第4話

 数日後、星降堂に鳥獣人のお客様が二人やってきた。

 一人は、この前も来た男の人。一人は小さな女の子で、多分僕より年下。二人とも黄色い羽をしていたから、多分親子なんだろう。

 と、すると。男の人――つまりお父さん、かな――が欲しがってた「歌を上手にする道具」は、この女の子のためのものなんだろう。


「やあ、いらっしゃい。注文の品、できてるよ」


 魔女さんはお父さんの方に近づいてそう言うと、僕に目配せした。

 僕はカウンターの下からオルゴールを取り出した。これが、お父さんから頼まれてた品物。「セイレーンのオルゴール」だ。

 劇場みたいな台座に、翼が生えた女の子の人形が立っている。ゼンマイを回すと、内蔵されたオルゴールが曲を奏でる。それに合わせて歌の練習をすれば、あっという間に歌が上手になるらしい。

 魔女さんの手作りだ。


「そ、それがですね……」


 僕が魔女さんの隣に並ぶと、お父さんは表情を暗くした。

 隣で、鳥獣人の女の子が怒ってる。ツンとそっぽを向いていた。


「やっぱり、歌が上手くなればというのは、お父さん、君がそう望んだだけだね?」


 魔女さんは肩をすくめた。お父さんはがっくりと肩を落として頷いた。

 女の子は魔女さんを見上げる。


「私、友達は確かに少ないけど、困ってはいないの。ううん。今の友達がとても大切で大好きなの。不満には思ってない。

 私は絵を描くことが好きだし、歌にはあまり興味無い。だから、オルゴールもいらない」


 女の子は、本当に小さな声だったけれど、きっぱりとそう言った。

 つまり、魔女さんが言った通りだったんだ。


「ですので、今回はキャンセルということで……キャンセル料は、最初にお支払いした羽根で相殺そうさいしてください」


 お父さんはしおしおとした表情だった。きっと女の子に怒られたんだろう。

 つまり僕達は必要のない材料を取りに行って、必要のないオルゴールを作ったということ?


「そうなるだろうと思ってね。実は違うオルゴールも用意したんだ」


 魔女さんは僕に目配せする。

 察しの悪い僕は、その目配せの意味が暫くわからなかったけど、ややあって思い出す。マーメイドの涙を使って作ったオルゴール、実はもう一つあるんだ。

 僕はカウンターに戻ると、もう一つのオルゴールを抱えて持って行った。鳥籠から飛び立つ黄色い鳥のオルゴール。


「これは……?」


 お父さんが尋ねる。女の子も興味津々だ。

 魔女さんは微笑んでこう言った。


「これはただのオルゴール。何の変哲もない、ただのね。でも、この中には君の羽根が使われているんだ。

 どんな音色を奏でるか、持ち帰って聴いてみるといい」


 女の子は、そのオルゴールを気に入ったようだった。


「すごく可愛い。ねえねえ、この鳥はなぁに?」


「これはオカメインコだよ。可愛いだろう?」


「ええ、とっても!」


 女の子にとっては、オルゴールの音色より造形の方に興味があるみたいだ。お父さんは、オルゴールを大切に抱える女の子を撫でながら、星降堂を後にした。


「いやー、昨日は徹夜したよ。いや、私にとっては徹昼かな?」


 魔女さんは、面白くも上手くもないことを言いながら、「くひゅひゅ」と引き笑いしてる。

 僕は、そんな魔女さんの横顔を見上げた。


 魔女さんは、いつでも何でもお見通し。もしかしたら、最初から必要のないものを作っていると気づいていたかもしれない。じゃあ、何でこの仕事を断らなかったんだろう。


「なぜ断らなかったのかって? いつものアレだよ」


 僕の心を読んだ魔女さんは、見せつけるように手を開いた。


 目が覚めるような、明るく光り輝く黄色い宝石。


「さっきの女の子から貰ったんだ。『意志』という宝石をね。もっとも、彼女自身は意志をくれたことに気付いていないだろうけど」


 魔女さんは、これを集めている。

 いくつかの異世界を渡り、魔法道具を人々に渡す。何度かお客様とやり取りする中で溢れた、お客様の強い想いや学びは、美しい宝石となって魔女さんの手の中におさまる。


 僕が弟子になる前も、なってからも、魔女さんはこれを集め続けている。

 何故かはわからない。何に使うのかも。

 何度聞いても、答えはおんなじ。


「何に使うのかは、ナイショだよ」


 この時もそう。

 魔女さんは、人差し指を唇にあてて、ウィンクしながらそう言った。



✩.*˚

『星降堂の魔女の弟子』おしまい

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