それでいいのかアニメBAR

 自分はアニメや漫画が好きな方だ。普通の人から見るといわゆる「オタク」に分類される人間だと思う。


 元々オタクの素質はあったのだと思うが、本格的にオタクになったのは大学生になり、地元を離れて一人暮らしをはじめてからだった。


 大学生の頃の私は充実したオタクライフを送っていた。大量に漫画を買い、地元では放送されていなかった深夜アニメを見る。チェック柄の服を着て、アニメイトやメロンブックスやらしんばんといったオタクショップを巡ったりもした。秋葉原にも行ったし、日本橋にも行った。楽しい毎日だった。


 しかし、そんなオタクの私にも悩みがあった。オタク趣味について話す相手がいないのだ。一応私は大学にあるオタク系のサークルに入っていたのだが、人見知りするタイプなのであまり友達はできなかったし、友達と好きな作品のジャンルが異なっていたりして思う存分語り合うことは出来なかった。


「自分の好きなアニメや漫画について語ってみたい」


 そういう気持ちはどんどん強くなるが方法がない。いや、もはや語り合なくてもいい。こっちが一方的に話して相槌を打ってくれるだけで私は満足だ。


「誰か私に思う存分語らせてくれ」


 そんなことを思って生きていた。今考えると一方的に話したいだけだなんて自分勝手過ぎる考えだし、だから友達ができなかったのだと改めて思った。


 そんな時、私はあのアニメBARに出会ったのだ。




 ある休日の昼間、私は自宅周辺を徘徊していた。どこかに行くとか買い物するとかでもなく、ただ目的もなく自宅付近を徘徊をしていたのだ。当時私はよく徘徊をしていた。昼夜問わず徘徊しまくっていたので、深夜に2回ほど警察から職務質問されたこともある。


 とにかく私は徘徊していた。徘徊中、駅の近くの人通りの少ない静かな通りまでやってきた。結構な数の飲み屋が並んでおり、人が少なくて静かなのは今が昼間だからだ。


 周りの様子をなんとなく眺めながら徘徊していると、ある一軒の店の前で私は足を止めた。それはBARだった。いつもならBARなんてあっても気にもとめないが、一つ興味を惹かれる点を見つけたのだ。


 その店の窓辺にフィギュアが飾ってあったのだ。しかも動物とかそういうフィギュアではなく、最近のアニメキャラクターのフィギュア。


「BARなのにフィギュア?」


と私は首を傾げた。


 BARといえば硬派なもの、という認識が私にはあった。頼りになる渋い男がマスターで人生に迷った人々に助言を与える場所、みたいに考えていた。


 一方でアニメの美少女キャラのフィギュアなんて軟派中の軟派でBARとは対極にある存在のような気がした。頭が混乱する。


 その後、家に帰ってからネットでそのBARのことを調べてみると、アニメBARとかオタクBARとか言われている場所であるということがわかった。


 アニメBARとはアニメや漫画が好きなマスターが経営し、アニメや漫画が好きな客が集まる場所なのだという。店内にはアニソンが流れ、アニメグッズが飾られている。そしてマスターと客はアニメや漫画について語り、楽しむのだという。


「今の自分にピッタリの場所だ」


 そう思った。あのBARに行けば仲間がいる。仲間がいなくても最悪マスターがいるわけで、思う存分アニメ・漫画について語ることができる。そう思った私の行動は早かった。





 私はその日の夜そのアニメBARへと向かった。初のBAR体験なので緊張しながら入店。


「いらっしゃいませ」


 やる気のないマスターの声が私を迎えた。店内は薄暗い。深夜アニメの主題歌が店内に響き、薄暗い。アニメのポスターが壁に貼られ、タペストリーがぶら下がり、アニメキャラのフィギュアが飾られているが薄暗い。何というか全体的に薄暗いのだ、照明も雰囲気も。


 私はカウンターに座り、ビールを注文した。何というか「最初はとりあえずビールかな」という悪い意味で日本人らしい発想だった。別にビールが好きなわけでもないのに。


 そもそもオススメの酒とかをマスターが言ってくれたらいいのである。しかし、ここのマスターは私が入店してからというもの、必要最低限の事しか話してくれない。「初めてですか?」とか「何か好きな種類のお酒はありますか?」とかそういうことを一切喋ってくれない。


 やがてビールが出てきて、それを飲んだ。それが終わるとまたビールを飲み、その後ビールを飲んだ。他にすることがないからである。




(何か話せよ! このマスター!)



 ここが仮にラーメン屋とかの純粋な飲食店ならだったら問題ない。飯を食っている途中で店主にあれこれ話しかけられても気が散るだけだ。


 でもここはBARなのだ。しかもアニメBARだ。アニメBARに1人で来た客、しかもカウンターに座っている客に対して無言とは、このマスターは一体何を考えているのだろうか。


 2人きりで無言のアニメBAR、BGMのアニソンの明るい曲調が逆に寂しかった。


 こんな雰囲気耐えられない。何か話そう。一体なんの話をすればいいんだろうか。そんなことを考える私。そもそも、こんな事を考えるのは本来私ではなくマスターの仕事のはずだ。なんでゲストの私がホストのために話題を考えなくてはならないのだろうか。


 それにしてもなんの会話もないので店内をキョロキョロ見渡して会話のきっかけを探した。そんな時、私はあるアニメのポスターが壁に貼ってあるのを発見した。


(あ、あのアニメなら見たことある!)


 内心ガッツポーズ。とりあえずそのポスターから会話を広げていこう。そう思った。私は勇気を出して口を開く。


「あ、あのポスター『魔法少女◯◯(仮名)』のやつですよね? マスターも好きなんですか?」


「いいえ」


「え?」


「知りません。見たこともないです」


「え? え? は? え?」


 マスターの予想外の返答に私は混乱した。



(じゃあなんでそんなポスターを店内に貼ってるんだよ!)


 そんなことを思っていると続けてマスターから説明があった。


「このアニメBARをはじめる時に友達がくれたので飾ってあるんです。自分ではなく友達の趣味です」


 なんだそういうことか、と一瞬納得しかけたが、よく考えると全然納得できない。


(ポスターを貼るなら、少しくらいはそのアニメのことを話せるように予習しておけよ。アニメBARの店主なら)


 そう思った。こういう質問がくることくらい予想できるはずだし「知らないです」では会話が続かなくて気まずくなるのも分かるだろう。


 というよりアニメを見たことないなら見たことないで問題ない。それなら「ああ、実はそのアニメまだ見たことないんですよ〜どんな内容なんですか〜」とか当たり障りのない事でも言えばいいじゃないか。


 なのにこのマスターは「知らない、見たことない」と冷たく突き放している。


 「マスターも好きなんですか?」なんて質問をしてくる客は、そのアニメが好きに決まってるのに、それに対して「興味ないね」みたいな態度をとるなんて、客が悲しい気持ちになるということがわからないのだろうか。


 私は悲しかった。オタクは好きな作品に対して「興味ない」と言われるのが1番辛い。




 続けてマスターは私に愚痴をこぼし始めた。私がマスターに愚痴を言っているわけではない。マスターが私に言っているのだ。


 何かがおかしい。BARに来てなんでわざわざマスターの愚痴を聞かなくちゃならないのだろう。いや、マスターが愚痴を言って客が聞くということもあるかもしれないけど、それは客とマスターの間である程度信頼関係ができてからだろう。初来店の客相手にすることではない。


 まあ結局愚痴を大人しく聞くしかなかったのだけど、その愚痴の内容もひどかった。


「この間なんか昔のアニメについて語ってくる客がいたんですよ。そんなの見たこともないし、そんなこと語られても気持ち悪いし困るだけなんですよね」


 そんなことを言い出したのである。


(ここアニメBARだろ!)


 私はそう心の中で叫んだ。その客はアニメBARなのだからアニメの話をした。ただそれだけのことなのに、なんで「気持ち悪い」とまで言われなくてはならないのか。あとそんなことを初対面の客である私に話すな。


 とりあえず私はこのマスターに自分の好きなアニメについて語るのはやめにした。一体何のためにアニメBARに来たのかもうわからなくなってきた。


 ちょうどその頃ビールが空になったので2杯目を注文した。別にそんなに飲みたいわけじゃないし、なんならもう帰りたかったのだけど、流石に一杯だけというのも悪いかな、と気を遣っての注文だった。こんなに人に気を遣える私はここのマスターよりもよっぽどBARの経営向いていると思った。


 マスターは愚痴を吐き出して気をよくしたのか、今度は自分の身の上話を語り始めた。私がマスターに身の上話をするのではない、マスターが私に身の上話を語り出したのだ。


 やっぱりこのBARおかしい。普通身の上話を話すのは客のほうだ。マスターはそれに相槌を打って励ましたりアドバイスをしたりするもんじゃないだろうか。ただ、私自身こんなBARを経営しているマスターの半生にも興味があったので、大人しく話を聞くことにした。




 マスターは元々アニメ声優志望の男で、とある声優養成学校に通っていたそうだ。その養成学校に通うことにした理由は、その学校が「就職率90パーセント以上」というのをアピールしていたからだという。


 「これなら自分でも声優になれる」と考え学校に入学した彼は、その後無事卒業して就職することもできたのだという。ただしコンビニ店員として。


 つまりその声優養成学校は「就職率90パーセント以上」を謳っていて、確かに本当ではあったのだけど別に声優として職を得られるわけではない、ということだ。


 2年間という時間と大金失い、結局コンビニの店員になったのなら最初からコンビニに面接に行った方がよっぽどよかったのではないだろうか。なるほどこのマスターもなかなか哀れな人生を歩んでいるのだな、とちょっとだけ同情してしまった。


 その後コンビニで働いていたが、どうしてもアニメに関する仕事をしたくてコンビニを退職し、このアニメBARを開業したのだという。


 なんだか濃いのか薄いのかよくわからないマスターの身の上話だった。




 しかし私は、マスターの身の上話を聞いたことでこのアニメBARの本質が見えた気がした。

  

 このアニメBARは妥協の産物なのだ。


 このマスターの夢は声優だった。だけどその夢は叶わず、コンビニの店員となった。しかしコンビニで働き続けるのも嫌だから何かしようと思い、このBARを始めた。そんなところでは無いだろうか。


 とは言えこれではいかんだろ、と思った。妥協と成り行きでアニメBARをはじめた、にしてもだ。アニメBARなのだからもっとマスターの趣味を全面に出した夢の城であって欲しかった。要するにこのBARには愛がない。


 店内を見回したらアニメグッズがいっぱい飾ってあってそれらしい雰囲気は出ている。ただそれらを見てもここのマスターが何のアニメが1番好きなのか、というのが全然見えてこない。とりあえず定番アニメグッズ並べてみました、という感じだ。


 あと最大の問題はマスターが全く楽しそうじゃない点だ。そりゃ仕事なのだから楽しいことばかりじゃないだろうけど、自分の店を持ったのだからもっと嬉しそうにしろ、というより今接客中なんだから嘘でも笑顔を作れ。そんなことを3杯目のビールを飲みながら思った。


 3杯目のビールを飲み干したところで、きりがいいのでお会計。もうここには用はない。お会計はビールとつまみとかで合計3000円ほどだった。


 3000円である。BARなんだからぼったくりとは言わない、むしろ安い方なんだと思う。だけど、全く楽しめなかった私にとってはガッカリするような金額だ。


(3000円あったら何ができたかな?)


 意味がないと分かっていても、そんな不毛なことを考えてしまう。3000円あればこのアニメBARの裏の通りにあるインドカレー屋で高めのディナーを食べることができた。悔しい。あんなやる気のないマスターの店に金を落とすくらいなら、日本に来てまで頑張って働いているインド人のために使った方がよっぽどよかった。





 その後、私がこのアニメBARを訪れることは2度と無かった。こんなひどい店2度と行かなくて当然だが、そういうことではなく物理的に行けなくなったのだ。私がアニメBARに行ってから1年くらい経って、そのBARは潰れてしまったのである。


 私がアニメBAR閉店を知ったのは、これまた昼間の徘徊中のこと。


 あの日以来何となくBARのある通りを避けていた私だが、その日はなぜかそこを歩く気になり、その時何となくあの憎きアニメBARをチラッと見てみたところ、看板が変わっているのを発見した。窓辺に置いてあった色あせたフィギュア達も消えていた。


 その日の夜、私は再びあのアニメBARの跡地に向かった。


 店は開いている。中に入ると店の店主と見られる中年の夫婦が私を迎えた。アニメBARのマスターはどこにもいない。


 新しい店はBARと居酒屋を足したような内装であり、なかなか雰囲気がいい。店主の夫妻はにこやかで愛想が良く、初めて来た私にも色々と話を振ってくれ、楽しく会話ができた。あのアニメBARのマスターとは大違いだった。


 しばらく話してから、私は前にやっていたアニメBARについて店の旦那さんに聞いてみた。すると旦那さんは首を傾げて答えた。


「前の店? ああ、◯◯さん(アニメBARの店名)ね。すまないけど、よく知らないね。前の人がやめたから私たちが来たわけだし。今どこで何をしてるのかもわからないね。ごめん、役に立たなくて」


 とりあえず現店主は前のマスターと知り合いでも何でもなかったらしく、今彼がどうしているのかは全くわからなかった。


 その後、その居酒屋BARでお酒と料理を楽しんだ。帰る時「また来る時に使ってください」とその店のビール割引券までくれた。もちろん、そんなものあのアニメBARではもらっていない。同じ立地でも人が違えばこうも店は変わるものなのかと感動した。


 結局その後すぐに大学を卒業して、その土地を離れることになった。なのでその居酒屋BARには一度きりしか行かなかったが、あのアニメBARがろくな店じゃなかったせいで、居酒屋BARの思い出がより美化されて脳内に記憶されている。あの店主の夫妻、元気にしているだろうか。


 さらに気になるのがあのアニメBARのマスターのことである。いったい彼は今どこで何をしているのだろうか。またどこかでアニメBARをやっているのだろうか。でもあのアニメBAR開店のために借金などをしてるかもしれないし、そうなると再起は難しいのではないだろうか。


 別に私はあのアニメBARにもマスターにもなんの愛着もない。むしろ嫌いなぐらいだ。でもあの時ああやって出会ったことも何かの縁だ。せめてマスターの無事を祈ることにしよう。









 と、このエッセイ書く前は思っていたが気が変わった。このエッセイを書き始めてから「そういえばあの居酒屋BARの人たちは元気にやっているだろうか?」と疑問に思ったので調べでみると、少し前に閉店していることが判明したのだ。


 なんということだろう。こうなるとアニメBARのマスターなんかより居酒屋BARの店主の夫婦の方がよっぽど心配だ。


 神様、お願いします。アニメBARのマスターはどんな目にあってもいい、だから居酒屋BARの夫婦だけはどうか助けてあげてほしい。お願いします。

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