第三話:宇宙猫と怠惰な二人の魔法使い



「あ、あああああ! り、リオしゃまぁ……長く美しい金の御髪、雪のように白い肌にこの世に存在するどんな宝石よりも美しい翠色の瞳! その視線に晒されて……紫苑は……紫苑は……っ! ひゃぁあぁああああ?!」


『質問。イチカよ、アレはなんだ?』


「ただの変態だ」



 エイブラハムの言葉に弌華は簡潔に答えた。

 そうとしか言えない様相を紫苑はしていたからだ。


 ここはいつも通りの弌華の部屋の中だ。

 エイブラハムという宇宙からの来訪者であり、新たな友人ともなった宇宙猫と同居することになったわけで二人がそれ故にここに居るのはおかしくはない。

 共通の友人である紫苑が訪れているのも変なことでもないだろう。



 問題はこの部屋の中に、人影が存在しているということだ。



 その存在は紫苑が口にした通りの容姿をしていた。

 美しい金糸のような髪に北欧の血を引いているのか日本人離れした容姿、エメラルドのような色をした瞳を持った美少女がそこに居た。



「あ、あああの! り、リオ様ぁ……っ!!」


「――なに? 私の愛しき紫苑?」


「はっ……ぁああああっ!! ぼ、ボクは……ボクはぁああああっ!!」



 日本人離れした美しさを持ったその美少女は、弌華のベットの上を勝手に占拠している紫苑に寄り添うように抱き着き、そして甘い声で囁いた。

 決して大きくはないはずなのに不思議通る天子のような声色、それを耳元で囁かれた紫苑はボーイッシュながらも美少女としての表情を崩し、蕩けさせて痙攣したかと思うと――



「――がう」


「……? 紫苑?」


「ち……がう、ちがう、違う!! リオ様はリオ様はこんな優しくボクに話しかけてくれないんだぁー!!」



 そう叫ぶと同時に金髪の少女――蓬莱院ほうらいいんリオに手を伸ばしたかと思うと、触れた瞬間に彼女の姿はかき消えた。



 まるで幻のように。

 あるいはが解けたかのように。



 紫苑の「魔法」によって創られた幻想の少女は霧散した。



「うわぁあああああん! リオ様の声はもっと涼やかだし、眼つきはボクたちのような平民を睥睨するかのように苛烈で、氷のように冷ややかでそれが良くて、あんなににっこり微笑みするような方じゃ……ぁあああああっ! 申し訳ありません! ボクの信仰心が至らぬばかりに、ボクだけのリオ様をなんて畏れ多い――」


『質問。イチカよ、アレはなんだ?』


「……狂信者?」


 エイブラハムの問いに弌華はそう答えるしかなった。


「蓬莱院リオ、それが彼女の名前だ」


『蓬莱院……』


「何処かで聞いてことのある名前か? まあ、そうだろうな巨大グループの蓬莱院財閥の名だからな。その名字の通り、蓬莱院リオはその一人娘でありお嬢様といわけだ。それで……まあ、見てわかる様に紫苑は彼女になんというかちょっと重い憧れのような感情を抱いている」


『観察。……よくわかる』


「だろー? まあ、質の悪いドルオタとかストーカーとかを思ってくれればそれで大体あって――」



「いや、合ってないから!?」



 対して壁も厚くはないというのにエキサイトしていた紫苑。

 いつの間にか冷静さを取り戻していたのか、そんな風に口を挟んできた。



「大した差はないと思う」


「ボクの思いはそんな奴らとは違って純粋なんだ!」


『検索。ネットの記事を軽く調べて見た所、ストーカーで捕まった被疑者は大体似たようなことを主張していた模様』


「ほら」


「ちーがうーのー! ボクは違うもん! 崇拝だから!」


 創り出した蓬莱院リオに耳元で甘く囁かれて、顔面の作画を崩壊させていたヤツの言葉ではない。

 弌華は間違いなくあの瞬間、紫苑は死んでもいいと心の底から思っていただろうと見抜いていた。


「下心なく崇拝してるやつは自分の魔法でこっそり再現したりはしない」


「うぐぐっ……」


 紫苑は弌華の言葉に呻き声を上げ、手に持っていたを胸に抱いた。

 それこそが紫苑の魔法発動体、魔法の杖とも言えるもの。



 ――真白な刻限アリツェ・イム・ヴンダーラント



 紫苑のは自らの力にそんな名前を付けた。

 能力は部屋の中で起こっていた現象が示している。

 「懐中時計が刻む一時間の時、紫苑は望む幻を生み出すことができる」というものだ。


「というか、一日で一時間しか使えないんだろう? 何というか勿体ない使い方を……」


「リオ様のお姿を見れたというの勿体ない使い方だとぉ!?」


「そこにキレるのかよ。いや、確かにその点については目の保養になったというか……うん。やっぱり、いいよな蓬莱院リオ。特に足が綺麗だと思う、スリットの入ったスカートとか履いて欲しい」


「リオ様をエロい目で見るんじゃねー! ……それはそれとして同感だけど!」


「同館ならいいだろ!」


「いや、良くないね。ボクは同棲だからセーフだけど弌華はアウト」


「さっきの様子から見ればだいぶお前もアウトだぞ。なあ、?」


「エーくん!?」


『回答。……我は差し控える』


「地球外からのお客さんに気を使われてる……」


「うるさい、うるさいうるさーい!」


「大体、そりゃ見るだろ! 深窓の令嬢、お嬢様、北欧系美少女……俺たちみたいな平民とは違うお嬢様オーラの美少女! というか美女になりかけってレベルだけど……見とれないのはむしろ失礼といえる!」


「うむ、それは生き物として正しい反応だ! でも、それはそれとしてムカつきまーす。せんせー、男子が女子をエッチな目で見てますー」


『回答。我の現地で調査活動で得られた情報からすると雄が雌に懸想をするのは生物として正常な反応であると思われる』


「そうだ! これは正常な反応だ!」


『――更に言えば、イチカの持っている娯楽作品、書籍、ゲームなどの傾向から察するに性的欲求が強いと推察され、その点を考慮すると』


「エーヴィ!? 貴様!」


 そんな下らないことワイワイと話しながら、クーラーの効いた紫苑の部屋の中で紫苑もエイブラハムも只管にグダグダとしている。



 宇宙からやってきた宇宙生命体であるエイブラハムとの出会い。

 そして、「魔法」という力を手に入れるというイベントから早三日ほど経つがこの有様であった。

 最初はエイブラハムと呼んでいたが、次第に面倒になり愛称で呼ぶようになり、宇宙からの来訪者という特別な存在からただの喋る猫な友人として受け入れて適応した。

 紫苑も弌華もあまりものを深く考える質ではなかったからだろう。



「しかし、本当にくだらないことに使うよなー」


「うるへー、お前だって好きな幻を作れる魔法があれば使うだろうがー」


「……いや、流石に今は同居人も居るしね?」


「うわー、イヤらしいー!」


「子供の時に憧れだった特撮ヒーローを出してみたいとか、そういう羞恥心かもしれないだろーが!」


「それを例に出してる時点で違うって白状してるもんなんよ」


「ぐぬっ」


 そう紫苑に言われ、言い返すことの出来なかった弌華は苛立しげに自らの両手に蒼色のグローブを出現させた。


 ――十一の蒼手ヘンデ・ドラック


 グローブ型の魔法発動体であり、弌華の力の能力名。

 その力は、


「はむっ」


 弌華は自らの掌に飲みかけの炭酸飲料を零したかと思うと、液体であるはずのそれはまるで一定の形を維持して収まってしまった。

 そのまま適当に弌華はと口をへと放り込んだ。


 ただの液体であったはずのそれはモチモチとした触感で歯ごたえを楽しませ、そして細かく砕かれるとスルリとした喉越しで呑み込まれていった。


「……もう少し弄った方が良かったか」


「弌華だって下らないことに使ってるじゃねーか。……でも、それ美味しそうだな」


「触感と喉越しに変化があるだけで同じジュースでもだいぶ違うことを知った。最近のマイムーブだな」


 十一の蒼手ヘンデ・ドラックの力は、「形なきものに掴むことができ、干渉することが出来る」というものだった。


 今の行為を例にするなら、炭酸飲料の液体を掴み、そしてその硬度を変化させたことになる。


 硬度の変化と言ってもカチカチにすることは出来ず、精々スライムのようにしたり餅のようにしたりする程度でしかもその変化は手から離したら三分で元の状態に戻る程度のものだ。


「最初はもうちょっと派手な「魔法」がいいと思ったけどなー」


「ビームとか炎を出したり?」


「そうそう」


「まあ、僕もそんなのを期待はしてたけど冷静に考えて見ればそんなの使い勝手悪いし良かったとは思うよ」


「確かになー」


『満足。気に入ってくれたようで我は嬉しい』


 ワクワクしながら発現した「魔法」の力、想像していたものとは違ったもののよくよく考えれば戦闘能力のある能力に目覚めるよりも日常的に使える能力で有難い。

 最初こそ、「能力バトルものの物語か」とも思春期特有の興奮を見せた弌華と紫苑ではあったが、現代の学生らしい飽きっぽさを発症してしまった。



 冷静に考えて、変な戦いに巻き込まれるとか面倒じゃない?




「よくよく考えたらラノベの主人公とかなりたくないわー」


「スーパーパワーに目覚めるのはいいけど、変な責任を負わされるのはね。こっそりと使ってほどほどの優越感に浸れたらいいや。変なトラブルにも巻き込まれたくないし」


『同感。平穏が一番である』




 未知の存在と出会う、不思議な力にも目覚める。

 ここまで段階を踏んでおいて、弌華にしろ紫苑にしろ一切変わる気が無く日常を謳歌する気満々であった。



 そして、それは穏やかな日々を過ごすことを目的としているエイブラハムにとっても支持できるスタンスであり……彼らはその日も下らないことを言い合いながらダラダラと過ごすことにした。



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