第25話 やっと……やっと気づいてもらえた!

 唇に柔らかい感触。口の中に、どこか懐かしさを含んだ爽やかな酸味が広がる。

 目を開けると、真ん前に俺を見つめる黒い瞳。


「佳弥……俺、死んだのか?」

「うん、そうみたい、だね」


 もうだいぶ見慣れてきた神社の社殿の中。結界とも魔法陣とも見える、縄に囲まれた空間。

 佳弥が復活の儀式をしてくれたのだろう。佳弥は制服ではなく、神話世界でもらった服でもなく、黒っぽい上下の単衣と袴姿だった。


「何が、あったの」


 体を起こした俺に、佳弥が怪訝な顔で尋ねる。


「何が……分からない」


 何があったのか、俺の方が聞きたいくらいだ。


「分からない?」

「あ、ああ。いきなりだった。何にやられたのか、全然分からない」


 俺の返事に、佳弥は少し困った顔を見せた。


「とりあえず、状況を話してみて」

「お、おう。大宜津姫と祭殿の中で話をしていた」

「それで」

「姫が俺に近づいて」

「うん」

「ドンって衝撃が、頭に」

「……いまいち状況が分からないけど」


 まあ、そうだろう。なにせ俺もよく分からないんだから。


「姫にやられたってこと、かな」

「いや、そうじゃなかったと思う」

「じゃあ、誰に?」

「それが……分からない」

「他に誰がいたのかな」

「いや、他には誰もいなかった」

「じゃあ、姫にやられたのだろう」

「いや、違うと思う」


 いや、自分でもよく分からないだけに、これ以上言葉で説明したところで分からないわけで。

 そこで、状況を再現することにした。

 

 佳弥を姫に見立て、まず向かい合って座る。

 そして佳弥が俺に近づき始めた。


「これくらい、かな」

「いや、もっとだな」

「こう」

「もっと」


 佳弥がほとんど密着状態にまで近づく。


「それくらい」


 俺の言葉に、佳弥が極めて不機嫌な表情になった。


「ど、どした」

「姫と二人きりだったんだよね」

「あ、ああ、そうだ」

「この距離で、一体何をしてたんだい、虎守くん」

「は? べ、別に何もしてないぞ。ただ、姫が『お願いがある』って言って、お、俺に近づいてきただけだ」

「へぇ……」


 いや、ちょ、なぜに?

 佳弥は俺をすっげー疑いの目で見ている。というか、何を疑われているんだ?


「どんなお願いをされたのかな」


 佳弥の手が俺の首にかかる。


「そ、それを聞く前にどんっってなってしまったから、分からん」


 佳弥の手に、少しだけ力が入った。少しだけの息苦しさ。


「他には何も?」

「あ、ああ、なんもしてないぞ」

「ふぅん。こういうことも、かい?」


 佳弥は俺の首を『絞めた』状態のまま、俺にキスをした。

 もう……『治療行為』なんてものじゃない。お互いの舌と舌が絡み合う……


「だよね。ボクがいるのに、他の女とそんなことしないよね」


 唇が離れると、佳弥はそう言ってほほ笑んだ。


 ……な、なにこの脅迫めいた確認。

 ボクがいるのにって、いや、いつの間にそんな関係になってるんだよ。

 ってか、おま、男じゃ……


 はっと、思い出した。蘇る衝撃シーン。


「か、佳弥さ、もしかして」


 そこで俺は言葉を飲み込む。『心は女の子なのか?』なんて質問、デリカシーがなさ過ぎだ。


 いや、きっとそうに違いない。そうだという前提で話を進めよう……でも気になる。確かめたい……


「虎守くん」

「は、はひ?」

「見た……んだよね。ボクの」


 何を? とは聞かなかった。


「み、見るつもりはなかったんだが、すまん、見えてしまった」


 女もののパンツ。


「じゃあ、もう、ボクの秘密、分かったんだよね」


 ゴーンという鐘の音が、俺の頭の中に響き渡る。

 やっぱり、やっぱりそうなんだ。『秘密』だったんだ。


 佳弥の心は……


「女、なのか」


 俺の問いかけに、佳弥は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「うん」


 そう、だったのか……


「じゃ、じゃあ、佳弥のこと、女の子として扱った方が、いい、のか?」

「み、みんなの前では、男性として接してほしい」

「そ、そうか。お、おっけーだ。ふ、二人の時は?」

「そ、それは、もちろん、今まで通りで……」


 今まで通り――一体俺たちは、どういう関係なんだろう。

 男同士。でも片方は女の子の心を持っている。キスをする仲。でもそれは治療行為。


 ……さっきのキスは、なんだったんだろ。キスをすることに抵抗がなくなっている。男同士なのにな。


「わ、分かった。と、とりあえず魂を取り返しに行こう。姫に会えば、誰が俺を殺したかわかるんだろ?」

「そ、それがだね……」


 俺の言葉に、佳弥がかなり困った顔を見せた。


「なに」

「分からないんだ」


 は?


「どういうことだ」

「キミの魂をだれが持っているのか、見ただけでは分からないんだ。キミを殺した『犯人』を見つけないと、ね」


 ……はああああ!?

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