第5話 つづく死闘 

 その一体のたてがみは純白で、先に対峙していたグリフォンよりも一回り小さく、全体的に四肢も細く見える。

 おそらく、最初に相手をしていたのがオスで、あとから現れたほうがメスだろう。

 とはいえ、人からすれば巨大な姿であることには変わりない。

 もしかしたら、つがいなのかもしれない。

 何より脅威なのは、メスの一体には飛び道具――真空の刃を生み出す能力があることだった。


「……どうする?」


 イブナに短く問う。

 緊迫感に、固い声が出た。


「見逃してはくれないだろう。腹をくくるしかない」


 イブナの返答にうなずくしかなかった。

 手が汗ばむ。

 遠くにいた一体は寄り添うように、先の一体の側に寄る。

 並んでみると、その威容は圧倒されそうなほどだった。


「こうなったら、わたしも後方支援だと言っていられない。共に戦おう」


 宣言とともに、イブナは腰の細剣を抜いた。

 しかし、それを構えるのもつらそうだった。


 グリフォンも自分を傷つけたのが、イブナの放った短剣だと気づいているだろう。

 今はこちらを警戒するように距離を取っているが、均衡きんこうが破られる瞬間は、そう遠くないはずだ。

 俺がイブナを止めたところで、二体のグリフォンが彼女を見逃すことはもうない。


 ――なら、俺にできることはただ一つ。


 力強く地を蹴る。

 そして、まだ動かないグリフォンたちの中央へと駆けた。


「マハトッ!?」


 イブナが驚きの声を上げた。

 心なしか、二体のグリフォンすら困惑しているように見えた。

 彼らの目にも自殺行為と映ったのかもしれない。


 超接近戦を仕掛け、イブナに向かうひまをグリフォンたちに与えない。

 彼女をかばいながら戦うには、それしか手がなかった。


 イブナに言われたとおり、腹ならくくっていた。

 作戦遂行中、思わぬ伏兵に遭遇し、挟撃きょうげきを受けたことなど何度もあった。

 絶体絶命としか思えない場面にも幾度となく遭遇したが、それでもなんとか生きている。

 結局のところ、それは運が良かっただけだ。

 今この時も、最後は必死で運をたぐりよせるしかない。


「おおおおッ!」


 己を鼓舞するため雄叫びを上げ、オスのグリフォンに迫る。

 当然、相手は前脚を振るい、迎撃してくる。

 紙一重でかわした。もう一歩踏み込み薙ぎ払う。相手も寸前で飛びすさった。


 横からメスの一体が迫る。爪ではなく、頭部を低くして体当たりを仕掛けてきた。

 地に転がり、やり過ごす。跳ね起き、再びオスの一体に迫り、突きを放つ。うるさげに相手は宙へと逃れ去った。俺は魔力を集中し、かざした手のひらから火球を生む。

 先ほどまでは深追いせず、回避に専念していたが、可能な限り追撃も試みる。

 やはり、かわされた。

 極限まで研ぎ澄ました意識に、大気のうねる音が聞こえる。振り向くことなく、跳んだ。次の瞬間、真空の刃が地を薙ぐ。今度も完全にはさけきれなかった。跳ぶ際に左脚を、鋭利な刃物で斬りつけられたような痛みが襲う。


 だが、致命傷ではない。

 一瞬、二体のグリフォンと俺のあいだに間が生まれた。


「マハト!」

「来るな、イブナ! また奴らに隙を作るのに専念してくれ」


 俺は戦いに集中しながらも、イブナに向けて叫ぶ。了承したかどうかは、確認しようもなかった。

 今度はメスのグリフォンを狙って斬りつける。

 相手もイブナを警戒はしているだろうが、性懲りなく迫る俺を無視できない形だった。

 俺も全身の痛みを無視する。

 何度も懐に潜りこもうと駆けまわり、相手の巨体から繰り出される攻撃をかわす。

 完全には避けきれないが、それでも致命打は受けずに済んでいた。

 

 しかし、宙を舞うまでもなくグリフォンの動きは素早く、俺の剣はまったく届かない。

 二体の連携も取れていた。

 膠着こうちゃく状態と呼ぶには、明らかに俺の方が劣勢だった。

 少しずつ、二体のグリフォンにすりつぶされていく感覚を抱く。

 これ以上、超接近の間合いで粘るのは限界だった。

 この状況を打破するためには――、


「伏せろ、マハト!」


 息が上がりかけていた俺の頭に、イブナの声が鋭く響く。

 伏せる、というよりも無様に地につまずくように、俺の身体はその指示に従っていた。

 その俺の頭上を飛び――、


 魔力の網が二体のグリフォンをとらえた。

 俺の目には、紫に輝く無数の光線が檻のごとく、巨大な体を覆っているように見えた。


「イブナ……!」


 振り向くと、魔力の網はイブナのかざした十指から伸びていた。

 彼女の魔術がグリフォンを拘束する。


 乱魔の病に冒された状態で、魔術を放つ。

 それは、どれほどの激痛を伴うものであろう。


「早くしろ、マハト!」


 おそらく、グリフォンが拘束されていたのは、一呼吸にも満たないあいだだっただろう。

 けれど、それはイブナが命懸けで作ってくれた”一瞬“だった。

 俺はすべての気力を込めるつもりで、大上段に剣を振りかぶった。


「はあああッ!」


 重い――だが、たしかな手応え。

 手にした一刀が、数多の戦場を共にした“終焉をもたらす者エンド・ブリンガー”でなければ、おそらく衝撃に耐えきれなかっただろう。


 稀代の名刀は、魔獣の首をも両断していた。

 血しぶきをあげ、オスのグリフォンの首が飛ぶ。


 だが、次の瞬間には魔力の網は消滅していた。


「イブナ!」


 振り返ると、イブナは地に倒れていた。

 駆け寄る間もなく、


 ――ウオオォォン。


 グリフォンのあげた、慟哭にも似た鳴き声が響いた。

 そして、真空の刃が至近距離から襲いくる。


 今度は直撃に等しかった。

 かろうじて地に伏せたものの、回避効果は無かったようなものだ。


「ぐあああっ」

 

 全身を見えざる刃に刻まれ、俺は地面を転がった。

 意識が飛びかける。

 かろうじて見開いた視界の端に、メスのグリフォンの迫りくる姿が見えた。

 俺は迎え撃とうと地を踏みしめたが、身体に力が入らず、立ち上がれなかった。

 全身から血が流れる。


 巨体が、目の前に迫った――。

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