんせ目が四つに増えたのと同じなんだからな。
「あと、空を飛んでるのも何体かいるね」
「はぅ……! 空、見逃してました! さすがご主人さまです!」
一体の巨大な魔物を中心とした軍隊、のようなものに見える。目的はわからないが、真っ直ぐこちらに向かってきている。おそらく、この街は数刻後には戦火に飲み込まれるだろう。
「さぁ、シバタロウくん。オレたちはこれからどうしようか? 面倒そうだから、いっそこのまま街から立ち去っちゃう?」
「う? うぅ……」
「ここは、今までシバタロウくんを散々こき使ってきた街だ。オレだってあらぬ疑いをかけられて、封印までされかけた。シバタロウくんも、そうだよな? 正直、オレたち二人は、この街にいい思い出なんかない。別に、ここじゃなくても街なんて他にいっぱいあるんだから、生活の基盤を作りたいならそっちにでも行けばいい。なんなら街なんか行かずに、自然の中でサバイバル生活をしてもいいと思う。だろ? この街を守る義理なんて、オレたちにはカケラもありゃしない。そのうえで聞く。……シバタロウくんは、どうするのがいいと思う?」
頭の上のシバタロウくんから、ぷるぷると小刻みな震えが伝わってくる。
「ご、ご主人さま……。ボ、ボクは……ボクは、それでも、この街を……」
「わかった!」
手を伸ばしてシバタロウくんの頭を「わしゃり」と撫でる。
「オレもおんなじ考えだ!」
ニカッと笑うと、オレはシバタロウくんが落ちないように手で押さえ、跳躍した。なんの恩義もないけれど、マイナスからのスタートだけど、ここからオレたちの生活の基盤を新しく作っていこうかなと思ってた矢先の出来事だ。それに。
──さっきまでオレを封印しようとしてた奴らの目の前で、颯爽とモンスターの軍団を倒す。
おいおいおいお~いっ! これ、なんてソロプレイヤーの夢!? マジでオレが二千年間ず~~~っと思い描き続けてきた理想のシチュエーションじゃん! こんな絶好の機会を逃すつもりはハナからなぁぁぁいっ! よぉ~し、やったろうじゃないの、やったろうじゃないですか! さぁ、待ってろよ、謎のモンスター軍団!
とはいえ。とはいえ、だ。オレはソロプレイヤーだ。頭の上にシバタロウくんが乗ってるけれど、今は別に戦力とは呼べるほどではない。そんな中、舞い上がって一人で敵に突っ込んでいくほどの馬鹿ではないのだ、オレは。圧倒的有利な地形。そこを見つけて一匹づつ狩っていく。あくまでこれがオレのスタンス。それに……。
誰も見てないのに倒しちゃっても意味ないでしょうが~~~!
そうっ! 他のパーティーが苦戦を強いられてる中、颯爽と現れて敵を狩っていく! それを見た他のパーティーの連中が「うおお……神だ……あのガルムとかいう戦士は神に違いない……!」と涙を流して感動する! これこそが! これこそが、オレのっ、RI・SO・U(理想)っ!
「ご主人さま……?」
「シバタロウくんっ!」
「!? はいぃ……!?」
「この辺りで一番“高い”場所はどこ?」
「高い……といえば、トールツリーの巨木でしょうか?」
「うむ、ではそこに案内してくれ!」
「はい、こっちです。っていうか、あれ? モンスターは倒さないんですか?」
「もちろん倒すさ!」
ただし……一番オレが目立てるタイミングでなっ!
「そ、そうですか。ご主人さまには、お考えがあってのことなのですね。あ、トールツリーは、こっちです」
シバタロウくんの素直な反応に、ちょっと心が痛む。しかし、これはオレの長年の夢を叶えるチャンスなのだ。この機を逃す手はない。
スタッ、スタタタンっ。
シバタロウくんの誘導の元、オレたちは無事にトールツリーへとたどり着いた。
なるほど、たしかに巨大な木だ。周辺の栄養分を吸い上げているせいか、トールツリーの周りに木は生えておらず、ぽっかりと広場のような空間が広がっている。ちなみにここはカップルの逢引の場所にもなっているらしく、木の表面には相合い傘がいくつも彫られている。
「ケッ!」
明るい青春とは無縁だったオレは、ゲシゲシとカップルの愛の証に蹴を入れると、枝から枝へと飛び移ってトールツリーのてっぺんまで登りきった。
「お~、ここからだとよく見えるな」
「わぁ、ほんとですね! さすが、ご主人さまです!」
高さは十階建てのビルくらい。周囲の様子が手にとるように把握できる。まず、ここに向かって来ているモンスター軍団は、八メートルほどの巨大なゴブリンを中心に、普通のゴブリンたちが周りを固めて進行している。他にはオーガ、トロールといった中量級のモンスターも一匹ずつ。空を飛んでるのは三匹。二千年ダンジョンの中では、あまり見かけなかったガーゴイルだ。背中には、それぞれシャーマンゴブリンを乗せている。あとは……おっ、鎧を着たゴブリンも一匹いるな。って、あれ? あの鎧ゴブリン、どっかで見た気が……。
「あっ!」
思い出した。二階層目の玉座の間みたいなとこにいた鎧ゴブリンだ。あいつら、戦わずにどっか行ったと思ったらこんなとこにいたのか。……って、二千年も経ってるのに同じ奴なわけがないか。となると子孫とか? まぁ、いい。それよりも、今一番気になるのは。
「シバタロウくん、あの大きいゴブリンって何なのか知ってる?」
「えっと、あれは、多分、タイタンゴブリンです!」
「タイタンゴブリン?」
初めて聞く名前だ。ダンジョンにはいなかったな。
「どんな魔物なんだ?」
「はい、んとっ! すごくおっきくて、ゴブリンが、何百年か【土の精霊王】タイタン様の元で修行して認められたらなれるんだって!」
「へぇ、シバタロウくんは物知りだなぁ」
「えへへ、お父さんによくお話してもらってたんです」
オレはシバタロウくんの頭を優しく撫でる。さて、これからどうするかなと思考を巡らせていると、眼下に動く人影を発見した。
「うおおおお! 我等の街を守れっ!」
はい、五度目の遭遇……。ユージくん。いや、丸一日に五回も会うって、いくらなんでも会いすぎだろ。運命の相手かよ。それならそれで、せめて異性であって欲しかったよ。さてさて、そのユージくんに再び目を向けてみると、彼の後ろから数人着いてきているようだ。あれは、どうやらダンジョンの入り口で会った、あのパーティーっぽい。で、ユージを先頭に走っていくと、彼らは迷うことなく──。
「え、ウソだろ?」
真正面から突っ込んでいった。
「うおっ、マジかよっ! あいつら、無茶するな~」
ガッキ~ン!
ゴブリン達の同時攻撃が、ユージに襲いかかる。しかし、いつのまにか前に立ちはだかったタンクのドワーフが、それを巨大な盾で受け止めた。そして、そうなることがまるで最初からわかっていたかのように、ドワーフの脇をスルリとすり抜けていったユージとシーフが、敵を着実に切り裂いてゆく。
「あらら、結構連携いいじゃん、あいつら」
ダンジョンでオレに矢を討ってきた狩人も、すでに上空のガーゴイルを撃ち落としており、ヒーラーとマジシャンも味方への支援を怠らない。その手慣れた戦い方や、個々の能力から、おそらく彼らは中堅冒険者以上なのだろうなと推察できた。
しかし、それでも数に勝る魔物たちだ。先頭が止められたと見るや、一気に戦線を横に広げて街へと押し迫っていく。空中の敵こそ倒したものの、地上の魔物の数は、少なく見積もっても二百、いや三百だ。ネトゲの中ですら、これだけのスタンピートに巻き込まれたら、もう終わりだろう。
「く、くそっ! なぜ止められないっ! 他の冒険者はなにをしているんだっ!」
案の定、孤立無援のユージたちは徐々に魔物たちの群れに飲まれつつあった。街からも冒険者達たちが駆けつけてはいるが、統制が取れておらず、魔物たちを止めるには至っていない。
「ご、ご主人さま……!」
シバタロウくんが不安げに声を上げる。
戦いが始まってるのに、オレが静観してるからだろう。まだオレの見せ場が出来上がってはいないが、これ以上シバタロウくんを不安にさせたくない。
「シバタロウくん、しっかり掴まってて」
「は、はいっ!」
頭の上に乗ったシバタロウくんが、ギュッとオレの兜を掴む。
(さぁ、ここからが、オレが二千年間ずっと夢見て、夢見て、夢見続けてきた──ショータイムの幕開けだッ!)
トールツリーのてっぺんから思いっきり跳ぶ。天高く浮かぶ満月が、オレを照らす。
その時、地上にいた一人の名もなき吟遊詩人は、なぜか気になって空を見上げた。彼の目に映ったのは、満月のまん真ん中から現れた一人の男の姿。吟遊詩人は、その時の様子を後世にこう伝えた。
『月の祝福を受け、満月の中から現われし一人の勇者。彼の見せしは、悪魔の力。敵の討ち捨てしは、刹那。その場に居合わせた冒険者たちは、論争を引き起こす。あれは神だ。いや悪魔だ。いや違う、英雄だ、と。人々の畏怖と憧憬を一身に集めた、その異形の人外、伝説の【剣聖ゴブリン】。彼がそう呼ばれるようになった最初の日。それが、このトールツリーの戦いだったのでございます』
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