34.白銀の魔術師

  遡ること三百年前、天魔大戦と呼ばれる大戦があった。

 "人"から生まれた始まりの人族ひとと呼ばれし天人族と魔人族。

 彼らは太古から争い続け、一番記録に新しい物が天魔大戦だ。

 この大戦に関し歴史書として記録された書物は数多くあるが、そのどれにも記載されていない事実がいくつかある。

 その内の一つが天人族にも魔人族にもくみさない存在もの

 強大な魔力と聖神力を持ち、魔術と聖術の使い手にして黒と白の片翼ずつの黒白翼をその背に持つ。

 腰まで流れる白銀の長髪。創造の"神"により創られたと思わせるほどの造形美。

 天人族に仇なし、魔人族をころす美しき殺戮の白銀の魔女プラータ

 そして三百年前にその魔女と最後に相対したのは天人族の聖守護騎士ヒューノル・ド・ブラウ。

 十日十晩、戦い続けた末に暴走し、天魔滅殺デストラクションと化した魔女に転生封印術【神封万象フェルシュリーセン】をかけて自分自身ごとその身を封じた。

 彼には特殊能力パッシブタレントがあった。能力名を【分かち合う奇跡ディストリビュート】。

 この能力は、使用する聖術の効果を自身にも反映する代わりに完全成功する。

 かける相手の魔術抵抗力がどれほど高くても抵抗力を無視し、どんなに難しい聖術であっても100%の成功率で発動する。

 当然ながら三百年前に使った【神封万象フェルシュリーセン】も成功し、魔女と共に転生封印された。

 魔女は人間の少女に転生し、彼は妖精人族フェアリーの姿に転生した。

 三百年の時を経て――というのは誤算だったが。


 そして現在いま

 特級魔術の巻物スペシャル・スクロールに付与されていた【神封破ディオステア】により真なる姿を現す。

 聖なる蒼に染められた全身板金鎧フルプレートアーマーに身を包んだその姿は人間の普通の青年に見える。しかし、力ある者が見れば彼の強さ、聖神力の大きさに気付くだろう。

 首元までサラリと伸びた蒼き髪は獅子のたてがみを思い起こさせる。

 ヒューノル・ド・ブラウは右腕を掲げると、聖神力を粒子結晶化させて聖剣と成す。

 その手に確かな手応えを感じた彼は、両手で聖剣バスタードソードを構えると一気に真魔人デュークとの間合いを詰める。


「おおおおぉぉ!」

「天人族だとぉぉ!!」


 予想だにしなかった展開にデュークの反応がわずかに遅れた。

 黒翼をはためかせて上空へとその身を運ぶが、ヒューノル・ド・ブラウの上段から振り下ろされた一刀を完全には避けきれず、右肩から左の脇腹へと刀傷がはしる。

 聖剣で付けられた傷は著しく回復が遅くなる。


「ぐッ! おのれぇぇぇぇ!!」


 怨嗟を叫びデュークも血刀ファルシオンをその手に作り出す。

 追撃の為、白き翼を出して空に上がって来るヒューノル・ド・ブラウを迎え撃つべくデュークは降下する。

 剣と剣がぶつかり合う。

 剣技ではヒューノル・ド・ブラウ。

 体術ではデューク。

 攻守を入れ替えながらのせめぎ合い。

 剣術ではなく武術としての剣技を扱うデュークの太刀筋は曲線的で縦横無尽。しかし、それ故に純粋な剣術の一刀よりもやや威力が軽い。

 ヒューノル・ド・ブラウはそのことごとくを受けきってみせる。

 一方、彼の剣術は武器たる剣を使うすべ。太刀筋は鋭く速く重い。しかしながら直線的な動きは予測し易い。

 デュークは剣で受け、時には牽制しつつ大胆に蹴りで太刀を払う。

 表向きは五分の攻防に見える。だが。


(くそッ! 身体が重い。聖神力が練れない!)


 確信的に理解する。もう長くは持たない。


『――この術式の記述から判断すると、おおよそ数分といったところだろう』


 大賢者の言葉が思い浮かぶ。

 やはり不完全な【神封破ディオステア】では封印を完全には解除出来ないらしい。

 それ故に隙が生じたのだろうか。

 デュークの剣の一撃を完全には防ぎきれず、剣が横に流れる。

 その好機を逃さず、デュークは一気に懐に飛び込むと掌底をヒューノル・ド・ブラウの鎧に当てる。


「【魔掌破山ましょうはざん】ッ!」


 鎧をとおして衝撃波が胸部を突き抜ける。


「がはッ!!」


 遅れて身体が地表へ向けて吹き飛ばされ、地面に激突して大きな窪んだ円形クレーターを作った。

 

「トドメだッ!」


 血刀ファルシオンを投げ捨てると、デュークは上空で右腕を伸ばし左手は右の肩を押さえる構えをとる。

 対物理系魔術の詠唱をしようとしたその時。


「――ッ!?」


 強大な力の気配を感じ、視線をそちらに向ける。 

 飽和状態を超え、溢れた魔力が放電して弾けている。

 その中心に彼女はいた。

 渦巻く魔力に白銀の髪と纏った外套マントをなびかせ、悠然と立つその姿は神々しいとさえ表現出来るが、纏う気は魔族の妖気に似たそれ。

 夜会の美姫が纏うドレスのように大胆に背と胸元が大きく開いた光沢のある黒のレザースーツは、むしろ楽園フォーリングタウンの色街に似つかわしいほどに妖艶であった。

 聖邪の二面を持つ者。


「――馬鹿な! 一体、何だアレはッ!?」


 断じて魔人族ではない。さりとて天人族とも思えない。しかしながら魔人族じぶんと同等かそれ以上の"存在感ちから"を感じる。


「あり得んッ! あり得ぬわッ!!」


 激昂に駆られヒューノル・ド・ブラウに放つはずだった魔術を魔女へと変更し、右腕を魔女へと向けて魔術詠唱を始める。


 深淵の闇より 出でて 

 切り裂き潰せ 闇影かげ御手みて


 【邪神潰滅掌マリーグノ・ザ・ハンド


 魔術が発動した瞬間、デュークの右腕が影となり巨大な手の平が魔女へと伸びていき握り潰そうとその身を掴んだ――かに見えたが。

 魔女の周りを取り囲む防御結界――極少結界陣チャフが影手から彼女を護っている。

 

「おのれぇぇぇぇッ!!!」


 叫ぶと同時にデュークの腕の根元から影の腕が二本、三本と次々と伸びていき、合計五つの手の平が取り囲む。

 それでも。


「何故だッ! 何故押し潰れぬ!!」


 デュークは焦りの感情いろを滲ませる。

 生涯の中、幾人もの天人族を屠ってきた魔術であるはずなのに。

 さらに魔力を込めていく。それでもなお変わらず――否。変化はあった。

 今にも潰さんとする五つの影手の中から魔術の詠唱が聞こえてくる。

 


 開け 蒼天の霊櫃れいひつ


 我が意にく応えよ

 盟約に従い 開放せしは 紅蓮の鉄槌

 慈悲もちて 全てを灰燼かいじんと化せ


超新星爆裂陣ヴァーミリオン・ノヴァ


 

 圧縮された力場マナが天空より降ろされ【血線臥籠ブラッドケージ】を容易に破ると、大地を打ち据えた力場マナは圧縮限界を迎えて四方に開放される。

 ドンッ! という爆裂音が先に聞こえ、少し間を置いて追いかけるようにほのおを纏った衝撃波が四散し、闇夜の大地を紅く照らす。

 戦略軍核用術式【超新星爆裂陣ヴァーミリオン・ノヴァ】。

 禁呪に近しい取り扱いが必要な大魔術。

 数十人規模の魔術師が行使する場所じょうきょうを吟味し、指向性を調整し、軍上層部の承認をいくつも経由して発動されるその術をたった一人で行使してしまう桁外れな魔力。

 しかしその大魔術をまともに受けた真魔人デュークは、瀕死の状態になりながらも耐えきってみせた。

 片翼はもがれ、もう片翼もボロボロとなり、貌から左上半身にかけて、右手は肘から先、右脚は膝から下を失っていてもまだ生きている。

 一度は大地に叩きつけられながらも、頼りなくはあったがその身をちゅうに起こす。


「オ……ガガ……ガ……」


 肘から先を失った右腕を魔女に向ける。

 一方、大魔術を放った魔女はその身を虹色の光に包まれながら片膝をつく。


「う……ううぅ……」


 人型の光はその体格を少しずつ縮めていき、ある程度小さく縮むと虹色の光は


「――ッかはっ!! はぁ、はぁ、はぁ」


 魔力を使い果たしたかのように身体がだるく力が入らない。

 顔をあげた先でボロボロの状態でもこちらに攻撃の意思を向けるデュークの姿と、ハクトに聖術をかけてもらい身体を起こすゼツナの姿が見えた。


「ゼツナ! ッ!!」


 チェシカはそう叫ぶと最後の気力を振り絞って、の残りを使って魔術の詠唱をする。


ペーネート・スート・リーク

光よ 貫く一条となれ


「【魔粒子紫輝光線マナ・パーティクルレイザー】ッ!!」


 放たれた魔術の閃光が












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