甘党のみっちゃんと僕

更科 転

甘党のみっちゃんと僕


「もういーかーい?」


 僕は目を閉じてしゃがみ込み、六〇を数え切った。

 家から歩いて5分ほどの空き地で僕らは毎日のようにかくれんぼをして遊んでいる。

 今日も今日とて僕が鬼だ。

 僕は少しのあいだ返事を待ってから、もう一度声を出す。


「もういーかーい?」


 少し待って、それでも返事はなかった。

 二回呼んで返事がなければ「もういーよ」ということだ。

 僕が勝手に決めたことだけど、昨日も一昨日もこのルールでやってきた。

 今日はダメなんてことはないだろう。

 僕は目を開けて立ち上がった。

 そしてこの空き地のどこかに隠れているはずのみっちゃんの捜索が始まった。


「うーん、まずはどこから探そうか」


 かくれんぼマスターの僕ともなれば何のプランもなく探し始めたりしない。

 はじめは自分が隠れる側だった場合どこに隠れるかを考える。

 空き地の大きさは大体スーパーが一つ分くらいの敷地だ。

 空き地の中には木がいくらかあって、ブランコ、滑り台、シーソーとポピュラーな遊具が数台あるだけだ。これだと隠れられる場所も限っている。

 もしも僕が隠れる側だった場合、視覚的に目立つ遊具には隠れず、木の裏辺りに身を潜めるだろう。


「よし、そこだな」


 しめしめ、とにやける顔を噛み潰しながら息を忍ばせて空き地の奥にある木に近づいていく。

 そして十分な距離まで詰めると僕は勢いよく木の裏を覗き込んだ。

 いない……。

 そうやら見当違いだったらしい。

 だが、となればだ。いずれかの遊具に隠れているに違いない。

 ブランコ。滑り台。シーソー。

 シーソーとブランコは隠れられる場所がないので自ずと答えは見える。

 つまり滑り台に身を潜めているはずだ。


「ふん、甘いね。みっちゃん」


 僕は空き地の奥の木から全力疾走で滑り台を目指した。

 滑り台の頂上まで上がるための階段が見えるがみっちゃんの姿はない。

 それもそうだろう。今頃みっちゃんは滑るところに伏せて隠れているのだから。

 僕は滑り台を回り込んで声をあげる。


「ここだっ! みっちゃん……って、あれ……?」


 いない、だと……。

 ここ以外に隠れられる場所はない。

 念のためにブランコ、シーソーと見て回るがやはりいない。

 そこまでして、僕はみっちゃんがどこにいるのかを勘付き始めていた。


「まさか、みっちゃんまた……」


 僕は空き地を後にすると、すぐ近くにある駄菓子屋まで走った。

 そこで見覚えのある姿を発見する。


「みっちゃん! 今日こそはちゃんとかくれんぼするって約束したよね!」

「あっ、たっくん! 美味しいよ、食べる?」


 みっちゃんはトレードマークでもある三つ編みを揺らして僕に振り返ると、くわえていた棒のキャンディーを僕に差し出してきた。


「食べる?じゃないよ。っていうか食べないし」

「えーなんでぇ? 甘くて美味しいのに……」

「キャンディーは二人でシェアするようなお菓子じゃないでしょ!」


 みっちゃんはがっかりしたように項垂れていたが次の瞬間には大きな目を棚に並ぶお菓子に向けていて、小走りで行ってしまう。


「あー! これも美味しそう!」

「ちょっとみっちゃん!」


 僕はため息を吐きながらみっちゃんのもとに行く。

 するとみっちゃんは目をキラキラさせながらケーキの絵が書かれたお菓子の袋を眺めていた。

 みっちゃん甘党なのだ。甘いものに目がない。


「見て! たっくんこれ!」

「見てるよ。それで何これ?」

「ケーキのお菓子だよ。これに決めた!」


 するとみっちゃんはポケットから数枚の十円玉を取り出した。

 僕は棚に乗せられた値札を見ながらみっちゃんに言う。


「ねぇみっちゃんこれ、60円だよ。あるの?」

「うーんとねー。いち、に、さん、よん……。た、たっくん〜……」


 途中までワクワクウキウキとポッケから出した十円玉を数えていたみっちゃんだったがふと顔を真っ青にさせて僕を見た。


「ないんだ……」

「うぅ……。たっくん……」

「ダメだよ。みっちゃん。さっきもキャンディー食べてたでしょ。虫歯になっちゃうよ」

「たっくん……」

「だ、ダメだよ。晩ご飯食べられなくなっちゃう」


 僕が何を言ってもみっちゃんは泣き出しそうな顔をして濡れた瞳を僕に向けている。

 はぁ、と。ため息を吐いて。

 僕はポケットから十円玉を二枚取り出して。


「約束。明日こそちゃんとかくれんぼしてくれたら、これあげる」

「う、うん! する! 約束! たっくん大好き!!」

「安いな……僕」


 ため息を吐きながら僕はみっちゃんと駄菓子屋のおばちゃんのところに行ってケーキの絵が描かれたお菓子を買った。

 みっちゃんはにぱーと顔を綻ばせていた。

 そこまで喜ばれたら悪い気はしない。

 僕たちは駄菓子屋を出て空き地まで戻ってくる。

 道中、みっちゃんはスキップだった。


「ねぇたっくん、ブランコで食べよ!」


 そう言うとみっちゃんは滑り台の横にあるブランコに乗った。

 僕も横のブランコに座った。

 みっちゃんは座るや否や早速、袋を開けてお菓子を食べようとしていた。


「みっちゃん。ちゃんと晩ご飯食べなよ。じゃないとおばさんに怒られちゃうよ」

「うん! はいこれ、たっくんの!」

「え、僕にもくれるの?」


 みっちゃんはケーキのお菓子を半分こにして僕に半分くれた。

 心なしかみっちゃんの分の方が大きい気がするが、僕はありがたくもらうことにした。


「ありがと。みっちゃん」

「あむ。ん〜〜っ! 甘くて美味しい!」


 僕はみっちゃんの幸せそうな笑顔を見て僕もケーキを口に運んだ。

 甘い。バームクーヘンをさらに甘くしたような味だ。


「美味しい? ねぇ美味しい?」


 みっちゃんは伺うような表情を僕に向けてくる。

 決まってる。甘すぎるよ。

 でも。


「うん。美味しいよ」

「やったー! また一緒に食べようね!」


 みっちゃんに振り回されるのはごめんだが、またこうして一緒にお菓子を食べるのは楽しみだ。

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