33.最強の魔族

 一直線に伸びる光線。

 魔術を発動した瞬間、チェシカの頭上に浮かんでいた魔力球が一つ、全魔力を失って消滅する。

 魔力を含有した魔晶石に術式を施した魔晶衛石サテライトストーンを媒介にして魔力球を発生させ、術者本人の魔力を使わずに魔術を発動させる外部魔力補充術式。

 略式魔術であれば四、五回ほど魔術を発動させることが出来る魔力球がたった一度で枯渇する魔術【魔粒子紫輝光線マナ・パーティクルレイザー】が光りの帯となって四ツ目の魔人――デュークに向かっていく。

 デュークは魔力をさらに高めると、両腕を突き出して【魔粒子紫輝光線マナ・パーティクルレイザー】を真正面から受け止めた。

 魔術の光線が手の平で粒子となって火花のように飛び散っていく。


「オオオオォォォ!!!」


 両腕を光線に焼かれながらも雄叫びをあげて耐えるデューク。

 だらりと両腕が下がる。しかし両腕を真っ黒に炭化させながらも魔術を防ぎ切った。

 代償に両腕が使い物にならなくなったが、数秒もすれば再生される。

 だが――。

 腕が再生するよりも早く、すでにチェシカは魔術の詠唱を終えていた。


「【魔粒子紫輝光線マナ・パーティクルレイザー】ッ!」


 もう一つの魔力球が消失し、再び光の帯が伸びる。


「キ……貴様ァァァァァ!!!」


 煙をあげながら再生を行っている両腕を上げるが間に合わない。腹部の真ん中を魔力の光線が貫く。


「ガハァ!!」


 青黒い血を吐き腹部を押さえるデューク。その腹部は穴が開き同じように青黒い血が溢れ出ていた。

 手応えはあった。普通の魔族であれば間違いなく致命傷となる一撃。

 腹部は両腕のように再生されていかない。このままの状態であれば魔人といえど死に至るだろう。しかしデュークの妖気と魔力は衰えるどころか益々強大になっていく。

 渦巻くそれらは混ざり合いデュークの身を包む巨大な竜巻状になると、紫電を放ちながら太く大きくなっていく。

 しばらくして。

 唐突に竜巻が霧散する。

 現れたのは吸血鬼の魔人デュークの真の姿。

 痩躯だった身体は分厚い筋肉を纏い、硬質化した皮膚はまるで全身を覆う板金鎧プレートアーマーのようにも見える。

 背には巨大な黒翼。

 頭部には四本の角が生え、四つの瞳には力強い赤い光が灯っている。

 真魔人とも言うべき存在ものになったデュークは、自身の変化を確かめるように両の手の平を握ったり開いたりする。


「――ッ」


 その圧倒的な存在への変化を目の当たりにしたチェシカは歯を食いしばる。


(まずい。真魔人あれは無理だ。こうなったら魔術の巻物スクロールに賭けるしかない)


 チェシカは視線は逸らさず右手を背中のポーチへと回すと、特級魔術の巻物スペシャル・スクロールを取り出した。 

 そんなチェシカの動きは意に介さず、デュークは指先を揃えた右腕をゆっくりと真上にあげると、チェシカに向けて振り下ろす。

 剣技の一つとして斬撃を飛ばす技があるが、それと同様に剣ではなく手刀による斬撃。

 三日月状の真空波が地面を削りながらチェシカの横を通り過ぎた。


「ッ!?」


 その動きがあまりにも速すぎて、チェシカの目にその動きは映らず何をしたのか分からない。

 ふと右肩に違和感を覚えて自分の肩を見ると。

 無かった。

 肩の付け根から右腕が地面に落ちている。その手に特級魔術の巻物スペシャル・スクロールを握りしめた状態で。


「――え?」


 一瞬、何が起こったのか理解出来ない。

 理解出来ないまま肩口から噴水のように赤い血が噴き出すと同時に激痛が襲い掛かって来た。


「があぁぁぁっぁぁぁぁぁッ!!」


 喉が裂けるほどの悲鳴が漏れる。

 無意識に左手で右鎖骨辺りを押さえるが、それで激痛が和らぐことはない。

 立っていられず、地面に両膝を落として身体を丸めてうずくまる。


「チェシカァァァァァ!!!」


 倒れたハクトのそばにいたヒュノルが、チェシカの名を叫びながら全速力で彼女の元へ飛んでいく。


「――身体が軽いな。やはりこの状態が最良ではあるが。しかし、更なる上に行かねば我らが魔人族の悲願、成就は有り得ぬ」


 再び手の平を握ったり開いたりして呟くデューク。


「しかし、この身となるとはな。見事だ、雑種。いや、チェルシルリカ・フォン・デュターミリア」


 うずくまるチェシカに向けて雑種にんげんに対して、真魔人は最大限の賛辞を贈る。


「だが戯れはここまでとしよう。幕だ。そろそろ天人族きゃつらとの戦の前祝い、飲み干す頃合いだ」


 ちらりとゼツナへと視線を向ける。倒れたままだったが死んではいないようだ。


「やはり生血の方が良いからな。――ふむ。また時空を跳ばれて逃げられては面倒か」


 そう言うと自らの右親指の爪先で人差し指の腹を擦る様にして傷つけると、ぷくりと血の水泡が膨らみ、その血雫ちしずくを空へと弾く。

 重力に逆らって上昇を続けた血雫は一定の高さでピタリと静止した。


「【血線臥籠ブラッドケージ】」

 

 小さな血の雫は数十倍に膨れ上がったかと思うと、無数の血線となり半球形ドーム状に辺りを覆っていく。

 領域結界術式。

 この結界は外と内とのあらゆる物を完全に遮断する。

 出入りはもちろん、視覚、聴覚、嗅覚に加えて空気すら遮断してしまう為、酸素を必要とする生物は長時間いれば酸欠で死に至る。

 当然空間も遮断されるので転移系の魔術や能力タレントも使えない。

 デュークはチェシカに向けて真っ直ぐに腕を伸ばす――と、その背後の空間に幾つもの花びらのような物が現れ、そこから赤い蔓に似た物がうねうねと波打ちながら現れる。


「――ではさらばだ。血千鞭けっせんべん――【千鞭万華ブラッディ・カレイド】」


 魔術が唱えられた瞬間、何本もの蔓が真っ直ぐにチェシカとヒュノルに向かっていく。

 チェシカは今だにうずくまったままで魔術が迫っていることにも気づいていない。そしてヒュノルは――。

 襲い来る蔦の槍とチェシカの間に割って入るように舞うと。


「――【大守護天の聖盾ガーディナル・シールド】ッ!!」


 ヒュノルの前に聖光ひかりの盾が現れると迫りくる蔓の槍をことごとく弾いていく。

 その様子を見たデュークは思わずといった様子で叫ぶ。


「馬鹿なッ!! 天人の聖光ひかりだとッ!? 貴様ッ! 天人族に連なる者かッ!!」


 だとすれば捨て置けない。人間チェシカなどよりも妖精人族ヒュノルの方がデュークにとって――否。魔人族にとって最重要の存在となる。

 今度はヒュノルに向けて先ほどよりも多くの蔓の槍を放つ。それでもその全てを【大守護天の聖盾ガーディナル・シールド】が防いでいた。

 

「おのれぇぇぇッ!!」


 まさしく鬼気迫る形相でデュークは魔術の詠唱に入る。


「ちぇ……ちぇし……か」


 苦し気にチェシカの名を呼ぶヒュノル。

 蒼白の顔に浅い呼吸と汗。明らかに聖神力の枯渇オーバーキャパシティの症状。

 ふらふらと地面に落ちると、二人を護っていた光の盾も霧散する。


「はぁはぁ――【生命の配剤スプリット】」


 最後の気力を振り絞って何とか聖術をチェシカにかけたヒュノルはそこで力尽きた。

 淡い癒しの光がチェシカを包み込む。


「――ヒュノル」


 術者の生命力を分け与える【生命の配剤スプリット】を受けたチェシカは何とか顔をあげる。その表情は血の気が失せて青白く、珠のような汗を浮かべ苦痛に歪んでいた。

 顔をあげた視界に自らの右腕が入る。

 その手が握る特級魔術の巻物スペシャル・スクロールも。

 鎖骨を押さえていた左手を伸ばす。


「ぐぅぅぅッ!」


 激痛に顔を歪ませながら伸ばした震える指先がそれを掴んだ。

 紐止めを外して上空に放り投げると同時にデュークの詠唱とチェシカの呪言カオスワードが重なった。


 昏き円環にて その血を捧げよ


死黒核血沸陣ブラッディ・エヴァリション


「【我望むは自由への解放アブリール】ッ!」


 空中を漂っていた特級魔術の巻物スペシャル・スクロール保護呪文プロテクトスペルにより封が解け、書かれた術式の力得る梵字オブテインが魔力光を放つと付与されていた魔術――【神封破ディオステア】が発動する。

 チェシカとヒュノルを照らす虹色の光。

 同時に二人の足元には赤い魔力光を放つ陣が浮かび、チェシカとヒュノルを血界けっかいに閉じ込める。

 本来ならば体内の血液が沸騰して爆散し、血界に吸収されるのだが。

 虹色の光が膨らんで血界を丸ごと飲み込んでいく。

 そして――。


 閃光と共に弾けた。












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