第11話

「これが私の器になるのね」

ホルミンが嬉しそうに綺羅に近づく。すると、綺羅の身体が黄金の光を放ち始めた。

「な、この光は・・・・・・。」

次の瞬間、ホルミンは信じられない光景を目の当たりにした。

黄金の剣を握った綺羅が立っていたのである。

「お前は・・・・・・。どうして生きている」

「美は正義。美は力、と言ったな。お前のように外見しか見ない者は本当の美を見ることはない。本当の美とは目には見えないものだと我は思うぞ」

「ごちゃごちゃうるさい小娘め」

苛立つホルミンをよそに綺羅は黄金の剣を振るう。

赤龍と青龍が護っていた女達が消えた。

「あぁ、私のお人形が・・・・・・。許せん」

ホルミンはガラスの剣を振るう。だが、目を金色に輝かせた綺羅が黄金の剣をホルミンの胸に刺すのが早かった。カランと音を立ててガラスの剣が落ち、ホルミンは塵一つ遺さず黄金の剣に喰われた。

「さすがお姫さん。・・・・・・おっと」

ようやく姿を現したシアンは倒れ込む綺羅を受け止めた。



シアンが綺羅を抱いてホルミンの城を出た後、朝焼けの紫を纏う妖魔が現れた。

妖魔はガラスの剣を拾う。

「馬鹿な。おかげで欲しかったものが手に入ったわ」

ガラスの剣を手に独りごちて、妖艶な笑みを浮かべた。




綺羅が目を覚ますとシアンの顔が見えた。

「きゃっ」

慌てて飛び起きると暗い回廊のような場所だった。

どうやら綺羅はシアンの膝枕で眠っていたらしい。

「ここはどこ?」

「夢幻迷宮の中だ」

「夢幻迷宮?」

「ホルミンは夢幻迷宮の門番だ。楽団やダンサーを連れ去ったヤツは夢幻迷宮のあるじだ。恐らくこの先に居る」

シアンの確信を持った口ぶりに綺羅は苛立った。

「シアン。貴方、初めから誰が犯人か、どこに居るのか知っていたでしょう」

「だったらなんだ」

シアンは平然としている。

「もう、あんなに妖魔の痕跡を探し歩いていたのが、馬鹿みたいじゃない」

「そのおかげでホルミンに招待されたじゃないか。言っただろう。妖魔の城は招待されていないのに、訪れたら即、戦闘になると」

「そうだけど」

綺羅は腕を組んでそっぽを向く。

シアンの言うことは分かるが、綺羅は納得がいかない。

分かっていたのなら教えてくれればいいのではないか。

「それより、よくホルミンを倒せたな。さすがお姫さんだ」

シアンは無表情のまま褒める。

「あ・・・・・・。貴方、また逃げたでしょう」

綺羅がシアンに向けて指を指す。

シアンは五月蠅そうに綺羅の指を掌に包んで腕を下ろさせた。

「逃げたとは心外だな。お姫さんの邪魔をしないように見守っていただけだ。そもそも、お姫さんに助けを求められた覚えはないが」

「・・・・・・」

淡々と反撃されて綺羅はぐうの音も出ない。

「そろそろ行くぞ」

「ちょっと、待ってよ。彼女達はどうなったの?」

ホルミンに人形扱いされていた女性達はどうなったのだろう。

「彼女達なら、ホルミンが退治されて術が解けた。皆、在るべき場所に還った」

「そう」

時間が進んで生きられなくなった者は、シアンの言葉通り在るべき場所に還ったのだろう。

綺羅は救えなかった無念さを抱えながらシアンの後に続いて、夢幻迷宮の中を進み始めた。

「ちゃんと案内してくれるのでしょうね」

「もちろんだ。こんな所に長居するほど酔狂ではない」

背中越しでもシアンが無表情なのは手に取るように分かる。そして、その言葉に偽りがないことも。

出会ってから1月にも満たないのに、綺羅はシアンのことを信頼し始めていることに気がついた。

「きっと1人だからだわ」

望月が居たら妖魔のシアンを信頼することも、頼ることにもならなかったはずだ。

「何か言ったか」

「独り言よ」

綺羅が返事をした瞬間、バサバサっと音がしたかと思うグリフォンの群れが現れた。

「赤龍」

綺羅が呼ぶと赤龍は出現と同時に火を吹く。回廊内が灼熱に覆われる。

しかし、妖魔のシアンはもちろん、龍の服を身に纏う綺羅も赤龍の火によるダメージはない。

反対にグリフォンの群れは赤龍の一吹きで喰われた。

「さあ行きましょう。赤龍もおいで」

回廊内で赤龍に乗ることはできない。

狭い回廊に合わせたサイズになった赤龍は綺羅の後を追って来る。

ところが、数歩進んだだけで、またグリフォンの群れが現れた。

「赤龍」

綺羅の声と同時に赤龍が火を吹き、グリフォンを退治。そしてまた数歩進むとグリフォンが現れる。

「もう、これじゃキリがないわ。シアン。なんとかできるのでしょう。なんとかしてちょうだい」

赤龍が何度目かのグリフォンを退治した後、綺羅が怒ると、シアンは首を傾げる。

「そうか。てっきり訓練でもしているのかと思った」

「なんですって?そんなことあるわけないでしょう」

綺羅が目を釣り上げるが、シアンはいつも通りの無表情である。

「なるほど。わかった。キリよくしよう」

シアンが回廊の先に向かって掌を向けると、回廊の壁を覆うように黒い霧が一瞬現れては消えた。

「今の黒い霧で消えるの?」

「アレがえたのか。さすがお姫さんだ」

シアンは感心したように言ったが、綺羅は何を褒められたのか分からなかった。

「さぁ、行くぞ」

「えぇ」

綺羅は赤龍を耳元の六角柱に戻すとシアンの後を追った。

歩けども、歩けども回廊の風景は変わらない。綺羅は進んでいるのか不安になった。だが、今はシアンを信じるしかない。

「そう言えば、夢幻迷宮もラビリンスだったな」

シアンが独り言のように呟いた。

「どういうこと?」

「ラビリンスに住む妖獣のお出ましだ。まぁ、あの程度なら今のお姫さんには敵ではないな」

シアンは勝手な事を言って姿を消した。

「えっ?どういう・・・・・・。あ、また逃げた!」

パニックに陥る綺羅の前に立ちはだかったのは、綺羅が見上げるほどに大きなウシ頭の人間だった。

「おぉ、今日の飯か」

ウシ頭は綺羅を見ると喜び勇んで寄って来た。

「赤龍」

駆け寄って来たウシ頭を赤龍は火を吹いて迎え撃つ。その間に綺羅は背中の剣を抜く。

「うぉー。龍使いか。ホルミンのヤツ裏切ったな」

怒り狂うウシ頭の身体の筋肉がムキムキと盛り上がり始める。

「お生憎様。ホルミンは退治したわ」

「なんだとぉ!では、ワシの飯はどうするのだ」

「知らないわ」

ウシ頭との会話で綺羅はホルミンが攫って来た女性達は人形になっただけではなく、このウシ頭に生贄として渡されていたことを悟った。

「ここで私と会ったのが運の尽き。退治するわ。赤龍」

綺羅は剣を持ち赤龍が噴く火の中をウシ頭に向かって走り、足を斬りつけた。

「ふん。そんなの痛くも痒くもない」

ハハハとウシ頭が笑う。妖獣や妖魔に効くはずの剣が効かない。何故だろうと、綺羅は焦る。それでも諦めずに何度も斬りつけるが、筋肉に覆われたウシ頭の身体は岩のように硬く、傷1つ付かない。

「五月蠅い小娘め」

ウシ頭が足を蹴り上げると綺羅は飛ばされ、赤龍が背中で受け止めてくれた。

「赤龍ありがとう」

綺羅が撫でると嬉しそうに喉を鳴らした。ウシの妖獣なら焼けると思ったのだが、一筋縄ではいかないらしい。

「青龍」

火がダメなら水と綺羅は青龍を呼び、水攻めにする。

「おぉ、気持ちがいいな」

返ってウシ頭を喜ばせてしまう。

「外からダメなら内側からなら?」

そう呟くと綺羅は赤龍から降りた。

「赤龍。行っておいで」

綺羅が赤龍を撫でると赤龍は綺羅の掌サイズに変化した。小さな龍は大きくはなれないが、大きな龍が小さく変化することは可能である。

「青龍」

綺羅は青龍に水攻めを命じ、赤龍を離した。赤龍は青龍の水に乗ってウシ頭の口に入る。

「う、うぉー」

ウシ頭が苦しみ始めた。小さくなった赤龍がウシ頭を内部から焼いているのである。

「青龍」

綺羅は水攻めを止めさせ、青龍の背に乗った。

ウシ頭の顔から喉が赤黒く変色し始めた。

「行くよ」

綺羅は青龍に命じてのたうちまわるウシ頭の後頭部に回り込むと、人間の頸動脈に当たる部分を斬りつけた。龍は人間を護るために天から遣わされている。

人間にはこの剣は効かない。

だからこそ、妖獣の部分である首を狙ったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る