第10話 待ち合わせ

「……ではこちらからも条件がありますわ」

「なんですか結さん? なんでも言ってくださいまし。わたくしたちは友達なのですから!」

「まず、今日のことは誰にも言いふらさないこと。そして、私にあなた以外の友達ができたらさっさと関係を解消すること……ですわ」


 結は乃慧流の返答を待たずに話を切り上げると、乱れた服を直して乃慧流の部屋からそそくさと出て行こうとした。しかしそんな時、乃慧流が口を開く。


「ええ、そうしましょう。まあ、本当に結さんにわたくし以外の友達ができれば……の話ですが」

「できるに決まってますわ!」


 そう語気を荒くして結が部屋から出ていった後も、乃慧流は部屋に残った幼女ロリの余韻を楽しむように、ずっと微笑んでいた。



 ☆ ☆



 翌日、天王寺結は御幣島の運転で星花女子学園に送ってもらう道すがら、彼から乃慧流の情報を聞いていた。


「先日の女の身元について調べ上げました」

「聞かせてくださいまし」


「奴の名前は神尾乃慧流。父親が大手銀行勤務で母親がハーフモデルというそれなりの金持ちのようですね」

「それなりって……天王寺グループの総資産と比べてどの程度ですの?」

「それはもちろん、比べるまでもありませんが……」


 困ったような顔をする御幣島に結が澄ました表情で返す。


「ふふっ、冗談ですわよ?」


 御幣島のいつもの様子を楽しむように笑う結だったが、我に返ったように咳払いすると真面目な顔を作った。そして尋ねかける。


「それで? 他にはどのような情報が?」

「ええ、それがですね。乃慧流本人には1つを除いて欠点らしい欠点がないんですよ」

「……へぇ」

「成績優秀でスポーツ万能、オマケに見た目も優れているから異性にはかなりモテるとか。人当たりもよく周囲には好印象を抱かれているようです」

「ふん……いけ好かない奴ですわね」


 嫌悪感を露わにする結を見て、御幣島は苦笑いする。そしてこう続けた。


「まあ、唯一の欠点が重度のロリコンってことですね。お嬢も気をつけた方がいいですよ?」

「ご心配どうも。でも私はあれしきの女に屈するような人間ではありませんのよ。──既に手は打ってあります」


 自信満々の様子でそう語る結だったが、御幣島はまだ信用ならないという顔で口を開いた。


「大丈夫ですかねぇ……?」

「もちろん。こちらから近づいて友好を示しておき、相手の油断を誘いますわ。そして弱みを握って色々と……」

「お嬢も大概考えておられることがオヤジやアニキと大差ありませんなぁ……」

「血は争えないものですわね」


 そんなやり取りをしているうちに車は星花の校門に到着したようだ。駐車場に停車した車を降りたところで、一人の女子生徒が結の元へ駆け寄ってきた。乃慧流であった。


「結さーん!」


 そう言ってこちらに向けて手を振る彼女の屈託のない笑顔を見て、結も僅かに口元を綻ばせる。だがそれは昨日までの冷たいものではなく、どこか嬉しそうなものだった。友達と待ち合わせをしたという経験がほとんどない結にとって、仮とはいえ友達ができたことへの喜びが現れていたのかもしれない。──現に結が浮かべている笑みは昨日までの作り笑いのそれとは異なり、柔らかいものとなっていたのだ。

 そんな結の元へ、乃慧流が駆け寄ってくる。


「ごきげんよう乃慧流さ──っ!?」


 結が挨拶を終えるのを待たずに、乃慧流は勢いそのままに結に抱きついた。不意を打たれてた結は、その場から一歩も動くことができずに声を上げる。


「ちょ──乃慧流さん!? 何をするんですの!?」

「良いじゃありませんかぁ~! 久々の再会ですものね! うふふ」

「昨日会ったばかりですわよね!?」


 そんな声を聞きながら運転席の御幣島は面白そうにクツクツと笑っていた。


「あんな楽しそうなお嬢を見るのは久し振りだ」


 どこか嬉しそうにそう呟く御幣島をジロリと睨みつける。すると御幣島は「お気をつけて」とばかりに軽く手を上げると車を出した。

 なおも強くハグをしてくる乃慧流に対して結は抵抗するのを諦めると、小さくため息をついた。


「まったく……朝から気持ち悪いですわねあなたは……」

「友達ならこれくらいのスキンシップは当たり前ですわよ?」

「そうなんですか?」


 結が純粋な様子で問い返すと、乃慧流も満足した様子で頷くとこう答えた。


「ええ、友達なら手繋ぎやハグから、キスや下着の見せ合い程度は日常茶飯事ですわね」

「それはさすがに嘘でしょう……」

「ちなみに結さん、今日はどんな下着をつけているのかしら? 少し拝見しても?」

「きゃっ!? やめなさ──ひゃう!?」


 調子に乗った乃慧流は結のスカートに手を伸ばしていた。そして悲鳴をあげた結だったが──すぐにスカートの裾を押さえて難を逃れる。


「時と場所をわきまえてください。怒りますわよ?」

「ふーん、では時と場所によってはしていいのですわね?」


 そう言ってまたしても手を広げる乃慧流であったが、今度ばかりは結の逆鱗に触れてしまったらしい。結が嫌悪感を隠すこともせずに言葉を返した。


「気色悪い。近寄らないでくださいまし……」

「まあ冷たい! でもそれが良いんですのよねぇ……」


 独り言のようにそんな感想を呟く乃慧流に、結は呆れたような表情を見せた。


「これだけ拒絶しているというのに……全く、あなたのメンタルは無敵ですの?」


 そんな結に向かって乃慧流はクツクツと笑いを浮かべて口を開く。


「わたくしにとっては結さんとこうやってお話ができる時間が何よりも代えがたい宝物なのですわ」

「急に少しエモいこと仰らないでくださる?」

「あら照れました? うふふ、やっぱりぼっちの結さんには刺激が強すぎましたわね」

「余計なお世話ですわ。──では、私は行きますわよ」


 不愉快そうに乃慧流を睨みつけると、さっさと教室に行こうと歩き出した結であったが……その腕をがっしりと捕まえられてしまう。そして、まるで子どもを連れる保護者のように、乃慧流は結の手を引いて歩き始めた。


 もはや結は抵抗することを諦めていた。ハグされたりスカートを捲られたりすることに比べたら、手を引かれることなど可愛いものだ。──と思ったのだが、傍からはそうは見えないらしい。

 一見仲睦まじく見えるその様子に、行き交う生徒たちが皆羨望の眼差しを向ける。そして口々にこう呟く。


「おねロリだ……」


 と。


「……大丈夫なんでしょうか」


 顔をほんのりと赤らめながらボソリと呟く結だったが、いつの間にか昇降口にたどり着いていた。その結に乃慧流は言った。


「それでは結さん。わたくしは自分のクラスに向かいますけど、またお昼にでも」

「えぇ……?」

「あら、死ぬほど嫌そうですわね? 友達ならお昼ご飯をご一緒するのは当たり前ですわよ?」

「うぅ……」


 観念した様子の結に微笑むと、乃慧流は勝ち誇った表情をしながら優雅に自分の胸に手を当て、なにか高らかに宣言しようと息を吸い込んだ──時、背後から何者かにヘッドロックを決められ「グェェッ!?」と乙女らしからぬ声を上げる。


「神尾乃慧流! また貴様か! 昨日も小さい子を拉致しているところを見たという者がいるぞ? 本当に懲りないな貴様は!」


 乃慧流を背後から襲撃したのは、風紀委員の須賀野守だった。


「す、須賀野軍曹……ち、違うんです彼女はわたくしの友達で……そうですわよね? 結さん?」

「違います。こんな方知りませんわ」

「結さん!?」


 あっさりと否定する結に、乃慧流は思わず声を上げるが、守は容赦する素振りを微塵もみせずにまくし立てた。


「己自身の行いを正当化するために見え透いた嘘をつくな神尾乃慧流! 指導が足りんようだな? 今から特別指導をしてやってもいいぞ? 明日は筋肉痛で動けなくなるだろうがな」

「うっ……」


 守は乃慧流の頭を抱えたまま引きずるようにして連行していく。


「結さ〜ん! またお昼休みに!」

「普通の人間ならとっくに意識を失ってもおかしくないキマりかたをしているのに、何故平気そうに発話できる? 貴様、神尾乃慧流! 並の鍛え方をしていないな? さては某国のスパイ養成所出身か!?」

「なんのことかさっぱりですわ〜?」


 結は騒がしく遠ざかっていく二人を冷めた目で眺めていたが、やがて深いため息をついた。


「なんだか……この学校は疲れますわね……」


 だが、それは結にとって不愉快かというと必ずしもそうではないようで、少なくとも結の『ロリ』な部分にしか興味のない乃慧流の存在は、今まで周りにいなかったタイプだったから退屈するということもなかったらしい。彼女の変態的な行いにウンザリしながらも、どこか次はどんなことを仕掛けてくるのやらという、一種の好奇心にも似た感覚が結の胸の内に生じているようだった。

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