第5話 破壊

 戦の最前線で作戦に従事していた勇者隊は、軍の中でもっとも多く、魔族を殺してきた。

 これまで殺した魔族、一部の妖魔の遺体は軍によって回収され、秘密裡ひみつりに魔導研究所に送られていた。


 その先の用途まで俺は関知していないが、多くは解剖され、魔族の生体を知るために用いられていたのだろうと思っていた。

 魔族とはいえ、戦った相手の遺体を葬ることなくはずかしめるのは気が引けたが、それも人類の勝利のためと割り切っていた。


 だが、魔導研究所の実態は、俺の想像よりずっとおぞましいものであったようだ。

 目の前に立ちふさがる、黒ずくめの大男のような魔導キメラ。


 その正体はおそらく……魔族や妖魔の死骸の継ぎはぎ。

 ハイカルはそれを用いて、より強靭きょうじんで強力な、死せる魔物を造りあげた。


 魔術師ならぬ俺にそんなことが本当に可能なのかは分からないが、そう考えれば、魔導キメラから感じる異様な気配、微かな腐臭の理由も納得がいく。


 まるで、過去あやめてきた魔族たちが、亡霊となって立ちふさがっているようだ。

 異種族である俺でさえ吐き気をもよおすような思いなのに、イブナたちの衝撃がどれだけのものか、想像するに余りある。


「イブナ。怒りの想いはよく分かるが、冷静さを失うなよ」

「……当然だ。もとより私情で魔王陛下に逆らったわたしに、怒りを抱く資格などない」


 言葉とは裏腹に、彼女の声音は低く、押し殺した憤怒ふんぬの念が伝わってくる。

 それで我を失い判断を誤るような戦士ではない、と今は信頼するしかなかった。

 

 魔導キメラはじわじわと押しつぶすように、包囲の輪をちぢめてくる。

 奴らはほとんど溜めなしに魔術を放てる。

 取り囲まれる前に動くべきだった。


 しかし、得体の知れない動きをする魔導キメラ相手に、どう攻めるか考えあぐねる。

 先ほどの短い攻防からも分かるが、闇雲に動き回ればかえって隙になりかねない。

 俺の横なぎの一撃は決して浅い入りではなかったはずだが、それを受けた魔導キメラの身体は完全に修復しており、何事もなかったかのように動いていた。

 横にいるイブナからも、初動にためらっている気配が感じられる。


「マハトさんは、キメラの脚を切断してください!」


 シャンナの声が響いた。

 その声に導かれ、はじかれたように身体が動いた。

 脚を狙うなら、素早く相手のふところに潜るしかない。

 ちょうど、つい先ほど、階上で影のジジンが俺に仕掛けてきたように。


「姉様は腕や脚の付け根、キメラの皮ふの薄い箇所を突いて。体内の魔力回路を遮断すれば、動けなくなるはずです」

「分かった」


 イブナも短く答え、俺と同じ一体を目指す。

 キメラたちが一斉に魔術を放ってきたが、見慣れてしまえば避けるのはさほど難しくはなかった。


「相手は無生物です。殺すのではなく、打ち壊すイメージで戦ってください」


 俺たちの背に向け、シャンナの指示が続く。

 その声を聞くと、不思議と頭が澄んでいく。

今まで不気味と思えていた魔導キメラの存在が、恐ろしいものではないと思えてきた。

 予想外の動きも脅威であり、その動作の素早さや正確さ、何より耐久力は上位の魔族にも匹敵するものだ。


 だが、奴らの攻撃には必殺の気概がなかった。

 気配を読むのが難しい代わりに、意志もない。

 力が拮抗する者同士の戦いにおいてもっとも大切なもの――闘志が存在しなかった。

 どれだけ戦いに優れていようと、人形でしかなかった。


 俺は一体の魔導キメラの攻撃をかわしながら、ふところに潜りこむ。

 生身の相手であれば、危機感を募らせるところだろうが、相手は機械的に距離を取ろうと後方に跳んだ。


「ふッ!」


 その足を払う。

 バランスを崩し、もたついている隙に、剣の一振りで両の脚を切断した。


「はあッ!」


 さらに、間髪入れずイブナが飛びこみ、肩の付け根、首、腰と皮ふの薄い箇所に連続で刺突を放った。

 それでもなお魔導キメラは緩慢な動きで起き上がろうとしたが、その顔を大上段の一撃で叩きつぶす。

 シャンナに言われたとおり、生物に対する戦い方ではなく、ものを叩き壊す感覚だった。

 その一体は、完全に動きを停止した。


『ほう』


 ハイカルが漏らした感嘆の声が、どこからか聞こえてきた。

 手駒を破壊されながら、まったく焦っているふうではなかった。

 ひとまず、奴のことは意識の外に追いやる。


「マハト、一体ずつ片付けていくぞ」

「ああ。けれど、焦らなくていい。着実にやろう」


 魔導キメラの軍勢は、決して油断できる相手ではない。

 だが、俺たちにとってそれはもはや、戦いというより作業に近い感覚だった。

 大きな危険を伴う作業ではあるが、闘志をぶつけ合い互いの生き残りをかけた戦とは、肌感覚がまったく違う。

 イブナも俺も、そんな戦役の中で、相手の命を奪いながら生き延びてきたのだ。


 俺たちには、背負っている死者たちの重みがある。

 魔導キメラの材料にされてしまった死体の中には、俺が斬った相手もいるかもしれない。

 人形程度にくれてやれる命ではなかった。

 彼らの存在に脅威を抱いていた自分を恥じるべきだろう。


「姉様、右後方の一体を狙ってください。動きが鈍っています! マハトさんは支援を。ほかの個体が魔術を放とうと狙っています」


 後方からは、シャンナの的確な指示が絶えず続いていた。

 俺たちの戦いを後ろから見つめる優れた目がある。

それだけで、安定感がまったく違った。

 魔導キメラたちは、ハイカルの指示に忠実で、シャンナのほうは見向きもしない。


 ハイカルも、あえて指示を修正しようとはしなかった。

 離れた場所にいてできないだけかもしれないが、魔導キメラたちが一体ずつ行動不能になっているというのに、焦る気配が感じられない。


『そこまで。これ以上は見ていても退屈だ』


 魔導キメラも残り五体となったとき、ハイカルの声が再び響いた。

 俺たちは何が起こるのか、と身構えた。


 しかし、ハイカルの声と同時に、残るキメラたちはドームの四方へと散り、元々現れた場所へと消えていった。

 動かなくなった魔導キメラをかえりみることもない。


「待て!」

「イブナ、かまうな。それよりもハイカルだ」


 心情としては、あの魔導キメラたちの存在が許せないのはよく分かるが、あれは動く人形でしかない。

 倒したところで、さしたる達成感も湧かなかった。

 四方へと散ってしまった奴らを追いかけるのは、労力の無駄でしかない。


『おめでとう、君たちの完勝だ。正直、ここまで一方的な戦いとなるとは予想していなかったよ』


 まるで座興の感想をつぶやくかのように、ハイカルは軽い口調で俺たちの勝利を告げた。

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