第11話――主導権

だって……?)


 地面に伏せていた八郎はちろうが、に思わず顔を上げた。

 女性じょせいの声は続く。


『今、世界は混乱の渦中かちゅうにあります。戦争、物価高、飢餓、温暖化による水面の上昇。は、皆さんが想像している以上に、近づいているのです。その原因げんいんの最たるものに、というものがあります』


「……キリストの弱体化じゃくたいか……?」


 何の話をしているのか、リーダーには、さっぱりわからない様子だ。


『世界には今、が存在しています。その者達が、目に見えないエネルギーの世界でを保ってきたのです』


 リーダーだけでなくその場にいた全員が、思考停止したままだ。


(……とんでもないところに来ちまった……)


 八郎はちろうの緊張はずっと続いている。

 ネイビー色の気色の悪い男にそそのかされた挙句あげく、強盗犯人に殺されて土の中に埋められるかと思ったら、次は世界の終わり?

 とてもじゃないが、通常の神経で話についていけるはずがない。


 そんな彼の胸中きょうちゅうを知るよしもないように、弥玻荃やはうえの話は続く。


『キリストと聞いて、皆さんが想像するのは、イエスでしょう。元々「キリスト」とはヘブライ語で『油を注がれた者』という意味。つまり、「神から選ばれし救済者」のことで、人の固有名詞ではなく、「」を表すもの。イエスも当時の世界の中で、でした』


 こんな状況で、突然、聞かされる歴史れきしなど何の信憑性しんぴょうせいもあるわけがない。

 むしろ、胡散臭うさんくささにをかけて、そのやみを逆に深く感じさせる。


 八郎はちろうは、そう頭のすみで感じながらも、依然いぜんとしてまとわりつくような恐怖をぬぐい去ることはできない。


 『。ただ、今のキリストは老齢ろうれいや個人的な諸事情により、人間の生活に入り浸り過ぎて、その使命を果たせなくなりつつあります。ソースの力が弱まってるあかしです。そこで、今ここにいる皆さんの中から、来るべき滅亡めつぼうに備え、新たなキリストを選び抜きたいのです』


(……ソース?)


 アクリルの壁から離れた場所に身を伏せていた恵梨香えりかがそのワードに鋭く反応した。


『何も聖人君主せいじんくんしゅである必要は全くありません。ひとみな、迷える子羊こひつじなのですから。逆に、罪、過ち、挫折、痛み、苦しみ、悲しみを知っているからこそ、人は今より成長し、誰かを導く力を身につけられるのです』


 まるで、宗教的な自己啓発セミナーのごとく、淀みなく、かつ、すーっと頭に入ってくるに、知らず知らずの内に誰もがその内容にくぎづけになっている。


 話を締めくくるように声は言った。


『今、この世界に存在そんざいするキリストを見つけ、使


「今……存在そんざいするだと?」


 リーダーの表情が再び険しくなる。


『そう。まさに、一人目のキリストは、存在します。その者を見つけ、バトンを受け取り、この屋敷からまず一人、解放されてください』


「ふざけるな!」


 その張り上げた怒声どせいで、全員がそちらに目を向けた。


「……何がキリストだ。コケにしやがって!」


 リーダーが、我を取り戻したかのように、どこにあるのかわからないそのスピーカーに向けて発砲し、ホール全体がまた銃声じゅうせいで揺れた。


 大広間おおひろまに、再び静寂が漂う。

 すると、弥玻荃やはうえは言った。


『まだ、そのにお気づきではないようです。皆さん、そっと目を開けてください』


 突然、全員が伏せているその最前さいぜんの頭上から、スーっと何かが下りてくるのが見えた。


 あれは、……スクリーン?

 よく、講義こうぎなどで映像を流す時に使われるものだ。


 すると、そこに何かが投影とうえいされたのがわかった。

 全員が目を丸くする。


 あれは、リーダーだ。


 銀色のジャンパーを着ているが、そのズボンは膝下ひざしたまで下ろし、に向かって一生懸命いっしょうけんめいこしを振っている。

 そこに映っている自分の姿を確認すると、リーダーは咄嗟に慌てるように周囲を見渡した。

 引き続き、優しく包容力ほうようりょくのある声で、弥玻荃やはうえは言った。


『十八歳未満の未成年みせいねんとの性交渉せいこうしょうは、児童福祉法違反じどうふくしほういはんに当たり、犯罪はんざいです』


 よくよく見ると、リーダーが腰を振っているその先には、あらわになった白いでん部だけが見え隠れしている。

 それを見ていた最前に立っている強盗の一味である金髪ショートの女の表情が、憎悪で膨れ上がった。


 声は解説するように言った。


未成年みせいねんという事も考慮し、相手の顔や声は編集で消去されています』


 アクリル板の向こうでメイド女性に拘束されたままの少女しょうじょふるえながら目を開いたままだ。


 徐々じょじょりの映像になっていき、絶頂ぜっちょうを迎えそうなリーダーの表情がクローズアップされた。


『皆さん。これが殿下でんかです』


 時折、白目をきながらまぶたふるわせて、今にも昇天しょうてんを迎えようとしているのが、誰の目に見ても、はっきりとわかる。


「……なにこれ……最低さいてい……」


 伏せたまま上目遣うわめづかいでその映像を見ていた恵梨香えりかが思わず声をらした。


 性的絶頂オーガズムを終えたリーダーが、そのでん部をつかみながら、ゆっくりと自身を引き離す。

 すると、今度はその下半身かはんしんがクローズアップされ、膨張ぼうちょうしたままの陰茎いんけい先端部せんたんぶから、白濁はくだくでゼリー状の物体ぶったい映し出された。


 ホールに伏せていた者達が、ざわつき始める。

 中年女性ちゅうねんじょせいの声は、尚も冷静で穏やかなアナウンスで解説かいせつを続けた。


『これがほまれ高き殿下でんか精液スペルマ。スペルミン、テストステロン、クレアチン、亜鉛あえんなどを配合はいごう濃度のうどうすめ』


 すると、前方から鼻息はないきれる音が聞こえ、リーダーは咄嗟にそちらに顔を向けた。

 アクリル板の向こうで瞑目めいもくしたままの老夫婦ろうふうふと少女を拘束したままのメイドが、必死に笑いをこらえている様子が目に映った。


 焦燥感しょうそうかんいかりにられ顔を真っ赤にしたリーダーは手に持っていた銃を、自分の無様な姿が映し出されているそのスクリーンに向かって発砲しようとした。

 その時だった。


 突然、リーダーだけでなくじゅうを持っている者全ての手からが離れ、地面をこすりながら、まるで磁石じしゃくに吸い寄せられるように数十メートル離れたローマンコンクリートの白いホールの壁にピタリとくっついた。


 追い討ちをかけるように、啓示けいじの声が大広間おおひろま全体に響いた。


『今、この場を支配しはいしているのは、あなたではありません。いい加減目を覚ましなさい。殿下でんか

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