第10話
「あぁ、そうすればいいんだわ」
侍女が言いたいことを綺羅は理解した。
綺羅は騎士服の腰にピンク色の布を巻きつけ、侍女がずり落ちないように縫い付ける。ブーツが隠れるぐらいの長さなので、スカートに見えなくもない。上にケープコートを羽織れば騎士服は襟しか見えない。さらに、ケープコートにはフードが付いているので髪を隠すことができる。
「これなら、なんとかなりそうね。じゃあ、ファッションショー会場の近くまで連れて行って」
「あんなに俺の力を頼るのを嫌がっていたくせに、現金な奴だな」
「だって、思っていたよりも、ずっと楽ちんだったもの」
あっけらかんとしている綺羅を横目に、シアンは呆れながらも綺羅をファッションショー会場の近くまで瞬間移動させた。
ファッションショー会場の近くは、櫓を組み立てる人やデザイナーやモデルなど、さまざまな人が出入りしている。その群衆に紛れ込むと綺羅はケープコートのフードを外した。どこから妖魔が来るのか、どんな妖魔が来るのかわからない。綺羅は周囲を見回す。
しかし、そんなに都合良く現れることもなく、綺羅はしばらくウィンドウショッピングを楽しむことにする。デザイナー学院が近くになるせいか、オートクチュールを初めとした衣料品店が多い。
「綺麗」
オートクチュール店のディスプレイにはドレスが並んでいた。着る機会は少ないが、見ているだけで綺羅の心は弾む。エメラルドグリーンのサテンに白い雪のようなレースを重ねたドレスや、ワンショルダーに大輪の薔薇が刺繍された真っ赤なドレス、純白のウエディングドレスが並んでおり、綺羅はうっとりと見とれてしまう。
「乳臭いガキには、まだ早いな」
いつの間にか現れたシアンが隣に並ぶ。
「失礼ね。誰が乳臭いのよ」
「そうやってムキになるところが、ガキの証拠だ」
「なん・・・・・・」
つい声を張り上げて綺羅は口を噤む。
確かに淑女にあるまじき返答である。淑女は嫌味を言われても笑って受け流さなければならない。もっとも王女に向かって「乳臭い」と言ってくる人など皆無なのだが。
そんな綺羅を見てシアンはニヤリと笑った。
「やっぱりガキだな」
「失礼ね」
綺羅は無表情に戻ったシアンを睨み付けると歩き出す。イライラしながら歩いているとデザイナー学院が見え始めた。
ファッションショー会場から少し離れてしまったらしい。
振り向いて気がつく。人が1人も居ない。
その時、耳元の六角柱が妖魔の存在を知らせた。
「来る」
綺羅が小さく呟くと夕焼け色の髪と瞳が見えた。驚いて後方に飛ぼうとするが身体が動かない。
「ブサイク」
不機嫌そうに言うと夕焼け色の髪と瞳が遠ざかり、全体が見えた。女の妖魔だった。
漆黒に近い黒を纏うほど強い妖魔の中では下級の妖魔だろう。
だが、妖獣とは桁違いに強い。
「ブサイクだけど半妖だし、その髪と瞳が綺麗だから連れて行くわ」
勝手なことを言うと妖魔が身を翻す。その途端、綺羅は異様な空間に居た。
四方にハニーブロンドの女性が入ったガラスケースが目に入る。前後左右はもちろん上下にもびっしりとハニーブロンドの女性が並んでいる。
「この人達は・・・・・・」
生きているの?という問いかけを飲み込んでしまう。
足元の女性と目が合ってしまったからだ。瞳は輝きを失っておらず、濁ってもいない。
「この子達は生きているわ。ただ、時を止めているだけ」
「時を止めている・・・・・・。だったら、今すぐ解放してあげて」
綺羅の台詞を妖魔は鼻で笑う。
「時が進んだ瞬間に死ぬ子もいるけれどいいの?」
「え・・・・・・」
妖魔の言葉に綺羅は、妖魔は人間よりも長生きだということを思い出す。若いまま時を止められているだけで、妖魔に遭わずに生活していたら年老いて亡くなっている人もいるのだ。
「・・・・・・」
唇を噛む綺羅を妖魔は楽しそうに見つめる。
「ホント、ブサイク。でも髪と瞳は綺麗。さぁ、大人しく従いなさい」
妖魔が腕を振り上げる前に綺羅は叫んだ。
「赤龍。おいで」
赤龍は綺羅を庇うように瞬時に現れた。
「な、まさか龍使いか」
妖魔が僅かに後ずさりするのを綺羅は見逃さなかった。
「赤龍。思う存分暴れていいよ」
綺羅は赤龍に飛び乗る。捕えられている女性達には申し訳ないが、気にしている場合ではない。目の前にいる妖魔を倒してこれ以上、被害者を増やさないようにしなければならない。
赤龍は妖魔目掛けて火を噴く。
「龍使いなんぞ玩具にすぎないわ」
妖魔はガラス片を投げつけて来た。
「いたっ・・・・・・」
ガラス片で綺羅の頬が切れる。
すぐに、赤龍は灼熱の炎を噴いてガラスを溶かした。すると、ガラスケースに囚われていた女性達が転げ落ちて来た。上からも女性達が落ちて来る。
「青龍、白龍、彼女達を助けて」
2匹の龍を呼び、上から降ってくる女性達を受け止めるように指示をする。
龍達が確実に女性達を受け止めるのを確認すると、赤龍に攻撃を続けさせる。
「ふん。小娘め。ならば、これでどうだ」
夕焼け色の瞳が光ったかと思うと、急に腐敗臭が鼻をついた。
「何?」
辺りを見回すと動き出した女性や急激に老いていく女性、そして死んで骨になっていく女性が見えた。
「時を動かしたのね」
「人形達、この龍使いを捕えなさい」
妖魔が声を掛けると女性達が龍を捕まえようと、青龍と白龍を追いかけ始める。
「白龍、おいで」
綺羅は仔龍だけを耳元の六角柱に帰す。だが、赤龍に火を噴かせれば女性達を死なせてしまう。綺羅はケープコートを脱ぎ、腰に巻いていたピンク色の布を引き裂くと、背中に背負っていた剣を抜いて赤龍から飛び降りた。「青龍、赤龍、彼女達を防いで」
2匹の龍に操られている女性達を護るように言いつけると妖魔と対峙する。
「ふん、度胸だけはいいようね。いいわ、遊んであげる」
妖魔はガラスの剣を出現させた。綺羅も龍剣を構える。
すると、頭の中にいろいろな情報が流れ込んで来た。一部とはいえ、能力を解放したせいだろうか。
だが、その情報が闘いに必要なものだとわかり、意識を集中して拾い集める。
目の前にいる妖魔はホルミンというらしい。漆黒に近い黒を纏うことがより強い妖魔の証とされる中夕焼け色の髪と瞳だった。しかし、ホルミンが憧れたのは人間のハニーブロンドだった。
あんな美しい髪になりたいと、ハニーブロンドで美しい子を攫って来ては、美しいドレスを着せ替えてガラスケースに入れて愛でていた。だが、街中で見たときはキラキラ輝いていたハニーブロンドは、ガラスケースに入れた途端にくすんで見える。仕方が無いので、また別の子を攫って来る。
次第に、攫って来るぐらいなら、自分が人間の器に入ってしまった方が早いと思うが、脆い人間の肉体に妖魔の魂は入らない。そこに、金髪の半妖を見たという妖魔が現れた。
朝焼けのような紫の色彩を纏う妖魔は、時を止めるだけでは半妖の中には入れないと、ホルミンの左腕にガラスの妖術を埋め込んだ。
あのガラスの剣で心臓を刺されると綺羅の魂が身体から抜け出し、ホルミンの魂が入れるようになるらしい。
情報を理解した綺羅は気を引き締めた。
「ホルミン。覚悟しなさい」
名前を呼ばれたホルミンの眉がピクリと吊り上がった。
「たかが半妖のくせに生意気な」
ホルミンが綺羅に斬りかかる。
だが、幼い頃から龍宮王に剣術の手ほどきを受けていた綺羅は、舞を舞うようにホルミンの剣を躱して左腕に剣を振り下ろす。寸での所でホルミンは身を躱した。
「ちっ、小娘が」
それでもかすり傷が付いたのか、ホルミンは鬼の形相になった。
綺羅の剣は龍の牙や角が材料になっている。
剣先を向けられると妖魔は瞬間移動や空を飛ぶことができなくなるのである。
龍使いとは龍を操るだけではない。
龍で使った道具を使いこなす者こそ、真の龍使いなのである。
ネズミ頭と戦った時には発揮されなかった能力が、封印が少しでも解けたせいか綺羅は使うことができた。
「これでもくらえ」
綺羅と距離を取ったホルミンはガラス片の雨を降らせた。
「・・・・・・」
赤龍を呼ぼうとして綺羅は唇を噛みしめる。
ここで赤龍が火を噴けば助けだそうとしている女性達まで、炎に巻かれてしまう。
綺羅は腕や手で目を庇いながら、ホルミンの剣を躱すが限界があった。
「美は正義。美は力。お前はただの器。大人しく出て行きなさい」
ホルミンが呟くと綺羅の耳元でキーンと音が鳴った。
その刹那、綺羅の前に現れたホルミンは間髪いれずにガラスの剣で心臓を一突きする。
綺羅は目を見開いたまま膝を着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます