第16話――フィクサー

 弥玻荃やはうえの丸い声が、健吾けんごの鼓膜に鋭く突き刺さる。


『あるSNSサイトで募集されていた仕事。会ったことのない指示役から、ある民家に宅配業者を装って中に入り金庫を奪えとの指示が。物を運ぶことに長けていた彼は現場では、即座にに』


「ここで引っ越しバイトの経験が生きるとはね」


 老婆がしみじみとこぼすと、夫の方が得意気にまた口を挟んだ。


「いかに手際てぎわよく盗品を運搬できるか。ズブの素人がやるのとは全く違う。中にいた老夫婦ろうふうふを拘束すると、そのサディスティックな性格も功を奏してか、他の者がしどろもどろに躊躇ためらう中、彼は率先して金庫の有りかを割らせようと二人を拷問ごうもんする」

 

 老妻がさらに返す。


「そう。全員、小便ちびりそうな顔をしている中、唯一彼だけが、あたかもその場を楽しんでいるがごとく笑みを浮かべて年老いた夫婦を平然と殴る姿を見て、その場にいた全員がふるえたらしい」


「やっとこさを見つけたんだねぇ」


 老婆が噛みしめると、サクセスストーリーを語るような弥玻荃やはうえのエモーショナルな声が続いた。


『その現場での采配さいはいぶりはまたたく間にうわさに。あるの目に留まることになるのです』


「その名とは――」


 老夫が聴衆の注意を引くと、弥玻荃やはうえの声が大広間おおひろまに反響した。


『「」。裏社会ではそう呼ばれています』


「謎のフィクサー。暴力団でも半グレでもない。それらとは一線を画したの存在。一説では大企業の重鎮じゅうちんとも言われる一方、武器商人ぶきしょうにんともうわさされる。その


 勿体もったいぶるような口調で老婆が切り出すと、またパートナーとの掛け合いが始まった。

 

「その影響力は政界せいかいにも通じていた。彼に嫌われた政治家達は、ことごとくスキャンダルを流され、今まで何人も退任たいにんに追い込まれた。時には、事故や自然死に見せかけて


 そう言って老夫ろうふは背後で動かなくなったままのスキンヘッドや顎鬚あごひげ男の亡骸なきがらをちらっと一瞥いちべつした。


「まぁ、普通に考えたらそんなに、単なるコソ泥である健吾けんご君が近づく事ができるなんて万に一つもあり得ないんだけど。何故か、は君の存在が気になっていたようだ」


 すると、血にまみれた老婆ろうばは狂人的な目つきで口角こうかくを吊り上げながら言った。


「そんな重鎮じゅうちんから声をかけられたけんちゃんは、心身共に完全に

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