24.魔人の正体
さすがは旅客用につくられた早馬車だった。
「――はっきり言おう。我々"明けの明星"としては今回の件、魔人に対しては専守防衛に務めるという結論に至った」
口調は淡々としていてその声音からは、ギリアスの感情は伺い知れない。マスクをしている為、表情も読めず唯一、感情が見て取れそうな瞳からもなんの感情の揺らぎも見られなかった。ただ事務的な通告をしているかのように。
つまりチェシカたち――ゼツナのことは見殺し、という訳だ。
それを聞いてもチェシカには怒りも落胆もない。
元々そんなことは期待してはいなかった。
魔族から人間を守る為の組織というのは世間に向けての建前であり、その実情は"明けの明星"という結社は私怨から魔族に対抗する為に集まった組織であることをチェシカは知っていたから。
その最初の成り立ちは知り得ないことではあるが、本質が魔族を殺すことだけを目的としており、それはどんなことよりも何を犠牲にしてでも最優先される。何をの中には人族も含まれるのだ。
「あ、っそ」
チェシカとしても相槌としての返事が素っ気なくなるのは無理もない。
「我々としてもこの決断は致し方ないということを理解して欲しい。我らは民間組織なのだ。もちろん、我々が知り得た情報は公国へ通達はした。しかしながら動いてくれるかどうかは微妙なところだと言わざるを得ない。おそらく――」
ギリアスは一度言葉を切り、適切な言葉を選ぶ。
「何らかの被害が実際に出なければ無理だろう」
そして被害とはこの場合、公国領が庇護下に置く都市や街に出た場合ということになる。それ以外の町や村、集落などが被害を受けようと公国は動かないだろう。
ちなみにここ
「――と、"
先ほどまでの事務的な口調とは違っていつも通りに戻すギリアス。
「ここ最近の魔族の動向、ピルッツの町での出来事、四ツ目の魔人、そしてハクト殿から聞いたお告げの件。これらを踏まえると魔族はおそらく三百年前の続き――いや、遥か昔より続いて来た天族との争いを開始するのではないか――と私は思っているのだ」
遥か古より行われてきた天人族と魔人族の争い。
最も近年では約三百年前の天魔大戦を最後に、それ以降の大戦は起きていない。
「つまり"凪時"が終わるってこと?」
「私はそう思っているよ」
"凪時"とは周期的に大戦が止む期間。その理由は定かではないが大戦が記された書物では度々"凪時"が訪れると書かれている。
「天魔大戦がまた始まるとなれば、おそらく四ツ目以外の魔人が現れる可能性は十分に考えられる。であるならば、今この時に魔人という存在に関して知っておくことは、これからにおいて有意義な情報となるだろう。そこで――だ」
一度言葉を途切ると、ギリアスは腰かけたソファーから少し前のめりとなり、自らの両腿にに両肘を乗せ顎先で手を組んだ。
「表立って報酬を用意して依頼という形を取ることは出来ないし、戦力としての人員を割くことも出来ないが、この支部からだけでも出来る限りの物的支援や資金援助はしよう。何か必要な物があれば用意させる」
「そう。一応、助かるわとだけ言っておく。それで? 次の満月は八日後でいいのね?」
「あぁ。ちょうどその日が満月となるだろう」
ギリアスは力強く頷き「こちらで何度も確認した」と告げる。
「それで? あの四ツ目の魔人については何かわかったの?」
「いや、それが――」
「それは
この場では今までずっと控てきたミヤミヤが、ギリアスの言葉を遮って割り込んできた。
「世に知られていない文献によると――という注釈を付けさせていただきますが、
「え?
驚きの声をあげるチェシカ。
一般的に
ただイメージと合わない。
ゼツナの話を聞く限り、黒の民の里での戦闘跡を見た限り、そして実際にその姿を確認した限りでは
「格闘――
「魔術の有無は記載されておりませんでしたが、
「ふむ」
チェシカはそうつぶやくと考えに耽る。
(魔術抵抗の高い近接者か。相性最悪だわ。ゼツナにがんばってもらう間に魔術で遠距離からの攻撃を想定していたのに)
「――それはそうと、ミヤミヤ。随分と詳しいのね。一応、あたしも魔術師としてそれなりの知識はあるつもりなんだけど、そんな
「――申し訳ございません。デュターミリア様。その書物はなにぶん結社の極秘情報なれば、軽々に部外者の方にお話しする訳には参りません。今回は特別な事情を
チェシカの頼みに丁寧かつ穏やかな口調で答えるミヤミヤだったが、その実、言葉の裏には断固とした拒絶の意思が込められている。
と、今まで沈黙をしていたゼツナがミヤミヤに尋ねる。
「――ではその書物には奴を殺す方法、もしくは弱点といった物の記載はないのか?」
ゼツナの問いに軽く首を振って答えるミヤミヤ。
「そのような記載はございません。僭越ながらそのような方法がございましたら、我ら結社が真っ先に実践しているかと存じます」
道理ではある。
納得したのか、それとも元から期待はしていなかったのか、ゼツナは「そうか」と一言発してそれ以上、問うことはなかった。
「ならば首を落とすまで。生物である以上、それで殺せるだろう」
物騒な事をいうゼツナ。それもまた道理ではるが、いかんせん実行に移すのが困難過ぎる相手なのが問題なのだ。
「――さて、と。それじゃせいぜい足掻いてみるとしましょうか。あ、そうそう。資金援助、してくれるって言ったわよね?」
そう言ってチェシカは笑みを浮かべる。
ただし。それはどちらかと言えば邪悪な、とか邪なといった形容が付く"笑み"だった。
◇
「――それじゃ、請求書まわすからその時はよろしくね♪」
チェルシルリカ・フォン・デュターミリアはそう言って背中越しに片手を振りながら応接室から退出していった。
「よろしかったのですか?」
「構いませんよ。お金などどうとでもなりますからね」
「いえ、資金援助のことではなく魔人に関する情報のことです」
「あぁ、そのこと。特に問題はありませんよ。情報源が何かを教えた訳ではありませんからね。あの程度の情報、知られたところでどうということはありませんし、何かの役に立って粛清出来るのだとしたらピルッツの町でのこと以上に僥倖ですもの。そうは思いませんか?」
「御意」
足元に
「さて。それでは引き続き"影"には見張りを命じておくように。さてさて。あの小娘がよい働きをしてくれることを期待いたしましょうか」
「――天空の輝きの下に光あれ」
畏怖を込めて崇める声を聞きミヤミヤ・アークは満足気に一つ頷いた。
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