第20話 ジゼル Giselle

バレエ『ジゼル』

Giselle

曲:アドルフ・アダン

振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー

初演:パリ・オペラ座 一八四一年


登場人物

ジゼル(村の娘)

アルブレヒト(ロイス)(シレジア侯爵)

ヒラリオン(森の番人)

バチルド(アルブレヒトの婚約者)

ミルタ(ウィリの女王)

ベルタ(ジゼルの母)


(物語)

第一幕 中世ドイツの村

 ライン河に近い場所。葡萄畑の広がる丘が見える穏やかな村の広場。

 そこにジゼルのという少女が母親ベルタと一緒に住んでいます。ジゼルは病弱で体の弱い少女でしたが、踊りが大好きな少女でした。

 ジゼルと村に住む青年ロイスは恋人同士です。しかし、ロイスは身分を隠したシレジア侯爵のアルブレヒトでした。ジゼルに思いを寄せている森の番人ヒラリオンはロイスを疑い始めます。


 ある日、ヒラリオンは村の人たちが葡萄の収穫に出かけたあとジゼルの家を訪ねます。

 人の気配を感じ木の陰に身をひそめるヒラリオン。

 ジゼルの向かいの小屋から出てきたのはロイスとその従者ウィルフリードでした。ロイスには親同士が決めた婚約者バチルドがいます。

 しかし、ロイスはジゼルを愛しています。従者ウィルフリードはロイスの無分別な恋を思いとどまらせようとしますが、ロイスは忠告を聞き入れずウィルフリードを城に帰らせます。

 物陰から様子を見ていたヒラリオンはただの村人であるロイスに身分のありそうな男が丁寧に話しかけていることをいぶかしく思います。


 ロイスがジゼルの家の扉を叩くとジゼルが出てきます。ジゼルとロイスは仲良く話をします。永遠の愛を誓ってくれたロイスを信じながらも、ジゼルは夢でロイスが美しい姫と結婚する夢を見たと話します。そして、彼女は葡萄の花を摘み花占いをします。すると、占いは悪い結果が出てしまいます。ロイスが花を摘みもう一度花占いをするとよい結果がでます。(ここは演出により、適当に花びらをちぎって、いい結果! みたいにする演出が多いような気がします)

 二人が仲良くしているところへ嫉妬にかられたヒラリオンがやってきます。ジゼルに考え直すようにいうのですがジゼルは受け付けません。それでも迫るヒラリオンにロイスが立ちはだかり彼を追い返してしまいます。


 葡萄の収穫に出かける村の若者たちがやってきます。踊りの好きなジゼルはみんなの前で踊るのですが、母親のベルタはジゼルに「踊ってばかりいると早く死んでしまいウィリ(その地で信じられている森の精霊)になってずっと踊り続けることになるよ」といいます。


 遠くの方で角笛の音が聞こえます。ロイスは村人たちと一緒に葡萄畑に行ってしまいます。ジゼルは母親と一緒に家に入ります。

 そこへヒラリオンがやって来て、周りに誰もいないのを確認してロイスの小屋に忍び込みます。


 やがて、角笛の音が近づいて来ました。狩に向かうクールランド公とバチルド姫の一行が多くの家臣をたちと村にやってきます。

 一行は村で休憩することになり村人たちは彼らをもてなします。ジゼルと母ベルタも飲み物を差し出したりもてなします。

 バチルド姫はジゼルの純粋さと、しとやかさに心をかれ、自分の首飾りをジゼルにプレゼントします。ジゼルは礼を述べ、村のことやロイスと結婚することを話します。


 葡萄の収穫から帰って来た村人たちが収穫祭の女王はジゼルだといい、ジゼルは喜びます。そして村人、バチルド姫やクールランド公の一行が集まる広場で、ジゼルが踊りを披露します。

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※ここでジゼルが踊る踊りがバレエ『ジゼル』第一幕ジゼルのヴァリエーションとしてコンクールやさまざまな舞台で踊られる有名な演目です。

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 ジゼルの踊りに続き村娘と村の男性が二人で踊りを披露します(ペザントのパ・ド・ドゥ)

 そのあとも、さまざま踊りが披露されます。


 そんな中、ヒラリオンはロイスの小屋でマントと剣を見つけて出てきます。ロイスにそれを突き付け、彼が貴族であることを皆の前で明かします。

 何事かと驚いてその場にやってくるクールランド公とバチルド姫もアルブレヒト(ロイス)を見て驚きます。この様子を見てすべてを察したジゼルは夢が正夢になったと思います。

 ジゼルはバチルド姫にロイス(アルブレヒト)がくれた指輪を見せるのですが、バチルド姫も同じものをしていました。

 体の弱いジゼルはこの状況に耐え切れず狂乱してしまします。バチルド姫からもらった首飾りを引きちぎります。楽しかった日々の思い出と現実が交錯し自分失ってしまいます。

 そして、周りの人たちが心配して見守る中、体の弱いジゼルは母ベルタの腕の中で息絶えてしまいます。

 ロイス(アルブレヒト)は悲嘆にくれ自分も自害しようとしますが、従者ウィルフリードに止められます。

 正気を失いそうになるロイス(アルブレヒト)。

 息絶えたジゼルと母ベルタ、村人たちが悲しみに暮れるなか、一幕が幕を下ろします。


第二幕 森

 蒼白い月の光に照らされた森の中にジゼルの十字架があります。

 悲しみに暮れたヒラリオンがジゼルの十字架のもとにやってくるのですが、ちらちらと光る鬼火に、村に言い伝えられたウィリ(森の精霊)の伝説を思い出し、恐れおののき逃げるように去って行きます。


 そして、そこへウィリの女王ミルタが現れます。神秘的な光を放って現れるミルタ。

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※ミルタのこの場面は大きな見せ場です。暗く蒼白い照明の中を白一色のロマンチックチュチュでパドブレ(トゥシューズのつま先で立ったまま細かい歩幅で移動する)で舞台を滑るように移動していく動きが多いこの踊りは幻想的で、この世のものとは思えない。まさにプロの亡霊です)

※ロマンチックチュチュ

ドレスのような形のチュチュ。丸くスカートが広がったものはクラシックチュチュといいます。

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 ミルタが美しく舞ったあと招く様に手をあげると、暗く蒼白い舞台の黒い両側の袖から音もなくスッと真っ白いチュチュを着たウィリが数名現れます。

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※この作品の二幕ウィリの踊りは『白鳥の湖』や『ラ・バヤデール』などに比べて、コールド(群舞)がポワント(つま先)で立って踊る振りが多いです。全員が宙に浮いて移動するような錯覚を感じるような振りが多いですね。

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 ウィリたちが美しい踊りを踊った後、精霊となったジゼルが現れます。ウィリの女王ミルタの前に現れたジゼルはウィリの仲間になります。

 ウィリたちが姿を消したところへ、アルブレヒト(ロイス)がユリの花束を持ってやってきます。ジゼルの十字架の前に花を置き許しを請います。ジゼルの気配を感じたアルブレヒトの前に精霊となったジゼルが現れます。幻を見たかのようにジゼルの墓の前でたたずむアルブレヒト。


 そこへジゼルに思いを寄せていた森番ヒラリオンがやってきます。ジゼルのことが忘れられず、ジゼルにアルブレヒト(ロイス)の正体を明かしたことが、彼女を死に追いやったことになったのではないかと後悔していました。


 ジゼルの墓の前で許しを請うヒラリオン。しかし、ヒラリオンは森の異様な空気に怯え始めます。逃げ惑うのですがウィリたちに捕まり踊り狂わされます。そして死の沼に突き落とされてしまいます。


 そこへアルブレヒトがやってきます。アルブレヒトを追う様にウィリたちもやってきます。アルブレヒトはウィリの女王ミルタに許しを請いますがミルタは許しません。

 アルブレヒトもヒラリオンと同じように魔法の力で踊り狂わせようとウィリたちが取り囲んだとき、ジゼルがアルブレヒトとミルタ、ウィリたちの前に立ちはだかります。

 アルブレヒトを守るジゼル。

 魔法をかけようとミルタがローズマリーの枝をアルブレヒトに向けるのですがジゼルの強い愛の力で枝はおれてしまいます。


 ジゼルとアルブレヒトはミルタとウィリたちが並ぶなかで踊り始めます。

 ミルタやウィリたちの前で、最後は力尽きるまで踊らされるアルブレヒト。倒れ込むアルブレヒト。


 遠くの方から夜明けを告げる教会の鐘が聞こえてきます。


 ジゼルとアルブレヒトにも別れの時が訪れます。

 ジゼルは最後、アルブレヒトに対して、バチルドに永遠の愛を与えるよう伝え、別れを告げて消えていきます。


fin


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『バレエの絵本館』を二十話まで書いて……

 第一話を書き始めた時から『ジゼル』を、どこで書こうかと考えていました。

 私は『ジゼル』は『白鳥の湖』と並ぶバレエの名作と思っています。


 最後の演出は一つの演出、解釈です。

 バレエ『ジゼル』については、たくさんの方々がいろいろな解釈から様々な演出で上演されていると思います。

 そこについて、この作品は大きな演出の違いはないと思います。バレエの作品によっては大きく最後が『ハッピーエンド』か『悲劇』かというほどの違いがある作品もあるのですが、この作品は少し違うと思っています。

 この作品は、ほんの少しの解釈、演出の違いで『見る人に、どう受け取らせるか』が大きく変わってくる作品だと思っています。


 この作品は『誰が悪者なのか』という様な議論が出て来るのです。

 あるとき私が達した結論は『悪い人は誰もいないんじゃないか』という結論でした。

『アルブレヒト(ロイス)はジゼルとバチルドに二股をかけた悪い奴』説に対して、彼はもともとジゼルが好きな青年だったが、古いしきたりの中、家と家の結婚みたいなところでどうしようもない時代に翻弄された感じの話。

 今の人には、なかなか、ここが理解できないから悪者と解釈されるのでは……

 アルブレヒトの婚約者バチルドは、アルブレヒトを愛した女性。ジゼルのことを知った後も、ジゼルを憎んだり、小バカにしたりしていません。

 演出によっては一幕で狂乱して命を落としたジゼルの亡骸なきがらを、バチルドが優しく抱きしめて不幸を嘆くという演出もあると聞きます。

 ヒラリオンはアルブレヒトを貴族と知り、愛するジゼルのために現実を教えようとした人。

 ジゼルは二幕でミルタやウィリから、自分の身をていしてアルブレヒトを守ろうとします。二股をかけられて憎むべき男性を死んで、尚、自分を犠牲にして守ろうとするでしょうか。

 すべての登場人物のあらゆる事情を理解していると考えると、登場人物たちの理解不能と思える行動が全部つながってくる気がします。

 そして、そこがつながったとき、ロマンチックバレエの時代のただ美しいだけの作品とか、悲劇的な作品ということを超えて、数あるバレエ作品の中で最高傑作の一つといえる作品のような気がします。


 単純に、浮気をされて気が狂った体の弱いジゼルが死んで亡霊になってアルブレヒトに会う……で、どうしてジゼルはウィリから浮気した男を守るの??? みたいなのがなくなる気がします。


※ジゼルとアルブレヒトがミルタとウィリたちの並ぶなかでの踊り

 このシーンは個人的にクラシックバレエのあらゆる作品の中でも最も美しい場面だと思います。その場面の目に見える美しさだけでなく、この場面の情緒的・感情的な面も含めあらゆる美しさがすべて凝縮された場面だと思います。

 幻想的なシーンとして、舞台は森の墓場という設定で暗く蒼白い照明。アルブレヒトは黒い衣装を着てタイツも青など黒っぽい衣装で踊ります。

 対してジゼルは真っ白なドレスのような衣装で踊ります。ふわっと宙に浮く様な柔らかいリフトばかりなので、まさにジゼルだけが、まるで精霊(亡霊)の様に静かに宙を浮いて踊ったり移動しているようなシーンになります。


 最後の方でアルブレヒトがアントルシャ・シスという連続ジャンプは圧巻です。

 今まで見た中で一番すごいと思ったのは、セルゲイ・ポルーニンという男性ダンサーがこれを踊った時、あまりの跳躍の高さと美しさに、踊りの途中、観客の大きな拍手と大歓声で、大音量のオーケストラ曲が聞こえなくなるという場面を見たことがあります。


YouTube動画 Giselle - Act II - Bolshoi 2013 - Zakharova/Polunin/Merkuriev (youtube.com) 

https://www.youtube.com/watch?v=wr1T9Wnsh4g&t=30s

の始まって 45:00 で見れます。


☆このバレエの凄いと思うところ☆

 意志を持ったコール・ド・バレエ(群舞)

 バレエ作品においてコール・ド・バレエ(群舞)は見せ場です。

 しかし、この作品以外のコール・ド・バレエ(群舞)はたくさんの人数で踊る必要があるからたくさんで踊る。という感じです。

『白鳥の湖』はたくさんの白鳥が湖に降りてくるからたくさんで踊る。

『くるみ割り人形』の『雪』も雪がたくさん舞っているからたくさんで踊る。

 大勢で踊る美しさが生み出す迫力。

 対して『ジゼル』のウィリは感情を持った精霊たちです。だから力強さが違う。

 群舞で出す『感情の強さ』があるのです。

 なので見応えが違う。圧倒される感じです。


※ウィリ・精霊、亡霊

 結婚する前に亡くなった女性たちの亡霊。

 森に迷い込んできた男性、女性を裏切った男性を死ぬまで踊らせるといわれています。


※アントルシャ・シス

ジャンプの一種。両足で踏み切り真上にジャンプし、空中で足を三回入れ替えて着地する。

『シス』はフランス語の『六』を表す。

右足前の五番ポジションからジャンプした時、

足を軽く開く(一回)

右足を左足の後ろに交差する(二回)

足を軽く開く(三回)

左足を右足の後ろに交差する(四回)

足を軽く開く(五回)

左足を前、右足を後ろにして着地(六回)する。

六つの動きで足を入れ替えるジャンプ。


※五番ポジション

右足前の場合右足を左足の前に置き右足のつま先が左足の踵の前、右足の踵が左足のつま先の前にくるように立つ。

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