27.大賢者の住まう島

 オーザッカ大陸の西に浮かぶ島。名をイヲズ島。大陸に比べはるかに強力な魔蟲、魔獣が生息する魔巣の島とも呼ばれるこの島は、魔族誕生の地とも魔導研究所ソーサラスラボの施設が行った実験によって出来た産物とも言われている。                 

 そんな島にチェシカとヒュノルの二人はやって来た。 

 大陸から島に渡るには一般的な商業船で三日ほどの航海となる。ただ、チェシカたちは悠長に船でこの島に渡って来た訳ではない。

 楽園フォーリングタウンから黒の民の里へ行き、転移魔法陣を設置してから今度は別の場所へ転移する為、チェシカは魔術の巻物スクロールを取り出して地面に広げ、一般的な保護呪文プロテクトスペルである「【開封アンシール】」と唱えた。すると地面に広げられた魔術の巻物スクロールに淡い光を放つ魔法陣が現れる。

 チェシカとヒュノルはその魔法陣の上に乗ると「【転移術式展開トランスファーサークル】」と簡易命令呪文コマンドを唱えて転移した。

 転移先はイヲズ島のとある場所に座標指定された魔法陣――まさに今いる場所だ。

 先ほどまでいた黒の民の里村と違って、目の前に広がるのは生い茂ったジャングルと、緑に囲まれた空間に包み込まれるような状態でぽっかりと口を開けている洞窟の入口。

 個人で所有する研究所ラボの入口前が転移先の場所だった。

 チェシカたちは魔法陣から出て数歩前へと進む。

 ちなみにチェシカたちが使った魔術の巻物スクロールは、二人が転移した後の数秒後、自動的に発火して青白い炎をあげながら燃え尽きていった。

 数歩ほど進んだ洞窟の入口。地面にはご丁寧に『⇧』と矢印のマークがあり『真っ直ぐ進め』と白字で書かれている。

 それを見たチェシカは「チッ、今回はこのパターンか」と一言。

 チェシカは軽く舌打ちをして指示通り真っ直ぐに洞窟内を進み、ヒュノルも隣に浮かびながらついて行く。

 体熱感知か魔紋感知か分からないが、洞窟内に入った者を感知して【照明ライティング】の魔術が発動する。

 しばらく進むとT字路になり地面には同じように『⇨』の矢印と『右へ進め』の文字。

 その後も『⇦』『⇨』と繰り返して行き止まりに突き当たった。

 地面に視線を落としたチェシカはそこに『天井うえを見ろ』と書かれている文字を見て「はぁ」と軽く溜息をつく。


「【飛翔術フライング】」


 チェシカは飛行魔術を唱えてから天井を見上げた。そこには『テッテレェ! 大成功!』という文字が。そして次の瞬間、足元の地面の一部が丸い形で陥没する。いわゆる落とし穴だ。

 

「はぁ、めんどくさいなぁ、もう」

「毎回、毎回、こんなのに何の意味があるんだろうね?」

「そんなの本人に訊いてよ。あたしは嫌よ。どうせ頭が痛くなるような理由なんだから」


 二人はそんな会話を交わしつつ洞窟の入口まで戻って来た。

 何の意味かと問われれば、隠された入口の封印を解くという"施錠された部屋の扉を開ける"行為であり、意味のある行動なのだが、何故こんな回りくどいことをと問われれば、設置した本人に訊いてくれとしか言いようがない。

 訊いたところで真っ当な返事が返って来るかどうかは、また別問題ではあるが。

 前回尋ねに来た時には、目の前は洞窟ではなく単なる土壁で、そこに短剣ダガーが一本突き刺さっていて『短剣ダガーで一言』と書かれていた。

 その時はヒュノルが『短剣ダガーが折れてしまったん』と答えると足元に転移魔法陣が現れた。

 今回は入口まで戻って来ると、入口の地面に転移魔法陣が浮かび上がっていた。

 チェシカとヒュノルは魔法陣の中に入る。


「【転移術式展開トランスファーサークル】」


 視界が変わり、見渡すといろいろな書物が収められた本棚。大小、形と様々なガラス瓶。よくわからない機構カラクリの装置。

 部屋の主はチェシカたちに背を向ける恰好で木製の丸椅子の上に


「――椅子置いてる意味ある?」

「ヒュノル、まともで生きて戻りたいならこいつの事ではツッコミ厳禁よ。いちいち気にしてたら脳ミソぐずぐずになるわよ」


 チェシカの言葉に部屋の主が振り向いた。


「ヒョッヒョッ。随分な言われようじゃのぉ。それが久しぶりに会った"パパ"に対して――」

「誰が"パパ"よ。ふざけないでよね。髪の毛一本もこの世に残さず粒子以下にバラバラにされたいの?」

「ヒョッヒョッヒョッ。怖や、怖や。まぁ、許せ。半分冗談じゃ。老い先短い老人の――の」


 チェシカから半眼で睨まれ、感情を押し殺した冷たい口調で告げられた物騒な物言いに対してしわがれた声で返事をする。

 

「――残りの半分は何かってのは訊かない方がいいんだろうね」


 ぽつりとヒュノル。

 二人の目の前にいるのは胡坐をかいているということを差し引いても小柄な老人。身長でいえば兎人族ワーラビットのハクト・ピョンほどだろうか。

 半身獣人族ハーフリングと呼ばれる種族。

 その小さな身体からは想像がつかないほどの膂力りょりょくをしていて、当然ながら素早さも際立つ。そんな種族の魔術師。いない訳ではないだろうが極力珍しいと言えるだろう。

 言葉の力強さと漂う活力に反してその肌艶は悪く、魔術師の長衣ローブから覗く手足などは枯れ木のように細い。

 特徴的なコウモリの羽のような耳にはいくつものピアスが埋め込まれている。

 体躯からして老人のそれだが、妖しく灯る赤い瞳の眼光は鋭い。

 

 大賢者"ヴァン・フォン・マギナウィスプ"。


 一般的にはその名は知られていないが、国家レベルの権力者たちや魔術を極めんとする者、その他、何かしらの"力"を有する者たちの間では知らぬ者がいない魔術師。

 そしてこのことはごく一部の者しか知らないことだが、


「――あたしはそんな戯言を訊きにこんなところまで来た訳じゃないの――よっ!」


 そう言ってチェシカは巻き収められた魔術の巻物スクロールをヴァンに向かって放り投げた。

 魔術の巻物スクロール


「ふむ。何じゃ?」

「――【神封破ディオステア】」

「ほう」


 赤い瞳が鋭く細められ好奇に揺らめく。


「って、ことなんだけど保護呪文プロテクトスペルの解析とついでに念のため中身の鑑定もお願いするわ」

特級魔術の巻物スペシャルスクロールに施された保護呪文プロテクトスペルの解析なんつー面倒なことをなんでワシがやらねばならんのじゃ。中身の鑑定もじゃと? 疑っとるのか?」

「疑ってる訳じゃないわ。このあたしに偽物フェイクを売りつけるほど相手も馬鹿じゃないでしょう。まだ死にたくはないだろうしね。でも手違いや勘違いって事もあり得るわ。で、今回はそんなことがあったら困るのよ」


 真剣な眼差しのチェシカ。


神封破ディオステア


 どんな封印でも開封出来るという魔術。

 何かを封じる意図を以って封じられた物なら、それこそ単に紐で縛った木箱から神が施した封印までありとあらゆる封印を開封してしまう。

 実際に神が封印した物が実在しないので、その部分に関しては誇張ではあるが、意味するところは開封出来ない封印はないということだ。本当に開封出来ない物がないのかは実証されていないが。 

 だが強力な開封魔術には違いなく、それゆえに悪用されればとりかえしのつかないことにもなりかねない。この世には解いてはいけない封という物が意外とあるのだから。

 だからこそ魔術師協会は【神封破ディオステア】を禁呪の一つとして魔術師協会特別保護指定アソシエーションプロテクトをしている。

 魔術師協会協会特別保護指定アソシエーションプロテクトとは、危険な魔術や魔術に関する魔導道具マジックアイテム、その素材、素材を有する動植物に指定をかけて取り扱いに関して厳しく管理する制度のことだ。

 もしこの保護指定品を不当に使用、採取、取り扱いをすれば最悪、国際指名手配を受けかねないほどの重要案件である。

 そんな魔術の巻物スクロールがその辺の魔導具店マジックショップで売っているはずもなく。当然非合法品である。よって保護呪文プロテクトスペルは不明だった。通常は魔術の巻物スクロール保護呪文プロテクトスペルはセット販売されている。


「それにあんたはこの面倒なことをやるわ。必ずね」

「何でそう思うんじゃ?」

「――魔人をぶっ飛ばすのに必要だから」

「――――」


 今までは少なくとも表面上は好々爺然とした様子だったが、チェシカの言葉で、冷たい無表情へと一変する。


「良いだろう。その特級魔術の巻物スペシャルスクロールの解析はしてやる」


 冷たい無表情と同様、声までもが冷たく無機質な声音に変わった。まるで


「助かるわ。それでどれくらいの時間で出来そう? それまでここで待たせてもらいたいのだけれど」

「そうだな。七日と言ったところか」

「七日!? ちょ、遅すぎるわ! 六日後に満月なのよ! もっと早くしてくれない!?」


 チェシカは悲鳴に近い叫び声をあげる。

 あまりに予想以上の日数の提示。想定外と言ってもいいほどの。


「無理だな。七日だ。魔術の巻物スクロールが破壊される危険性を加味するなら五日で可能だ」

「――破壊される可能性は?」

「良くて五分五分と言ったところか」

「冗談じゃないわッ!! そんな危険は冒せない!」


 絶対に必要になる品だ。だからと言って七日では遅すぎる。


(――チッ、悩んでる暇はないか)


「さっそく取り掛かって。あたしも手伝うから」

「――いいだろう。ならば半日くらいは時間を短縮出来るやもしれん」


 その言葉に返事をするのも惜しいとばかりに、チェシカはヴァンのそばで浮いていた特級魔術の巻物ハイ・スクロールを手に取ると紐止めを解き、机の上に広げていった。












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