【短編】何故創り出すの?

竹輪剛志

本編「何故創り出すの?」


 僕、有間莱は特別な人間であると周りは言う。僕はただなんてことのないことをしているつもりなのに、世間は僕を評価してくれる。そんな状況に有頂天だったのが小学校から…… そうだな、多分中学校ぐらいまでのことだろう。

 高校には推薦で入学した。僕が生み出した幾枚かの作品は、ただ現実をありのままに描写しているだけなのに、見る人々を感動させているという。おかしなはなしだと自分では思っているが、きっとそう思っているのは自分だけなのだろう。

 高校でも僕の実力は頭角を現した。僕の高校は芸術に強く毎年何人もコンクール受賞者を輩出している名門校だ。それなのに、僕は相変わらずその中で一位の実力を保ち続けている。きっと僕は誇張抜きで、同年代で一番絵がうまいのだろう。

 黄昏時の美術室には一枚のキャンパスに僕の世界が今も描かれていた。教室には一人きりで、他の部員は皆帰ってしまった。風で聞いた噂では、皆僕の事を嫌っていて、それで早く帰ってしまうらしい。……まあ、そんな事はどうでも良い。僕はただ、絵を描ければそれでよいのだ。


「うわ、……まだいたんだ」


 そんななか、一人の女子生徒が美術室に入ってきた。名前は覚えていないが、彼女もまた美術部員であり確か僕と同学年だった筈である。

 僕は彼女を一瞥すると、またすぐ創造に戻った。きっと、彼女も忘れ物でもとってすぐ帰るだろうと思って。


「アンタさ、何で絵描いてるの?」


 そんな期待を裏切るかのように、彼女は僕に鋭い質問を投げかけた。回答に困ったが、僕はいつも通りの模範解答を出すことにした。


「それは、描くことが好き――」

「嘘。描くことが好きな人間はそんなつまらなそうに絵を描かないわ」


 それはナイフよりも鋭く、銃弾よりも威力のある指摘だった。僕の思考は射抜かれた鳥の様に動かず、真っ白になってしまった。

 動揺した心から絞りだした言葉を発する。


「ど、どうしてそんな事聞くの?」

「別に。ただ気になっただけ。アンタ部活の時つまらなそうだったから、人が多いのが苦手なのかなとは思ったけど、違うようね…… 何で?」


 その答えに僕は黙ってしまった。筆も止まっていて、僕が困っているのはバレバレなようで、女子生徒はしばらくすると扉に向かい踵を返した。


「じゃ、また明日」


 彼女はそれだけ言って扉を閉めた。その音を聞くと、どこか心が少しだけ安心して再び筆が動き出す。そして彼女の質問を再び自分に問いかける。


「僕は何故絵を描いているのか……」


 ――僕、有間莱は特別な人間であると周りは言う。だけど、僕はそうは思わない。僕は運動が出来るわけじゃないし、勉強も中途半端。顔も並程度だし、人前が得意というワケではない。ただ絵が上手いだけなのだ。

 僕が特別なのは、絵を描いている時だけなのだ。僕は何かを創造する為とか、表現するためだとか、上手いものを描きたいとかそういう王道な理由で絵を描いているわけではない。僕はただ、特別であるために絵を描く。世界で僕の絵を見るのが僕だけでも僕は絵を描く。僕が絵を描けば、僕は勉強も運動も中途半端な有間莱から絵を描く特別な有間莱になれる。そこに楽しさは無く、絵の上手い下手は関係ない。たぶん、この学校の美術部に入部するような人たちは僕のことをとても邪魔に思うだろう。

 だからといって、僕は絵を描くことを止めない。何故なら、きっと僕は普通であることを特別に恐れているからだ。

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