第五話:宇宙猫と美術展①



「お願い! おーねーがーい! ボクと付き合って!」



 念願の夏休みに入ってすぐのとある日。

 紫苑のそんな言葉から全ては始まった。


「…………」


「お願い!」


 エイブラハムと夜まで対戦ゲームをやっていた結果、起きたのは午前の十一時近くという休みの日の学生らしい目覚めを迎えた弌華。

 小腹が空いたので一先ずは昼食でも食べてから今日何をするか考えようと考え、作り始めていた矢先のことだった。


 当たり前のような顔をしては弌華の家にやってきた紫苑は、部屋に入ると徐に前置きも無しにそう言い出したのだ。


 有栖川紫苑という少女は、中々に整った容貌をしていると弌華は内心で思っている。

 やや多くの人と接するのが苦手な性格が影響してか、少し前髪を伸ばして目を隠す癖があるのであまり知られてはいないが鼻筋はスッキリとし、眼は切れ長で小顔ではあるが愛らしいというよりも綺麗系な整い方をしている。



 そんな少女が身長差もあって上目遣いで拝むように両手を合わせ、こてんっとかしげながら言ってくる。

 これには弌華としてもとても感じ入るものがあり、だからこそ――真剣に答えることにした。




「紫苑……」


「弌華」


「正直、見てくれは好きだけど大変申し訳ないんだが……気持ちだけは受け取るから――」


「付き合って、はそういう意味じゃねーよ。うぬぼれが過ぎる。身の程を弁えなー?」


「身の程を弁えろっていうのは流石に言い過ぎじゃない?」




 情けなく泣きそうな顔になった弌華を尻目に、紫苑は懐に手を伸ばすと二枚の紙を取り出して突き出した。


「付き合って欲しいってのはコレのことだよ」


『質問。それは?』


 二人のやり取りを眺めていたエイブラハムが興味深そうに弌華の頭の上に飛び乗ると覗き込んだ、それは青色を基調とした何かのイベントのチケットであることが伺えた。


「えっと、何々? 月代美術展覧会?」


「そっ! 第三学区の方に大きな美術館があるでしょ? そこで美術展覧会があるんだって」


『興味。第三学区というと何時も行っている第七学区とは反対側だな。確か文化的な施設が多く集められているとか』


「そうそう、図書館とか博物館とかそういうお堅い感じのばっかでな。縁遠い場所ではあったけど、そうだな確か……あの黒い建物だったっけ? 敷地に変なオブジェとかある」


「それそれ」


 紫苑の言葉に弌華は少し思い出した。

 こっちに来たばかりの時、一応一目ぐらい見ておいた方がいいだろうと一度その辺りを歩いたことがある、その時に敷地の外からでも見える奇妙なオブジェがあった建物があった、それがこのチケットに書かれている美術館だったはずだ。

 敷地内のオブジェも現代アートというやつらしいがまるで意味が解らず、どうにも場違いな気がして結局、弌華は中に入ることはなかったのだが……。


「それにしても美術展覧会……ねぇ?」


「なんだよ、その目は」


「いや、俺も相当そっちには疎いというか柄じゃない自覚はあるけど、お前は俺以上に芸術とかそういうのに興味を持つ柄じゃないと思うけど……どういう風の吹き回しだ?」


 弌華の言葉は別に侮蔑的な意味を込めたわけではない。

 ただどうにも紫苑という少女は独特な感性をしているらしいというのは知っているが故の疑問だ。


 彼女の姿を見ればよくわかるが髪にはメッシュを入れたり、パンク系ファッションを好んだりしているなど、内気な性格のわりに以外に案外そう言ったことに対する拘りが深いことがわかる。

 だからこそ、これが近現代アートとかの美術展覧会というのであればまだ理解も出来るが、どうにもチケットに描かれている内容からすると内容としてはクラシック芸術をテーマとしたもので弌華の知る紫苑の感性とは乖離を感じた。



 だからこその問いかけだった。



「どういう風の吹き回し……? そんなの決まっているじゃないか」


 それに対する紫苑の回答は明瞭だった。



「ちゃんと良く見て! ここっ! ほらっ!!」


「えっ、どこ……?」


「こーこ!!」


 紫苑が突き出し、そして指さした項目。

 そこを詳しく読み進めるとイベントの詳しい内容が書かれており、その内容を簡単に纏めるとこのイベントには学生が発表し賞を取った作品も展示されるとなっており、その賞を取った学生の一覧の中に見知った名前があることに弌華は気づいた。



「……あっ、なるほど」


「わかった!? この展覧会には去年に賞を受賞したリオ様の作品も出るんだよ!」


 そこにあった名前の一つに蓬莱院ほうらいいんリオの名前があることを確認し、弌華は一先ず事情を察することに成功した。



「これは中学生最後の年にリオ様が発表した作品でね、栄えあるコンテストで金賞を受賞した作品でもあるんだ。残念ながらあくまでプロってわけじゃないから実物を見る機会が無くて、とても悔しい思いをしていたんだけど今回の美術展覧会では学生の芸術推進をテーマとしていてその兼ね合いで――」


 興奮したように捲し立てる紫苑を尻目にエイブラハムは弌華に尋ねた。


『質問。つまりはどういうことであろうか?』


「要するに、だ。どうにもその美術展覧会に憧れのリオ様の作品が出るから見に行きたい……ってことなんだと思う」


『確認。リオ、とはシオンがとても入れ込んでいる人物であるという?』


「ああ、時たまに自分の「魔法」を使って再現して、悦に入っている蓬莱院リオのことだよ。ストーカーしている」


「誰がストーカーだ! ボクの気持ちをそんな下賤な奴らと一緒にするんだ。ボクのリオ様に対する気持ち――それは純粋な愛!」


「ストーカーは似たようなこと言うんだよなぁ。それはそれとして、だ。その紫苑の奴がぞっこんな蓬莱院はどうにも美術……特に絵画が得意だとかでいくつかの賞を取っていると話には聞いたことがある。たぶん、その美術展覧会とやらもその兼ね合いだろうな」


『納得。それで入れ込んでいる――失礼、ストーカーしている相手の作品が出るらしいので見に行きたい、とイチカを誘っているということか』


「失礼だなキミたちは!?」


 エイブラハムと弌華に対してキャンキャンと吠えたてた紫苑であったが、目的を思い出したのすぐさまに猫撫で声へと変わり語り掛けた。


「ま、まあ? それはともかく、さ。そういうことだから一緒に……ね? この美術展覧会の初日のイベントにはリオ様もいらっしゃるかもしれないんだ。何でもスピーチがあるとかなんかで……だから、ね?」


「ああ、なるほどお前が行きたい理由についてはハッキリわかった。いくら付きまとっている相手の作品が出ているからって、こういうお堅いところに行こうとするタイプじゃないもんな紫苑は……」


「つ、付きまとってないし! 遠くから見守っているだけだし!!」


「それでも行きたがる理由があるとすれば、本人に会える可能性があるかもしれないという下心か……」


「し、下心言うなし」


『疑問。シオンの理由はわかったが、それならば一人で行けばいいのではないかと我は考える。別にイチカを誘う必要はないと――』


「そ、そんなこと言うなよぉ……。だ、だって知らないところ一人で行くの怖いし、ももももしもリオ様にお目通りが叶った時一人だと心細いし……ねー、おーねーがーいー!! 付き合ってー!! 一緒にいこーよ!! 弌華もエーくんも! 友達じゃないかー!」


「いや、めんどくさいし」


「やーーだーー!!」


「やだって言われても……あっ、そうだ。上手く蓬莱院に出会う機会を掴めたらナンパしても――」




「身の程を弁えろ。やった瞬間とっちめる」


「よし、喧嘩売ってるな?」


「女の子が同じ部屋に居るのにエッチな美少女ゲー始めるやつがリオ様に話しかけるんじゃねー! 汚れるだろうが!」


「うるせー! あれは勉強なんです、恋愛の! というかお前が勝手に来るからだろうが! 俺の部屋で俺が何をしようと俺の勝手じゃい!」




 やいのやいの。


「ねー、おーねーがーいー! 一生のお願いー! ついてーきてー!」


「一生のお願い、この間も聞いた気がする……。それに俺もそう言った場所は苦手というか興味が無いというか――」


「やだやだやだやーだー!! これから夏休み入るんだよ!? 学校がある時ならある程度行動に予測が立てられるけど、夏休み期間中じゃリオ様の動きがわからない……下手をすると夏休みの終わりまでリオ様分を摂取出来ないかも。そんなの無理ー!」


「うわぁ、恥も外聞も捨てやがった」


「でも、逆に言えばこのチャンスを掴んでリオ様とお話で来ちゃったりして、そこで「夏休みの間何をする予定ですかー」なんてうまく引き出すことが出来れば……ふへへ。……だから、一緒に来てー!!」


『定義。我が思うにやはりストーカーなのでは?』


 色々とかなぐり捨てるように弌華の腰に抱き着き、しゃべり続ける紫苑を眺めるエイブラハム。


『確認。それでどうするのだ? 我としても美術展覧会という催しに興味があるが』


「いや、しかしな。積みゲーも残ってるし、何よりも外に出るのが面倒くさいし」


『回答。しかし、その場合シオンがとても面倒くさくなると予測』


「それはまあ、そうなんだが」


 子供のように駄々をこねる紫苑の様子に弌華は一つ溜息を吐いた。




「まあ、おっさんにも教養を磨けって言われたし、いい機会だと思うとするか。……わかった、わかったからいい加減離れろ」


「本当!? いえーい、信じてたぜー親友!!」


「調子がいい奴」




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