第四話:宇宙猫と夏の始まり①


 七月二十日、夏休みという学生として最も大事な時期が間もなくと近づいていた頃合いの――最後の休日。


 宇宙からの来訪者であるエイブラハムが弌華の家に同居するようになってから二週間ほど経ったということになる。

 それだけ一緒の空間に居れば、弌華としてもエイブラハムについての理解も深まってきた――はずだ。


 例えば、だ


 彼ないしは彼女はあまり自分のことを話したがらない、弌華や紫苑が暇つぶしに宇宙についての話を聞く時があるが、自分に関すること以外なら答えてくれる。


 「どこどこの星ではこんな生命体がー」とか「あそこの星の生物には銀河的に見ても特異的な習性がー」等々。

 多岐にわたって聞けば教えてくれるが自身についてはさっぱりだ。


 気にならないと言えば嘘になるが、親しき中にも礼儀ありという言葉もあるように弌華も紫苑もそこら辺は聞かないようにしている。

 聞かれたくない過去を根掘り葉掘りしようというのは友人として如何なものか……まあ、実態としては面倒くさいというのが本音だが。


 他にもエイブラハムについてわかって来たことはある。


 まず、エイブラハムはかなり好奇心というものが高い性格だ、本人曰く情報思念生命体としての本能みたいなものらしい。

 色々なことを知ろうとするので日頃は弌華のノートパソコンを勝手に占拠して、猫パンチで操作してでのネットサーフィンが趣味になってきている。


 弌華としてはスマホで十分で学校のレポートをする時にしか使わないので、ノートパソコンを占拠されても別に文句はない。

 というか積極的に使わせてサブカル関係の知識を学習させようと弌華はしていたりする。


 最近ではそのお陰かゲーム関係にも積極的で、据え置き機のゲームでの協力プレイや対戦プレイにも付き合ってくれたりする。

 コントローラーを猫の手で操る姿は必見だ。


 それからエイブラハムの特徴として食べることが好きだ。

 これは好奇心の高さに関する特徴かもしれない、今の子猫の姿へと擬態するまで実のところ食事という行為をまるでして来なったらしい。

 情報思念生命体というのはそういった生物的なエネルギーの補給を必要としない存在らしい。

 だから、食事という行為をするにはそれこそ食事を必要とする生命体に擬態する必要があったのだが……そもそも食事という行為自体に特に興味を置いていなかったのでやって来なかったのだとか。



 だが、子猫の姿で解除できない擬態をしてしまい、仕方なしに栄養補給をするために食事という行為を行い――エイブラハムは食欲を満たすということを覚えた。



 そして、味覚という概念を知った。



 だからだろうかよく食べる。

 持ち前の好奇心の高さもあって、未知なる食べ物や飲み物、甘味を……と夢中だ。

 ネットサーフィンの一部はこれの関係だったりする。


 そして、そんな好奇心の塊だからこそエイブラハムはわりと外に出ようとする。

 基本的にインドアな弌華と紫苑よりかはアグレッシブに。


 ただ、情報思念生命体としての身体ではなく、肉の身体である子猫の身体になってしまったエイブラハム。

 動くとエネルギーを消費し疲労が溜まる……という感覚が苦手らしく。



 だが、外には出来るだけ出たい。

 でも、歩きたくない。



 そんな矛盾を解決したエイブラハムのアイディアとは――



「……なあ、降りないか? 流石にそろそろ暑いんだけども」


 弌華は頭の上に意識をやりながら尋ねた。


『返答。拒否する。我、歩くの嫌い』


 ノペーッと頭の上に張り付いているエイブラハムにへと。



「カロリー消費しないと太るぞー?」


『否定。我は太らない』



 外に大体出る時はこんな感じだ。

 一度乗せて歩いたら気に入ったのか、一緒に出る際はまるで特等席のように当たり前の様子で張り付くのだ。


「確かに……重さは変わってないな。割と飲み食いしてたのに」


 重さ自体は所詮は子猫の大きさでしかないので大したものではないが、生き物特有の体温が接しているのは流石にこの時期には暑い、というか蒸れる。

 あと単純に当たり前のように頭に乗っかられているという状況が弌華としては腹立たしい。


 とはいえ、弌華は無理矢理排除しようとはしない。

 このエイブラハムを頭に乗せて外に出るという行為は何もデメリットばかりじゃないからだ。



「きゃー、あの頭乗ってる子! 可愛い!」


「ぐでーっとしてリラックスしてますね」


「ご機嫌なのかニャー?」


「あっ、なんか私の持ってるスナック菓子とかに反応してない?」


「本当ー……あげてみたいなー。いやでも――えっ、いいんですか? でも食べさせて――大丈夫? そ、それなら……」


「きゃー、食べた! 凄い凄い可愛いー! 撫でていいですかー!」



 と、このように歩いているだけで女子が寄ってくるのだ。


 年頃の女の子というのは可愛いものにひかれる。

 特に子猫などその最たるものだろう、そしてエイブラハムは知性ある宇宙猫である。

 害意もなくただ触られる程度は気にしない。


 そのお陰で大人しくて可愛くて触らせてくれる子猫として、最近有名になってきているとか何とか。

 ついでに餌やりもどうだと誘導すれば、エイブラハムの食費を浮かせる手伝いまでしてくれる。


 なんて素晴らしい。

 だからこそ、弌華は――



「エービィを可愛がってくれありがとうね。良かったお礼に喫茶店でも――」


「あっ、これから塾なんで」


「用事が」


「またねー、エービィのお兄さんー!」


「…………」



 ある程度、エイブラハムへの可愛がりも終わり、ここがチャンスと斬り込んだはずの弌華であったが……。


『総括。また失敗してしまったな、イチカ』


 ガクッと肩を落とした瞬間、追い打ちをかけるようなエイブラハムの言葉。

 弌華は呻き声あげた。


「くっ、エービィを使って女子の方から寄って来させる作戦は上手くいっているのに、そこから先に行けない……っ! ――何故だ?」


 彼女を得るためには、まずは段階を踏んで距離を詰める必要がある。


 だからこそ、エイブラハムで警戒を解かせつつ喫茶店に誘い、そこから仲良くなって夏休み中には彼氏彼女の関係に……などと考えていたのにどうしてだろうか。


「もうすぐ夏休みだというのに……はぁ」


『質問。イチカはそんなに彼女というのが欲しいのか?』


「欲しくない男子高校生なんて居ないだろう? ……たぶん。というか女子だってそうだろう、彼氏彼女作って高校生活を過ごしたいなんて誰でも持つ願望だと思うけど」


『記録。なるほど、そういうものか。だからあれほどイチカの部屋の中には学園物のゲームや書籍が……代償行為というやつだな? 創作の世界で疑似体験することによって現実では得られなかった体験を――』


「おい、やめろ。幼気な少年の心を抉るな」


『質問。それでイチカはどんな女性が好きなんだ?』


「髪はロングで束ねてて欲しい。特に首筋が出る髪型。そして、偶に髪を解いたりしてイメージチェンジしてくると素晴らしい。胸に対してはそこまで拘りが無い。だが、脚とお尻に関しては重要なポイントがある。腰からお尻、そして太ももの流れるようなラインを特に重視してだな……ああ、臍やお腹に関するデザインに関しては拘りが強く長くなるので割愛するとして――」


『疑問。……デザイン?』


「そうだな、内面的なことを言えば優しさを持ち、可愛げさつつも芯は強くて、いざという時に主人公を引っ張ってくれるような――そんなヒロインを」


『訂正。我が聞いているのはイチカの好きな女性ヒロイン設定ではなく、実際に欲しい欲しいと言っている実際の彼女の方』


「えっ、そっち?」


『肯定。それとさっきから普通に喋り過ぎだと我は注意する』


 弌華はエイブラハムに言われてようやく気付いた。

 こちらを見てひそひそと話しながら通り過ぎる通行人、頭に子猫を乗せているので目立つのは仕方ないことだが、どうやら注目されているのはそっちではないらしい。


(そういえば、エービィはあくまでテレパシー的な感じで話してたんだっけか?)


 つまりは傍目から見ると弌華はいきなりヒロインへの拘りを喋り出した男というわけだ。


(……詰んだ)


 一先ず、しばらくはこっちの方に散歩に来るのはよした方がいいなと弌華は思った。


「……寄り道をするか」


『質問。このまま帰るはずでは? 何か予定でも?』


「いや、予定と言うほどでもない。待ち合わせしていたわけでも無いし……ただこの先の公園に夕暮れになると偶に現れる中年のおっさんがいてな。その人に手ほどきというか彼女を作るための相談をしてるんだ。今日も居るかもしれない」


『疑問。その中年のおっさんやらは一体何者?』


「さあ?」


『疑問。……その中年のおっさんの名前は?』


「さあ? 下手に素性とか知っちゃうと相談しにくいだろ? 知らないからこそ相談できるというか」


『疑問。何故、そのおっさんとやらは夕暮れの公園に現れる?』


「さあ? 特に聞いたこともないな……。あっ、でも最初あった時にはさめざめと娘がどうこうと泣いて落ち込んでたから……まあ、大人というのは色々あるんだろう」


『疑問。女性関係について相談をしているという話だが、果たしてタメになるのか?』


「当たり前だ、何せおっさんは妻帯者だからな。妻一筋と言っていた愛妻家で、相応の経験を持っている。キャバクラとかにも良く行っていてそこら辺の話とかにもとても詳しいんだ? 俺は師と仰いでいる」


『疑問。愛妻家とキャバクラ通い、我の集めた情報からすると相反する概念のように思える』


「おっさん曰く……「それはそれ、これはこれ!」らしい」




『判定。総合するととても信用に足る人物とは思えない。夕暮れの公園に出没する性質を考えると――ただの不審者なのでは?』


「そうとも言えるかもしれない」




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