第九話:宇宙猫と外出②


「いや、これは何というか卑怯だろう?! 盤外戦術過ぎる! 無効だ!」


「はあー? あー、やだやだ。負けたからって言い訳する男って駄目よね。ただ私は「ちょっとプール行きたいなー」とか、「じゃあ水着新調しないとなー」とか、それで「一緒に行くよね?」って世間話してただけよ。世間話で勝手に動揺したのは如月くんのミスでしょ? ねえ、有栖川さん」


「え、ええ……も、最もです! リオ様の……り、リオ様の水着……ビキニ……そんな世間話で動揺する方が……あっ、ちょっと待ってください。鼻血を拭くんで」


「動揺どころじゃない被害が出ているが? やはりレギュレーション違反なのでは?」


「有栖川さんが変なのは何時もの事でしょう! 因果関係は認められないわ!」


「紫苑が何時も変……確かにそう言われると一理どころか百里ぐらいあるな」


「おい、どういうことだ!」


「「そのまんまの意味だ」」


「声を揃えて!?」


 もはや毎日の襲撃となってしまったリオの弌華の家への突撃。

 こんなやりとりすらもはや慣れすら感じてしまうようになってしまった。


「お嬢様としてどうなんだ! もうちょっと自分のお嬢様ブランドを守れ!」


「うるさいわよ! そう思うならとっとと負けなさいよ! やり込んだゲームでビギナー狩りして楽しい?!」


「楽しい! 特に涙目になって悔しがってるところとかを見れて最高!」


「このクソ野郎! そんな性格だから彼女が出来ないのよ! 身の程を弁えなさい!」


「言ってはならないことを……っ! というか、そんなこと言って露骨に手を抜いて勝たせても怒るでしょ?」


「それは当然! だから、私に一切気取られないように細心の注意を払って負けなさいよ! マナーでしょ、それぐらいわかりなさいよ!」


「このクソお嬢様め!」


 などと一通り罵倒し合いしつつ、話は何時の間にか最初に戻っていた。


「というわけでプールに行くわ。その為の準備として水着やら何やら……今日は外に出るわよ」


「喜んで!」「えー」『不満。外暑い』


「多数決の原理を採用し、二対一となったので決定ね。さ、行くわよー」


 リオはまるで自分についてくるのが当然と言わんばかりに身支度はじめ、紫苑も当たり前に追従しどうにもこれは行く流れらしい。

 本来であれば二対二で同票であったはずなのだが、残念ながらエイブラハムの鳴き声は票にはカウントされなかったようだ。


(まあ、仮にエイブラハムのが聞こえていたとしても押し切られていた気もするけど……)


 単に物臭な所が出ているだけで弌華としても別に絶対に外に出たくないと言うほどに忌避しているわけではない。

 リオの水着というのも気になるし、一緒にプールに行くという誘いも気になってしまっている。


 本気なのか、あるいは冗談なのか。

 騙されている気もしないでもないが、それでも可能性にかけてしまうのは男の悲しい性と言えよう。

 ここで変に反発して「やっぱなし」と言われることは避けたい。


 というわけで弌華もしょうがないと体裁を保ちつつ、外出の用意をするが不意にチラリッとエイブラハムの方を見た。


「エーヴィはどうする? 外の暑さが苦手なら家に居てもいいぞー」


『熟考。しばし考える。……我も行く、一人は寂しい』


「あいよ」


 エイブラハムの答えを聞くと同時に弌華の頭の上に登られる。

 そして、定位置だと言わんとばかりに張り付いた。

 自分の足で歩く気はないらしい。


「いや、暑いんだが……」


『主張。我だって暑い』


 「なら、下りろ」と言わんばかりに頭を振るがエイブラハムは離れない。

 その様子にリオは吹き出した。


「全く、変な奴らね――行くわよ」



                    ◆



 商業施設の多くが集まる学区は主に二つに分けられる。


 広大な敷地を誇るショッピングモールが軒を連ねる第七学区。

 そして一般的な学生には敷居の高い高級店が並ぶ第九学区。


 無論、蓬莱院グループのご令嬢であるリオが主導して向かうのならそれは第九学区の店だ。

 完全なる庶民である弌華と紫苑は無理からに高級そうな店が並んでいるその様子にビビっていた。


「や、ややややべーよ! 弌華ぁ……ボクなんか浮いてない? 何か見られてない?!」


「お前のファッションは何処でも浮いてるし、注目されるだろ。ナイトクラブとか路地裏に居そうな連中の中に紛れ込んだら馴染めそうだけど」


「そんな連中の中なんてボクの精神が持つわけないだろぉ!?」


「知ってる」


「むきー!」


「落ち着きなさい有栖川さん。あまり慣れないんでしょうけど、変に緊張せずに。別に取って食われるわけでもないのだから……すぐに慣れるわ」


 などとリオが言っているものの、チラリと店を商品を覗くと明らかにただの学生に買わせる気のない値段設定、高級品ばかりが並んでいることがわかる。


 学園で働いている大人を目当てに……というわけでもない。


 辺りを見渡してみればチラホラと学生の姿も見えた。

 しかも単なる冷やかしというわけでもなく、キチンと購入しているようだ。

 リオのように実家そのものが裕福――という学生は少なくはない。


 なのでそれらの学生ではないかという推察はつく、だが――


『思案。なるほど、あれがというやつか。学園から特別な手当てを給付されている特殊な学生』


 頭の上で鳴いたエイブラハムの声を弌華は口にはせずとも内心で肯定した。

 庶民であっても大金を手に入れられる制度がここにはある。


 彼らの内、どれだけの人間がなのかは弌華は知らないが。


(まっ、俺は慣れなかったわけだし気にしても仕方ないか。そもそもどういう制度なのか選考基準なのかも知らされてないわけだけど……)


 ただ成れる人間は入学当初から成れるらしいので、弌華は掴めなかった側の人間であるのは間違いない。

 気にしてなかったと言われれば嘘になるかもしれないが――


(まあ、その代わり変な猫を拾ったしな)


 少なくともなるより宇宙猫を拾う方が珍しいだろう、そう思う世の中というのは面白い。



「ほら、何をしているのさっさと行くわよ荷物持ち」


「そうだ、そうだー。さっさと来い、荷物持ちー」


「……まあ、そのぐらいは覚悟はしていたさ。だが、その代わりに水着のファッションショーはちゃんと見せろよ! それぐらいの役得があってもいいだろ!」


「「うわ、変態だ」」


「変態で一向に構わん! ただ荷物持ちだけで浪費して終わってたまるかよ!」


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