第9話 交渉成立?

 恍惚とした表情で言う乃慧流は、まるで獲物を見るかのような目で結のことを見つめ、ゆっくりと手を伸ばすと結の頬に指を這わせる。ゾワっとした感覚に嫌悪感を露わにする結だった。が、抵抗は虚しくそのまま押し倒されてしまうことになるのである。


「ふふ……ようやく二人きりになりましたね? あぁ、嬉しい……これでやっと結さんを味わえますわ……」


 乃慧流の言葉に結の表情が凍りつく。しかし、そんなことお構いなしといった様子で乃慧流は制服のリボンを緩めながら結に近づいていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて制止するが乃慧流は止まらない。それどころか、結の制服のボタンに手をかけて器用に外していく。


「な、何をしてるんですか!? 私にこんなことをして……ただで済むととでも??」


 結は必死に抵抗しようとするのだが、やはり敵わない。そしてとうとうボタンが全て外されてしまい、可愛らしいウサギのようなキャラクターがプリントされた下着姿が晒されることとなった。羞恥で顔を赤くする結。


「ふふ……可愛らしい下着ですわね?……ああ結さんの素肌に触れることができるなんて、とても嬉しいですわ」


 恍惚の表情を見せる乃慧流に対し、結はさらに抵抗しようとする。


「この痴れ者め! 離しなさい!」


 しかし、そんな言葉など意にも介さず、乃慧流の手が結のお腹を撫で回してきた。その瞬間にビクッと反応してしまうものの結は必死に耐えようとする。


(こ、こんな屈辱……耐えられない……!)


「ねぇ結さん、今どんな気分ですの? 教えてくださらないかしら?」


 ニタァと笑いながら煽るような口調でそう言う乃慧流に、結は何も言えずに言い淀む。だが──結が観念したように抵抗を止めた途端、乃慧流は残念そうにため息をついた。そして口を開く。


「あら? もう諦めてしまうのですか?」

「──まさか」


 結は乃慧流の隙をついて、彼女の手に思いっきり噛み付いた。痛みに顔を歪める乃慧流だったが、それもほんの束の間のことで、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ、可愛らしい抵抗ですこと……」

「動かないでください!」


 結は乃慧流の拘束から逃れると、猫を象ったピンク色のキーホルダー──非常通報装置をポケットから取り出し、目の前に掲げるようにして乃慧流を牽制した。


「あなたなら、私が何者なのか分かっているはずですわね? これを使えばあなたタダでは済みませんわよ?」

「ふふふ……まあ、それは大変! どうしましょう?」

「何が可笑しいのですか! あなた、自分の置かれている状況が理解できませんの?」

「ええ勿論! 分かっていますわ?」


 乃慧流の即答に唖然とする結に対し、彼女は続けた。


「結さんがそれを使わないことは分かってますので!」

「なっ……」

「星花の中で騒ぎを起こせば、ただでさえ孤立しがちな結さんにとってはマイナス。そればかりか、ご家族に色々学校生活を制限されることにもなりかねない。……結さんはそれが何よりも嫌なはずですわ!」

「────!」


 全てを見透かしたような表情でこちらを見上げてくる乃慧流に、結は何も言うことが出来なかったが、その表情が途端に怯えたようなそれへと変わる。──それを見て乃慧流は満足げに笑みを浮かべた。


「図星の様ですわね」

「……」

「どうして分かるのか、不思議ですの?」

「え?」


 図星を突かれたばかりなのに乃慧流の言葉に疑問の声を上げる結。そんな彼女を見ながら、乃慧流は目を細めて言葉を続けた。


「どうして分かるか。そんなの簡単ですわよ──わたくしがあなたと運命の赤い糸で結ばれた前世からの恋人だからですわ!」

「……またそれですの?」


 呆れたようにため息をつく結に対し、乃慧流は気分を良くしたように微笑みながら口を開く。


「うふふ。いつか信じていただけたら嬉しいのですけれど。ともかく、星花でその非常通報装置が使えないのは事実でしょう?」

「……何が望みですの?」


 諦めた様子で結がそう言うと、乃慧流はクスリと笑ってこう言った。


「話が早いですわね結さん。では、取引をしましょうか」

「取引……?」


 結が警戒した様子を見せると、乃慧流は続けて言う。


「ええ、そうですわ。結さんが今一番欲しいもの──『友達』にわたくしがなって差し上げましょう」


(なんですって……!?)


 目を大きく見開き驚く結だったが、無理もない。なぜなら、それは彼女が長年欲していたにも関わらず、まともに手に入れることができなかったものだったのだから。そんな心中を見透かすように乃慧流は微笑むとこう続ける。


「ふふ、驚いてらっしゃいますわね? これはあなたにとっても悪い話ではないはずですわ。その代わり──」


 乃慧流のもったいぶった様子に、結はゴクリと喉を鳴らした。が、乃慧流が続けた言葉は結の予想を裏切るものだった。


「わたくしから求めるものは何もありませんわ」

「えっ?」

「わたくしも結さんと友達になれればそれでいいんですの。……まずはそれで」

「しかし、それでは取引になっていないのでは?」


 結の疑問は最もであったが、乃慧流もそれを否定するようなそぶりを見せなかった。


「あら、どうしてです? 取引とは、双方が望んで成立した時に初めて成立するものですわ。脅して無理やりいいなりにするのもそれはそれで良いのですが、わたくしと結さんはそういうような関係ではありませんでしょう?」

「……でもさっき無理やりしようとしましたわよね?」

「それはその……つい自分を抑えられなくなってと言いますか……とにかく、わたくしは結さんを無理やりどうこうするつもりはありませんのよ本当は!」

「……まあ、いいですけれど。それより、本当にこれだけで良いのですか? 何か企みがある……とかではなくて?」


 警戒する様子を見せつつ訪ねた結だったが、対する乃慧流は気にした風もない。そして笑って頷くと言った。


「なくはない……ですが、まずは友達からといいますからね。結さんに『友達』とはどのようなものなのかしっかり教えて差し上げないといけませんわ」

「なんだがものすごく嫌な予感がするのですが……確かに友達ができないままでは祖父や御幣島に何を言われるか分かったものではありませんし」


 ジト目になる結に構わず、乃慧流はドヤ顔で続けた。


「まあいいじゃありませんか。ともあれ──交渉は成立ですわね!」

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