第五話:宇宙猫と美術展②



 イベント当日の昼。

 そこには見渡す限りに人が行き交っていた。


「縁が遠かったら知らなかったけど、結構注目度も高い展覧会なんだな」


 弌華が興味深そうに美術展覧会の様子を外から眺めていると、グイグイと引っ張られ左腕。

 そちらに目を移すとそこには弌華の腕に震える小動物のようにしがみつく紫苑の姿があった。



「ひ、人がたくさん……ひィ! お、大勢居るぞ」


「そりゃ居るだろうな。イベントの初日って話だし」


「な、なな、なんかじろじろ見られてる! ぼ、ボクみたいなやつが美術館なんて高尚な場所に来ているのがおこがましいって顔だ」


「いや、お前のファッションじゃないか? 浮いてるし」


「う、浮いてる?! ボクの最高にイケイケなファッションなのに……」


『回答。目立っているのは確かだと我も思う』


 エイブラハムが追従するが、それぐらいには今の紫苑の格好は周囲から浮いていた。

 同年代の学生も結構行き交ってはいるのだが、皆それなりにTPOを弁えた……学生服だったり、ラフな格好でもTシャツ姿とかその程度なのだが、紫苑はやたらパンクな格好をし、更にはサングラスまでかけているのだ。

 ハッキリ言って無駄に目立っている、ついでに言えば隣には頭の上に子猫を乗せた男も居るのだ……なるほど、こちらを見ながらひそひそと何か言われているのはむしろ自然だと弌華は思った。



「うわぁあああっ!! ボクの方を見てみんなが笑ってるぅぅううっ!」


『質問。イチカ、これはいったい』


「こいつは見ての通り、内では態度デカい癖に外ではぼっちを拗らせているんだ。妙な所で自信が無いというかなんというか、引き籠り性質というか」


『不可思議』


「それな」


「ううぅううっ! 弌華ぁ~~~っ!」


「あー、わかったわかった」


 泣きながら腕に縋りついてくる紫苑を眺めつつ、弌華は美術館の中へと歩を進めた。

 完全に周囲に気後れしているがそれでも「もしかしたら蓬莱院リオと会えるかもしれない」……その可能性を無視は出来ないのだろう、いつもの紫苑ならば回れ右をして帰るモードに入る彼女が下がろうとはしなかったのだ、弌華としても一度付き合うと言った手前反故するのも道理に反する気がした。


 故に仕方なく紫苑を引きずりつつ会場の中へ行くしかなった。

 当然のように注目を浴びるが無視だ、無視。


「ううぅううう……ごめんね」


「そういうのは言わない約束だろ、お婆さん」


「お爺ちゃん……っ!」


「にゃー」




「あの……お客様?」





                  ◆



『主張。我、全然怒ってない』


「ごめん、エーくん」


「よくよく考えたらそうだったわ」


『主張。情報生命体に感情はない、故に怒っているはずがない』


「むっちゃキレてるじゃん、どうする?」


「うーん……猫缶のプレミアムでどうかな」


 美術館の中に入ってすぐのエントランスで弌華と紫苑は顔を突き合わせてひそひそと会話をしていた、主に飛んで来るエイブラハムのどこか恨みの籠ってそうな念話の声に対する対処についてだ。

 それというのもうっかりしていたのだが、基本こういう施設というのはペットの同伴は禁止でエイブラハムはあっさりと回収されてしまったのだ。


「っていうか来る前に気付かなったの?」


「いやー、普段言ってるようなところはそう言うの緩いというか。わりとスルーしてくれてたからうっかり……」


「まあ、ゲーセンとかスーパーぐらいだしねぇ。大型犬とかでもなく子猫で、しかも頭にへばりついているだけだから見逃されてたんだろうけど」


「美術館みたいな場所は無理だったかー」



「「……………」」



「まあ、しょうがないよね」


「じゃあ、帰りには引き取りに来るから」


『学習。我、裏切られた気分を体験』


 イベント用のスタッフだろうキャップを被った人に抱かれ、エイブラハムの恨みがましそうな視線を背に弌華と紫苑は歩き出すことにした。

 しばらく、歩いていくとそこには色とりどり、様々な作品が並んでいた。

 エリアごとに色々とあるようだが、二人が居るのは学生の作品が並んでいるエリアだ。

 絵画や陶芸、彫刻など様々並んでおり、これらが自分たちと同じ年代の子が作ったことに驚きを隠せない弌華だ。


「こんなの作れるもんなんだな」


 凄いことはわかるがイマイチ陶芸や彫刻はその凄さがピンと来ない。

 まだ絵画の方がわかるというものだ。


「賞とかを取った作品が並んでるんだってさ」


「へー、何というか……うん、凄いな。うん、凄い」


「語彙力っ……」


「お前だってそう詳しくはないだろうが。というかいい加減に離れない」


「無理、そんなことしたら吐く。何かやたらみられるし」


「くっついてるからだろ。なんか場違いにイチャイチャしてるカップルみたいな目で見られてるんだよ」


「えっ、カップル? 嘘……うわっ、鳥肌が――あー、嘘嘘! ゴメンったら、だから無言で振りほどこうとするのやめてー!?」


 一頻り格闘するも外れなかった紫苑に弌華は諦め、溜息を吐きつつ尋ねた。


「というか、目的の蓬莱院リオはどうするつもりなんだよ。というかちゃんと来るんだろうな?」


「んー、とね。さっき貰ったパンフレットによると、初日である今日の昼に今回の美術展覧会のギャラリートークがあるんだって。リオ様はこれまで数々の賞を受賞された御方だから学生代表の一人として出席予定ってなってるから」


「なるほど、それにしても蓬莱院のお姫様がねぇ。それにしてもそっち方面だとそれほど有名なのか?」


「うーん、詳しくは知らないけどそうらしいってことしか。ネット上では絵を見たことはあるけど、ボクも実物を見たことはないからね。リオ様の絵を生で見るチャンスを逃すわけには……っ!」


「ああ、さっきから何をキョロキョロしてるかと思ったらそれを探していたのか」


「あー、あった!」


 弌華の言葉など右から左に聞き流しているのか、何かを見つけたのか紫苑はパッと腕を離すと小走りで向かっていった。

 別に離しても平気なんじゃないか、と思いつつ紫苑の後を追うとそこには一つの絵画が飾られていた。


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