天皇のお月見

九月ソナタ

天皇のお月見

「平安時代な本棚」という自主企画を見て、あることを思いつきました。私は「天皇がお月見をそれたのだろうか」ということについて疑問に思ってきましたので、そのことを書いたら、誰かが答えてくれるのではないかと。


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 前に和歌をほんの少しなぞったことがあるけれど、覚えていることは少ない。その少ない中のひとつに、「天皇はお月見をなさらない」というのがある。

 平安時代には、公家や貴族は川や池に船を浮かべて水に映る月を見て歌や音楽を楽しんだ。盃に映る月を見て、酒を飲んだりもした。彼らは山に昇る月をその目で眺めて、月を詠んだりもした。

 しかし、「天皇は空の月を仰がれたりはなさらないのだ」

 と先生が言った。

 天皇自身が上の方(神)なので、上にあるものは見られないのだという。

 へー、そういうものか。今の天皇も、そうなのだろうかと思った。

  

 ところが、数年前に大河ドラマ「麒麟がくる」の中に、天皇がお月見をする場面あった。庭におかれたたらいに水がはられていて、そこにも月が映っていた。その器の中では、水に白い花が一輪浮いていた。


 天皇が花を浮かせてたらいを見て月見をするのかと思ったら、天皇は上を見て、月を眺められた。

「先生、違いましたよ」と思ったけれど、その先生はもうこの世にはいない。


 その場面では明智光秀は庭に控えており、背中が映っている。向う側、つまり清涼殿の廊下には玉三郎さん演じる正親町(おおぎまち)天皇が立ってる。

 ふたりの真ん中あたりにあるのが、水がはいったたらいで、これは角のような柄がついており、「角盥(つのだらい)」と呼ばれているものである。いわゆる洗面器のようなもので、洗顔などに使われる。

 宮中では、漆塗(蒔絵)のものが使われていたと思っていたが、画面の角盥には模様はなく、金属製のようにも見えた。

 浮いていた白い椿に見えたけれど、自信はない。蓮かもしれない。


 このドラマはとてもよく時代考証がされていたので、きっとそういう盥に月を映すということははあったのだと思う。

 でも、実際、盥の中に月が映ったら、そこにこの花があっては、邪魔ではないのかしらとも思った。


 ドラマでは天皇は角盥の中の月は見ようとせず、夜空の月を眺めて、

「なんという美しい月だろう」(台詞は覚えてはいませんが)というようなことを、それはうれしそうに言われた。

 たぶん、天皇がこうやって月を眺められるのは、初めてなのではないかとも思った。そういう設定で、玉三郎さんが演じていたように思う。


 もしかしたら脚本を読んだ時、時代考証の先生は、天皇が月を直接見るのはおかしいというアドバイスをされたのではないか。

 しかしここでは天皇が月を眺めて、光秀に桂男(中国の神話に出てくる月に住人)の質問をされ、

「信長が月に上ろうとしているから、気をつけよ」と指示する重要なシーンである。ここで月を見上げるエピソードをスキップするわけにはいかない。

 

 それで時代考証の先生が、では角盥を置いておき、普段は水に映った月を見るけれど、今夜は特別なので、習慣に従わなかったのだという設定にしたらいかがでしょうかと助言したのではないかと思う。


 私の疑問をまとめると、

(1)天皇は本当にお月見をなさらないのだろうか。

(2)盥の水に白い花が浮かべるのは、よくあることなのだろうか。それはどういう意味があるのだろうか、

とこのようになる。



 さて、人が教えてくれるのを待つだけではなくて、自分でも調査してみようと思いついた。

 天皇が「月の歌」を詠まれているかどうか、調べてみよう。

 

 古今集には月の歌は20首ほどあるが、その中に天皇の詠歌はないようだ。

 

 新古今集のほうには300首ほどの月を詠んだ歌があり、天皇の作もある。私は見落としの多い人間なので、正確どうかは自信はないけれど、11首見つけた。

 その中で、月の光とか、月に思いを寄せるとか、水に映る月の歌はのぞき、山に昇る月を見た、見たいと詠われたものだけに絞ると、2首あった。

 

 その2首のひとつは太政天皇、もう1首は後鳥羽院の作、つまり同じ人物。

 和歌から見ると、やはり他の天皇は天を仰がれての「お月見」はなさっていないようだが、この後鳥羽院だけは別。反骨精神の天皇かしら。

 それに、後鳥羽院は「和歌所」を作り、新古今集を編纂させた天皇なのだから、誰にも文句は言わせないのだろう。

 おもしろいなぁ。


  その2首というのがこれ。

 〇忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり       

(あなたにも忘れられて訪れてくれる人がいないから、私の袖は村雨のように涙で濡れています。こんなに泣いているというのに、山の上には、明るい月が出てきました)


 〇ながめばや神路の山に雲消えて夕べの空を出でむ月影        

(見たいものだなあ。神路の山にかかっている雲が消えて、夕方の空に輝く月を)



  後鳥羽院といえば、新古今集の編纂のほか、承久の乱、隠岐に流されたことなどで有名。文武に秀でた方だそうで、この歌作りを見ても、慣習にとらわれす、新しいことに挑戦していった方のように思える。

 

  

 







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