第26話  後ろの正面、見たい?

 なんてこった。


 魂を取り返すのに、まず「犯人捜し」をしなければならなくなったのだ。

 つまりだ。死ぬときにはちゃんと相手を確認して死ねってことなんだろうけど、いやそういうことは先にだな……


 しかし今回はどうしようもない。まったくの不意打ちで、その暇がなかった。

 手掛かりとなるのは唯一、一緒にいた大宜津姫なのだが……


「知らない可能性がある? なんでだよ。目の前にいたんだし」

「この世界は、キミが『扉』をくぐるたびに、その時点での人間の『総意思』によって生み出されるらしくてね。キミが『殺された』という出来事が人間の意思に影響を及ぼしていない限り、それは『無かったこと』になる」


 ……つまりだ。佳弥によると、『扉』をくぐるたびに世界が『リセット』されるらしい。


「ただ、キミを殺した者は、キミの魂を持っていることを『自覚』している。それだけが手がかり、かな。さあ、行こうか、虎守くん。犯人捜し、だね」


 越鬼神社の社殿から神話世界への『扉』はもう開いてある。佳弥に導かれ、暗転した視界が回復すると、そこは黄泉比良坂ではなく、姫がいる村の、俺たちにあてがわれた竪穴住居の中だった。


「ここからやり直し、だね」


 ここがいわば『セーブポイント』ということだろう。部屋の中には服が置かれていたが、食事のお膳はもうすでにない。


「俺がここを出たとき、くらいかな」

「そうだね。キミがボクの着替えを覗いたあたりかな」

「ちょ、待て。わざと覗いたわけじゃないぞ。あれは事故だ、事故!」


 俺はすぐさま抗議の声を上げたが、佳弥は涼しい顔で――口元にはわずかばかりの笑みが見える。

 揶揄ってやがる。まったく。


「へぇ。ところで虎守くん。ボクは今から着替えをしようと思う」

「そ、そうか。じゃあ外に出ておく」


 慌てて住居から出ようとしたが、佳弥が俺の腕をつかんでそれを止めた。


「危険が迫っているかもしれない。ここにいてくれる、かな」

「うぇっ? で、でも、だな、お、俺に見られるのも、い、いやだろ」


 どういうつもりだ。というか男の着替えになんで俺はこんなにも焦ってる。


「後ろを向いていてくれればいい」

「あ、そ、そうか、そうだな」


 なぜがほっと安心し、俺はそそくさと佳弥に背を向け、床に座った。

 というか、なんで男の着替えにここまで気を使わなきゃいけないんだよ――いや、まあ、佳弥は心が『女の子』だから、なんだけどな。


 というか……そろそろ学校でプールがあるんだが、佳弥、どうするつもりだろ。まさか女ものの水着を着るとか、ないよな……なんかありえそうだな……


 俺の背後では、布の擦れる音、それが床に落ちる音、そしてまた布の擦れる音。それ以外には、二人の息遣いだけが部屋の中にささやいでいる。


「虎守くん」


 突然に佳弥の声。


「な、なんだ?」

「……見たい?」


 ぶはっ!!


「ば、ばか言うな」

「見ても、いいよ」


 ……ふぁっ!?


「いや、おま、何言って」

「見て、欲しいんだ」


 言葉が途切れる。

 なぜだろう、すっごく、そりゃもうすっごく息苦しい。


 よく考えろ。振り返ったところで、目の前にあるのは男の裸だ。

 剣道部じゃ、部室でパンイチで騒ぐなんて当たり前だった。そこに羞恥心などという不純物は一切混在していない。


 佳弥は心は女の子かもしれないが、体は男だ。パンツとブラが女もんってだけ。ただそれだけ。俺は何を緊張してるんだ。バカだろ。


『はいはい、見りゃいいんだろ』と軽口たたいて振り返ればいい……


「は、は、み、い、だ」


 意志に反して意味不明などもり声だけが俺の口から出ていく。俺は下を向いたまま、錆びついた機械仕掛けの人形のような動きで、体を回転させた。


「顔を、上げて、いいよ」


 しっとりとした佳弥の声。

 顔を上げたら、俺は、そして俺たちは、何か違う『ステージ』へと進んでしまうんじゃないだろうか。


 もう戻れない、『薔薇』の世界が待っている――


 しかし一方で、俺の心の奥底から、そうしたいという得体のしれないドヨドヨとした欲望が体をなめるように這い上がってくる。もう俺にとって佳弥は、『旅のパートナー』はおろか、『男友達』でもないのだろうか……


 俺はゆっくりと、顔を上げた。 


「はい、お待たせ」


 白の上下、ワンピースのような上着とダフッとしたズボンをはいた佳弥が、クスッと笑いながら立っている。


 ……おい。


「佳弥、からかったな!!」

「さあ、何のことか、分からないな」


 顔から笑みを消し、佳弥はツンと澄ました顔を作った。


 はっず!!


 恥ずかしさをごまかすために、怒って見せようとして……外から声がかかった。


「入ってもよろしいですか」


 不意の出来事に、俺と佳弥で顔を見合わせる。


「はい」


 部屋の入口に立ててある戸を開けると、そこに従者を何人もつれた大宜津姫が立っていた。


 ……話が変わった?

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