警鐘を鳴らす

どっちにするか

実桜はいつものように授業後に更衣室に向かっていた。更衣室に入ると全員がなぜかせわしなく着替えようとしている。いつもならワイワイお喋りして盛り上がっているのにこの日は雰囲気が違っていた。


その空気を感じて実桜も急いで着替えて体育館に向かうと全員揃って何かを話している。まさか実桜の悪口を言うために早く集まって言い合っているのではないか。知らない間にイヤな思いをさせていたのかも。


近づくにつれて実桜の悪口?そんなかわいいレベルの話をしている感じではなく、もっと深刻な話をしているなと聞かなくても雰囲気で伝わってきた。合流すると杏華先輩から実桜にメールを見せてもらう。


そこに書かれていたことに驚いた。

「最近、甲子園球場や国立競技場での応援をしているチアリーディング部の盗撮が横行しているため、その対策として衣装をスカートからズボンを推奨をするが決定権は高校それぞれに委ねる」


深刻な顔をしていたのはこの事だったのか。自分の悪口を言われていなかったことにホッとする実桜だが、その一方で由々ゆゆしき事態だなと感じていた。


なぜなら実桜だけでなく、黄緑のかわいい衣装を着たい、この練習着や衣装でパフォーマンスをしたいと思ってチアリーディング部に入部した人は多いと客観的に見ていた。


先輩たちが考えてくれたこのかわいい衣装を変えるのかどうなのか、変えるなら全てなのか。それともスカートをズボンだけ変えるのか悩んでいた。練習時間になり、とりあえずその事を忘れて練習に取り組む。


練習後、杏華先輩から注意があった。

「注意力が散漫になっていたから気を引き締めてやらないと自分がケガするだけじゃなくて大切な仲間をケガをさせることもあるから練習の時に私情を挟まないように」


そう言ってどこかに向かう杏華先輩。今からまた衣装をどうするという話をするのではないかと実桜は悟っていると部員の元に持ってきたのはやはりホワイトボードだった。


まずは衣装を変えるか、それとも変えないかそれぞれ挙手をして人数の確認をする。その上でそれぞれの意見を聞いた上で書き込む杏華先輩。


恐怖の中でパフォーマンスをするくらいならかわいさを捨てた方がいい。だが、先輩たちは自分たちでかわいいと思う衣装を作ってパフォーマンスをしてきたプライドがあるから譲れないと賛否両論の意見が出た。


先輩たちの気持ちも分かるし、盗撮をされていい気はしない。簡単な問題ではないが衣装を変えずに安心してパフォーマンスが出来る環境があれば安心出来るのではないだろうか。話を聞きながらそう考えていた。


最後に実桜のターンがやって来て、変えない方がいいといいつつそれを裏付けるようなことを暫定的に述べる。

「どっちの気持ちも分かる気がします。じゃけぇ、実桜はこの衣装でパフォーマンスをしたい、入学前の甲子園で見た先輩たちが黄緑の衣装を着ている姿に憧れてこのチアリーディング部に入りたいと思ったのは自分だけじゃないはず。可能なら連盟に私たちの周りに警備を付けてもらう。出来ないなら学校の先生にお願いをして囲んでもらってそこでパフォーマンスをするとか……」


全員がそれならばと納得をしてくれ、制服に着替えて職員室に向かう。杏華先輩がメールの内容を見せて各部活の連盟に警備をお願いしてほしいと要請をお願いしたいと頭を下げに行った。


咲き誇る

実桜にとって初めて甲子園のアルプスでの応援、高揚感に満ちていて数ヶ月先の開幕を今か今かと楽しみにしていた。広島県内の高校野球ではある逸話がある。


春の福山実業高校とメディアや高校野球ファンからも言われており、夏の選手権で制するのも何故か甲子園では勝利をした事がない。県大会で勝ち上がるので疲れてしまい、そのまま初戦を迎えていると揶揄やゆされていた。


寒い冬もあっという間に過ぎ、梅が咲いてテレビを付ければ桜の開花予想と満開予想がされていることに時間が経つのが早いと感じる。吹奏楽部とチアリーディング部の合同練習させてもらっていつ開幕してもいいようにしていた。


抽選の日、チアリーディング部の全員でネットを通して対戦相手を気にしていた。実桜も含めて高校野球に詳しい人は誰もいないが何となく気になっていた。


昨年同様、春の連覇を狙う福山実業高校は開幕戦に決まって対戦相手に初出場の福山銀河高校と決まって全員がどこにあるか知っているかなと言わんばかりにお互いの顔を見合っていた。住所を調べると山のふもとだと分かり、最近出来た高校みたい。


春休みに入り、甲子園球場近くにあるホテルで希望を募った生徒と共に旅館に泊まって開会式と開幕戦に備えていた。翌日が遠足のような気分で寝ないと明日が大変なのは分かっているが目を閉じても中々寝付けない。


翌日、憧れの甲子園球場に足を踏み入れる実桜。テレビで見ていただけでも大きいのに実際に見るととてつもない大きさに全国の高校球児がここを目指して大変な練習を取り組むのもうなずけると勝手にその目線で見つめていた。


行進して入場し、全校が揃ってマウンドに向かって行進するその姿だけで感動して泣きそうになっていた実桜。選手宣誓が終わり、舞台はセレモニーから戦いの場に変わっていく。


初戦、福山実業高校対福山銀河高校の試合を観ようと多くの人が残る。実力だけで言えば福山実業高校のワンサイドゲームになると思われるがそこは勝負の世界。試合が終わるまで何が起こるか分からないのが野球。特に高校野球はそれが如実に表れる。


試合が始まると塁上は賑わすものの、お互いに残塁ばかりでホームベースが遠い。9回の裏、万里男のサヨナラタイムリーヒットで2回戦に駒を進めることになった。


この先大丈夫かなと不安な様子で見ている実桜。チアリーディング部として一生懸命パフォーマンスをしたけど届いたかな?自問自答をしながら次も出来ることにひと安心していた。


翌週の2回戦から決勝まで2桁得点と初戦は何だったのかと思われるくらい打って最後は万里男君で締めるのが福山実業高校の戦い方のようだ。それもあり、春の頂点になって春連覇と過去に数校しかしていない偉業を達成した。


最後を締める

チアリーディング部も杏華先輩からキャプテンが実桜に代わり、正直出来る気はなかったが、選ばれたからには頑張らなきゃな。決して引退するわけでもないのにどうしてこのタイミングで交代することになったのは教えてはくれない。


春から夏に向けて運動部も最後の夏に向けて頑張っていたがくじ運が悪かったのかケガ人が出たのか、野球部も含めどの部活も全国大会出場とはならなかった。


同じ頃、新入生を加わり厚みも増したチアリーディング部。夏の日本選手権に中国地区代表として出場し、自分たちでは他校と比べて劣っていたと思われたが結果は優勝。嬉しいが、ホントに自分たちでよかったのだろうか……。


野球部は秋に行われた大会で波に乗り、ノリまくって勝ち進んだセンバツ出場を内定をさせて連絡を待つだけとなっていた。秋は新チームになって難しいはずなのに何故勝てるのか、それは誰にも分からない。


バスケ部、バレー部と並行して冬の全日本高等学校選手権の予選も行われていた。夏冬連覇をしようと挑むものの地区大会で勝ち上がれず先輩たち優勝で送り出せなかった。


その気持ちを忘れず再び練習に取り組むチアリーディング部であった。次のパフォーマンスは再び甲子園に戻ってくることになる。


昨年同様、奇跡的に福山実業高校は2回戦で福山銀河高校との戦うことになる。お互いに県内で戦うこともあるし、何より甲子園で戦ったから今回は何が起きるか分からないと実桜は推測をしていた。


ケガをしているのか精神的支柱の万里男君はマウンドに上がらずにファーストからのスタートで4安打固め打ちで最終回に締めて勝ちをもぎ取る。この大会はどういう意図か別のポジションを守っていた万里男君が最終回にマウンドに上がって抑えることが多い。


3年連続春の決勝に進み、最終回に万里男君がホームランを打って最後を締めて胴上げ投手になる。そして前人未到の春3連覇を果たした福山実業高校。そこには間違いなく万里男君の存在があった。


嬉しすぎて涙を流す実桜だった。隣にいるモモちゃんと抱き合って立ち上がれないほどでやっと泣き虫実桜ちゃんから卒業出来た気がする。悲しい涙ではなく、嬉し涙を。


夏の大会はケガをして試合にも出られなかった万里男君。本人の気持ちを考えるととてもじゃないがメールは出来ず、大会を向かえてしまう。初戦で負けてしまった。


プロ野球になりたいと志願届を提出をした万里男君であったが名前を呼ばれることはなく、四国の独立リーグで野球をするとネットニュースで見ていた。


あっという間に高校の卒業式、このかわいい衣装や制服とも最後だな。前日にチアリーディング部で集まってみんなで写真を撮り、卒業式では実桜とモモちゃん、万里男君の3人で桜の木で自撮りをする。


大学受験に失敗をした実桜とモモちゃん。夢に向かって頑張る万里男君を応援しつつも自分たちの目標に向かって勉強を頑張ろうと手を握った実桜とモモちゃんだった。

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泣き虫実桜ちゃん 佐々蔵翔人 @kochan884

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