第6話

「すみません」

壁に花の絵が描かれた花屋の主人に声をかけた。

「なんでしょう」

「そこにダンス教室ってなかったかしら」

人の良さそうな笑顔の店主に綺羅が話しかけると、主人はサッと青ざめた。

「私は何も知らないよ」

店主はそう言い捨てて店の奥に入ろうとした。

「ちょっと待って。私は怪しい者じゃないわ」

綺羅は手袋を外した。

「私は龍使いです。そこのダンス教室の人が消えたというから調査に来たの。何か知っていることがあれば教えて」

綺羅はあえて笑顔を見せる。

「・・・・・・。龍使い。本当にいるのか」

店主は驚いた表情で綺羅の全身を見回した。

「えぇ、龍使いは本当にいるわ」

「そうか。本当にいたのか・・・・・・。だったら、なんで娘を助けてくれなかった」

店主が急に怒り出した。

「え・・・・・・」

綺羅は思わず怯んで後ずさりする。

だが、店主は綺羅に詰め寄った。

「娘は妖獣に喰われた。俺の目の前で。助けてくれって俺は叫んだのに誰も助けてくれなかったじゃないか」

店主は綺羅の襟を掴もうする。

綺羅がとっさに身を躱そうとすると、シアンが店主の腕を掴んだ。

「お前の怒りはわかる。だが、このお姫さんには関わりのないことだ」

シアンは冷淡に店主に告げた。

「お前に何がわかる」

店主はシアンを睨みつけた。

だが、シアンは無表情のままだ。

「龍使いは数が少ない。だから、1人2人喰われたぐらいでは動けない。そう決めたのは龍宮王や皇帝だ。文句があるなら彼らに言え。こんな小娘に言ったって仕方がないだろう。違うか」

シアンの言うことは正しい。

龍使いが減少しているうえ、弱体化した現在、世界中の街へ派遣することはできない。

今回のように百人単位の被害がなければ皇帝は動かないのである。

ただ、それを人間に指摘しているのが妖魔であることが綺羅は不思議だった。

妖魔のシアンに説教された店主は項垂うなだれてしゃがみ込んだ。

「所詮、俺たち貧乏人は皇帝にとってはどうでもいい存在ってことか」

店主は弱々しく笑う。

「そんなことはないわ。陛下だって胸を痛めているわ。陛下ご自身も妖魔に狙われたご経験があるもの。妖魔を遠ざけるために自ら火傷を負って、今でも後遺症に悩まされていらっしゃるのよ。そんな方が、妖獣のせいで家族を亡くされた方のことをどうでもいい存在なんて思うわけがないわ」

綺羅は必死に店主を励ます。

「皇帝陛下が火傷を・・・・・・」

店主は驚いた表情で綺羅を見つめる。

綺羅はしまった、と口を紡いだ。もしかしたら、明かしてはいけないことだったのかも知れない。

「そ、そういう噂があるのよ。男性にしては綺麗な方だから」

綺羅は慌てて訂正をする。

「俺は間近で見たことがないからわからないが、確かにそこのダンス教室に居た若い娘達が騒いでいたな。それぐらいの美形だったら妖魔に狙われたっておかしくないな」

「やっぱり、ダンス教室はあったのね」

「あぁ、でも3ヶ月前の朝、店を開けたら空き地になっていた」

「え?」

「俺は寝ぼけているのかと思ったよ。建物ごとなくなっているのだからな。でも、本当だ」

「えぇ、貴方の言うことに嘘はないわ。建物ごとなくなったのね」

「あぁ。ダンス教室の上にダンサーの住まいがあった。だから、そこに住んでいたダンサー達もいなくなっちまった。それから、あの区画に住んでいた奴は気味悪がって引っ越して行ったよ」

「そう」

綺羅は冷静を装うが、内心は焦っていた。

1人ずつ攫うのが面倒だから建物ごと持って行くという妖魔。

どれだけ巨大な力を持っているのだろう。

焦りながらも目の前で娘を亡くした店主を放っておけず、花を買うと店主と供に娘の墓参りをした。

「すまねぇ。娘と大して歳の違わない龍使い様に酷いことを言って」

墓参りをした店主は我に返ったように綺羅に謝った。

「いいのよ。気にしないで。それより、帝国の許可証を持っている宿を知らない?」

「あぁ、それなら絵画通りにあるよ」

「ありがとう」

綺羅はそこで店主と別れて宿を探すことにした。

綺羅は店主に教えてもらった宿はミュゲの街でも有数の繁華街にあった。

皇帝から依頼を受けた時に、宿や店は帝国の許可証を持っている宿を使うように言われていた。

「大事な私の姫に何かあると困るからね。ただし、許可証を掲げていてもすぐに信じてはいけないよ。最近は偽造された許可証を持つ宿や店が増えているからね」

皇帝はそう言って綺羅に青い紙幣を渡した。

「これはなんですか」

綺羅が初めて見る紙幣だった。

しかも1ガルル。普通1ガルルはコインである。紙幣になるのは100ガルルからだ。

「これは帝国の要人だけが持つ紙幣だ。この紙幣が使えるか訊ねて、使えると答えた店や宿なら使っても安全だ。そこで、これを1枚だけ店や宿に渡せば代金を払う必要はない」

「え?」

「その紙幣を持って帝国の窓口に行けば、代金が請求できる仕組みになっている。その時に店主の身元を調べられるから偽造の許可証を出していても意味がない。まず、紙幣が使えないと答えた時点で捕まるのだがな」

皇帝の説明を綺羅は感心しながら聞き、皇帝にますます好意を抱いた。

「おい、どこへ行くつもりだ」

シアンに呼び止められて振り向くと、目指していた宿を通り過ぎていた。

「・・・・・・。あら、気がつかなかったわ」

方向音痴がバレそうになって綺羅は照れ隠しに笑って見せるが、シアンは相変わらずの無表情だ。

愛想の欠片もないな、と宿に入ろうとすると耳元の六角柱からキーンという音が響く。

「えっ?妖獣?」

「ずいぶん大勢で来たな」

焦る綺羅とは対照的にシアンはのんびりとした口調で空を見上げた。つられて綺羅が空を見上げると夕焼けに染まっていた空がみるみるうちに暗くなっていく。

「何?これ」

綺羅の周りでは異変に気がついた人々がパニックを起こしていた。

「妖獣だ」

「逃げろ」

「建物の中に入れ」

夕方になり帰路につく途中の人々が右往左往しており、中には転倒している者もいる。

突然、空から一羽だけが綺羅を目掛けて急降下して来た。

「きゃっ」

鳥のように見えるが鳥にしては大きく、ライオンのような体をしている。

鳥は綺羅の頭を小突くと長い尻尾を振って、空へ舞い上がる。

「今のグリフォンだわ」

「そうだな」

鷲の頭にライオンのような体に蛇の尻尾。

妖獣に間違いない。

「赤龍、行くよ」

綺羅の声に反応して赤龍が現れた。

突如現れた龍に逃げ惑う人々は気がついた。

「龍だ」

「龍使いだ」

口々に騒ぎ始める人々。しかし、そのせいでグリフォンの集団が降りて来るのに気がつかなかった。

「シアン。みんなを護って」

グリフォンの動きに気がついた綺羅はシアンに命じると、赤龍に合図を送った。

赤龍は民衆に襲いかかるグリフォンに向かって火を噴く。

赤龍が吐く灼熱の炎に襲われたグリフォンは塵一つ遺さずに喰われた。

その様子を見た仲間のグリフォン達は綺羅目がけて飛んで来た。

綺羅は腰の龍剣で振り払うが何十羽もいるグリフォンに囲まれてしまう。

「赤龍、私に構わずに追い払って」

綺羅が命じると赤龍は空に向かい巨大な火の玉を噴く。そして、赤龍は火の玉を目掛けて昇り、火の玉に綺羅とグリフォンの大群が飲み込まれた。

しばらくして火の玉が消えると、グリフォンの集団は消え、綺羅と赤龍だけが現れた。

「妖獣が消えた」

「さすが龍使いだ」

「すげー」

街の人々から拍手喝采を浴びながら綺羅は地上に降りた。

「とんでもない術を使うのだな」

「あら、心配してくれたの?」

無表情のシアンに笑って見せた綺羅は、顎を掴まれ上を向かされた。

「な、何?」

「火傷や傷はないな」

無表情のまま問われ綺羅はシアンの腕を叩く。

「当たり前でしょ」

綺羅はシアンの腕から逃れるとそっぽを向いた。

2人のやり取りを見ていた人々からは

「なーんだ。キスするのかと思った」

「残念だな」

と、冷やかされる。

綺羅は2人を囲んでいる人々に、ニコリと笑って見せる。

「そんなこと言っていると、丸焼きにするわよ」

綺羅の一言で野次馬は水を打ったように静まりかえり、散り散りになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る