第12話――その他大勢

 茫然自失状態ぼうぜんじしつじょうたいのリーダーにさらに追い討ちをかけるように、弥玻荃やはうえは言った。


『あなたは、もはや、ここでは、と同じなのです』


 ハッとするようにリーダーは周囲を見回す。

 金髪坊主きんぱつぼうずやニット帽の側近そっきんが、少し反応に困るように視線を自分から目をらしたのがわかった。


「……えらばれなかったものは、どうなる?」


 その声にリーダーが振り返ると、多くが伏せている中、キャップを後ろ向きに被ったブロンドヘアの白人青年はくじんせいねんだけが立ち上がっていた。


「……! 伏せていろ――」


 自身の統率力とうそつりょくの喪失を肌で感じ焦り始めたリーダーが声を上げようとすると、それをき消すかのようにスピーカーから滑舌かつぜつのいい中年女性の声が発せられた。


『いい質問しつもんです。これは、様々な困難を乗り越えた精神的にも肉体的にも頑強がんきょうなキリストを選び抜くというプロジェクト。つまり、その他の者達に、。よって、七人が選ばれたのち、すみやかに排除はいじょされます』


 ホール全体がざわつき始めた。


「……何? ……排除はいじょ……って……?」


 何の呵責かしゃくもなしに発せられたその言葉の意味を、両手両足を縛られて伏せていた恵梨香えりかには、まだ理解できない。

 すると、軽く言い添えるように、穏やかな弥玻荃やはうえの声が返って来た。

 

『あなた達は、皆、罪人ざいにんです。元々社会に。このプロジェクトは、それに対し許された者だけに恩赦おんしゃを与えるというもの。その見返りが「救世主きゅうせいしゅになれる」わけですから。これ以上の幸福こうふくがおありでしょうか』


「……ちょっと! 待ってよ! 私はただ日雇ひやといのアルバイトに来ただけ! なのになんで、と一緒にされなきゃいけないの!」


 恵梨香えりかが拘束されたまま思わず立ち上がって、高らかな叫び声を上げた。


「おい! だまってろ!」


 リーダーが彼女の言葉に鋭く反応して、そちらを振り返った。

 しかし、じゅうが彼らの手から離れたところを見ていたのか、恵梨香えりかひるまずさらに声を張り上げる。


だまるのは、そっちよ! 元々あんた達が、こんなおろかな事をしなければ誰も巻き込まれずに済んだのよ! 」


「……なんだと……?」


 怒りを抑えるように鼻息はないきを深く吐くと、リーダーは、十メートル以上離れた恵梨香えりかの方に向かって早足で歩き始めた。

 威嚇いかくするように近づいてくるリーダーに怖気おじけづく様子もなく、尚も恵梨香えりかは、どこにいるのかわからないに向かって喚叫かんきょうした。


「私は、みたいな卑怯ひきょう犯罪者はんざいしゃじゃない! 今すぐここから出して!」


だまれ!」


 恵梨香えりかの元に到達するや否や、リーダーが思い切り彼女のほほなぐりつけると、その勢いのまま彼女は床に倒れ込んだ。

 その光景を見ていた白人青年はくじんせいねんが慌てて駆け寄ろうとしたが、それより先にリーダーは、恵梨香えりかの上に馬乗うまのりになった。

 

「もう一度言ってみろ!」


 怒鳴りながら、もう一度、拳を振り上げた。

 恵梨香えりかは、抵抗する間もなく咄嗟に目をつぶるしかなかった。


 突然、その腕が空中で止まった。


 殴られる事を覚悟していた恵梨香えりかは、意表を突かれたように、恐る恐る目を開けた。


 目の前に立ちはだかるリーダーの背後から、だれかがそのうでつかんでいた。

 

 その光景を見ていた全員が、呆然あぜんとする。

 

 リーダーを抑えていたのは、同じぎんジャンパーを着た男性だった。

 金髪きんぱつに近い茶髪ちゃぱつ細身ほそみの青年。

 屋敷やしきの外で、プードルヘアと喧嘩けんかになりそうになり、リーダーに制止されたあの男だ。

 彼は恐縮きょうしゅくした様子で口を開いた。


殿下でんか……。これ以上は、もう……」


 言葉に詰まりながらも、必死に何かを発そうとする。


「……あ……?」


 すると、リーダーはそれまで恵梨香えりかに向けていた怒りをあっさりと収めると、無表情のまま、その青年の顔をマジマジと眺め始めた。


「何?」


「あ……その……」


いてぇんだけど」


「す……すいません!」


 慌てて、その手をリーダーの腕から離す。


 床で倒れている恵梨香えりか関心かんしんをなくしたように背を向けると、今度はその青年に矛先ほこさきを向けるように、リーダーは声を低くした。


「何してんの? お前?」


「え……いや……その」


「はぁー。なるほど」


 すっとぼけるように、ゆっくりと背後に倒れている恵梨香えりかの方に再び向き直る。

 仰向あおむけのまま強張った表情の彼女を冷めた目で見下ろすと、リーダーは口を開いた。


「お前、この女にれてんだな」


「……え?」


 茶髪の青年は、不意を突かれたように、ただ戸惑いの表情を浮かべる。


「じゃあ、いいよ。


 言っている意味がわからず、青年は目を泳がせるばかりだ。


「え? お前、このおんな? どうぞ」


 尚も返す言葉がなく、ただただその場で棒立ちするしかない。


「聞こえなかったのか? 。ズボンいでよ」


 茶髪ちゃぱつの青年が引きった顔で恵梨香えりかの方を見ると、彼女はおびえた表情で彼の顔を凝視ぎょうしした。


「どうした? ヒロ。緊張きんちょうしてたねぇのか? じゃあ、俺が手伝ってやるよ」


 そう言うと、リーダーは、いきなり彼のズボンのベルトに手を遣り、強引にそれを外そうとした。

 咄嗟に、青年せいねんは嫌がる素振りをしてこしを引いた。


「……なんだ……?」


 両手を控えめに前に出して、青年は尚も言葉に詰まっている。


「何? え? ……まさか……俺の言う事が聞けねぇとか? ?」


 青年はつばを呑み込みながら、ようやく言葉を絞り出した。


「……できません……」


 大広間おおひらま全体が、静まり返る。

 周りの者達は、同じ銀ジャンパー同士のを見て、どう反応していいのかわからない様子だ。


「聞こえねぇな」


「その……できませ―――」


 青年がその言葉を言い切る前だった。

 リーダーの拳が、思い切り彼の顔面がんめんに直撃し、彼はそのまま仰け反りながら、後方につまづいて倒れた。

 間髪かんぱつ入れずに、倒れた彼の腹部ふくぶを思い切り踏みつけると、リーダーは荒げた声をホールに響かせた。


「誰にモノ言ってんだぁ! コラァ!」


 茶髪の青年は必死で自身じしんかばうように、両手ではらを抑える。

 リーダーは、目ざとくその部分を見逃さないように力を入れて踏みつけながら、さらに怒りの咆哮ほうこうを上げた。


が何、俺に逆らってんだよ! 雑魚ざこ分際ぶんざいでよぉ!」


 脇腹わきばらを強く蹴り上げると、さらに罵声ばせいを浴びせる。


「自分一人では何もできねぇのに、おんなの前でカッコつけてんじゃねぇぞ! ガキが!」


 繰り返される虐待ぎゃくたいに、青年の表情は崩れ、その両目から涙がにじみ出ている。


「今まで面倒めんどう見てきてやったのに、何、一丁前いっちょうまえに手の平返してんだよ! この恩知おんしらず!」


 痛みの声も許さないように、容赦ようしゃなくリーダーの蹴りが繰り出され、その勢いは回を重ねるごとに増して行く。


 思い切り顔を殴られて朦朧もうろうとしながら床に倒れていた恵梨香えりかは、その様子を見て声も出す事ができない。


 青年の防御ぼうぎょが徐々に弱まり、そのもがきが緩やかになり始めたところ、さらに追い討ちをかけるように、その爪先つまさき腹部ふくぶに入ろうとした時だった。


 リーダーの動きが突然止まった。

 


 いつの間に、近づいてきたのか。


 背中に密着され、後ろから片脚かたあし片腕かたうでを抑えつけられている。

 動かそうと思っても、まるでめられているがごとく、自由が利かない。

 リーダーは背後を振り返ると、思わず全身に寒気を感じた。


 が、すぐ鼻先にある。

 まるで、死人しにんのような顔つきだ。


(……なんだ……こいつ……)


 ネイビー色のジャンパーを着たその男は、尚も背後からピタリと体を密着させたまま表情を変えず、リーダーの耳元での鳴くような声でささやいた。


「それ以上やると、腸管ちょうかん断裂だんれつし、に至る可能性があります」

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