第11話 遭遇

「うーん。まいったな」

 しとしと雨の降る朝。大量のスケッチの前で、途方に暮れている。

「あら、どうしたの?」

「色々描いたはいいんだけど、イマイチどれも決定打に欠ける気がしてね。スミレも見てくれるかい?」

 コーヒーを受け取り、代わりにスケッチの束を渡す。スミレは丁寧にそれを確認した後、首を傾げた。

「どれも可愛らしいと思うけれど。引っかかっているのは、どの辺りなの?」

「うーん、なんというか。今回の依頼は、仕事の手伝いをしてくれる子だろう?となると、仕事場に合ったデザインの子が良いわけだけど。見学した感じ、どの子もあんまり合わないというか」

 レインの依頼は、エンバーミングの現場で働く子と、花屋で働く子の二種類。どちらにいても雰囲気が合う子にしたい。

「いっそ、二種類で違うデザインの子にする?いや、統一感がない。それに、レインのお財布に負担がかかる」

 レインにはあらかじめ、予算は気にせず作っていいと言われてはいる。いるが、機能面以外の理由でデザインを二種類用意するのは、今回のオーダーからズレる。髪の長さなどの細かい仕様ならまだしも、デザイン丸ごと別物は最終手段だ。

「こういう時は、インプットが必要だね。スミレ、ちょっと出かけてくるよ」

「分かったわ。お昼は必要?何か食べてくる?」

「何時になるか分からないから、なくていいよ。ありがとう」

 カバンにスケッチブックと画材をいくつか入れて。お気に入りの赤い傘と共に出発だ!

 

「お、今日はあまり混んでないねぇ」

 向かったのは『ペルセポネのゆりかご』。インプットといえば、やっぱり美術館だよね。公園を散歩するのも好きだけど、今日はこっちの気分。特別展示は「花と夢の楽園」。ふーん、花を扱った作品がメインなのか。ちょっと見てみよう。

 受付でチケットを買って、中に入る。表展示はたまにしか見ないけど、世界中の良いものを揃えてあるから、見応えがある。ローシュは美術品に関しての鑑識美が飛び抜けている。ローシュ以上に美術品に造詣が深く、そして大事にしている人をボクは知らない。いたら紹介して欲しいくらいだ。

 展示をゆっくり眺める。あ、この絵の光綺麗だな。布の透けてる表現も繊細で、柔らかいのが伝わってくる。こっちの絵は逆に、パキッとした単色の組み合わせが気持ちいい。アウトラインはガッツリ黒色で、絵画だけどステンドグラスみたいな印象になっている。こっちは、東洋の浮世絵だ!桜っていうんだっけ、木の下でなにやら宴会をしている様子だ。楽しそうな場の臨場感がしっかり描かれている。うーん、本当にどれも見応えあるなぁ。

 それなりに大きな展示で、全部見終わる頃には二時間くらい経っていた。立体作品もあったし、これはかなり収穫あったぞぅ!

 お昼ご飯どうしようかなぁ。美術館の外、色んなお店があって迷っちゃう。いつもの喫茶店もいいけど、隣のカレー屋さんも気になってるんだよね。

「ん?あれは」

 ふと、公園の噴水付近に見知った顔。ローシュだ。隣には、ものすごい美形がいる。髪の色からして、エレンだ。この前花屋で会った時は、白いシャツに黒のパンツでかなりラフな格好だったけれど、今日はキッチリ着込んでいる。オリーブグリーンの綺麗なコートは、彼の目の色とも相まってよく似合っている。じっと見ていると、ローシュがこちらに気づき手を挙げた。

「やぁ、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」

「ローシュも、変わりなくて安心したよ。エレンも、この前はどうもありがとう」

「おや、エレンに会ったことが?」

 あ、レインから話を聞いていないのか。数日前にレインの店に行ったことを伝える。

「ふむ、そうなのか。どうやらキミも、すっかりレインに夢中なようだね」

「あの作品と人柄で、気にならないわけがない。エレンもそうだろう?」

 エレンは話を振られると思っていなかったのか、少し驚いた顔をした。その後すぐに、にこやかに笑った。

「ん、私かい?そうだね、レインは魅力的な人だ。作品もだけれど、作品に対する姿勢もね」

 そう語る彼の顔は、とても穏やかだった。エレンの中でも、レインは特別な存在らしかった。

「ところで、ハルカ君。その様子だと、ランチをどこにするか迷っていたところだね?よければ、一緒にどうだい」

「いいのかい?確かに何を食べるか迷っていたところだけれど」

「何、今から行く店は今月新メニューを出していてね。客観的な意見を聞きたい」

 ああ、なるほど。流石ローシュ、抜け目ないなぁ。

「もちろん、構わないとも!食べ物レビューは得意だよ」

「なら、決まりだ。早速行くとしよう」

 

 店内はそれなりに賑わっている。窓際の四人席に通され、メニューを眺める。黒板に書かれたおすすめメニューから、目的の新作を探す。へぇ、桜えびと枝豆のグラタンか。美味しそう!ローシュとエレンも決まったようだったので、給仕さんに頼んで出来上がりを待つ。

「そういえば、二人はなんで一緒に?仕事かい?」

「ああ、新規の取引が決まってね。その打ち合わせだ。エレンはワタシの助手役だよ」

「へぇ、話には聞いてたけど優秀なんだねぇ。ローシュ、仕事仲間は慎重に選ぶ方だろう?」

「キミほどではないがね。スミレ以外が全て自分の作品、というのも。裏を返せば、警戒心の表れでもある」

「ふふ、手厳しいな。必要がないだけだよ」

 ボクは、綺麗なものしか身近に置きたくない。それは、人に対してもだ。スミレはローシュに紹介された、美しくて優秀な助手だ。彼女が一人いれば、なんということはない。

「スミレやエレンのように、美しさと優秀さを兼ね備えた人がいるなら別だけど。そうじゃないなら、必要ないかな」

 頼んだ料理が運ばれてくる。ホカホカのグラタンは、焦がしたチーズの香りで満たされていた。上に乗ってる桜えびのピンクが、彩りを添えている。

「じゃ、いただきます。うんうん、美味しい!枝豆の食感と、桜えびの風味がちょうどいいね。チーズも良い感じに焦げ目があって、カリカリ派のボクとしては満足な仕上がりだよ。これでこの値段かぁ、ちょっと安すぎない?大丈夫?」

「ランチ限定メニューだからね。手が届きやすい値段設定にして、回転率を狙う寸法だよ。お気に召していただけたなら、何よりだ。料理長にも伝えておこう」

 ローシュはコーヒーを啜りながら、さりげなくメモをとっている。仕事人だなぁ。

「エレン、そっちのメニューはどうだい」

「あ、それも新作なんだ」

 エレンが食べているのは、生ハムとジェノベーゼの冷製パスタだ。ちょっぴり暑い今の時期には、ぴったりのメニュー。パンも二個付いてくる。

「うん、美味しいよ。一緒に入っているトマトが、サッパリした口当たりにしてる。うーん、私は粉チーズない方が好みかな。ここは人によるところだから、自分で調整出来るように後付けでもいいと思う」

「ふむ、なるほど」

 綺麗な所作で食べ進める彼を見ながら、ふと気になっていることを思い出した。

「ねぇ、エレン。ずっと気になっているんだけれど、結局キミとレインって、どういう関係なんだい?」

 戸籍上は兄になっていると聞いたが、血縁関係はないというし。でもそれ以上に、深い関係の様な気がしている。

「ローシュ」

「ハルカ君なら、言っても大丈夫だろう。オマエが話したくないのであれば、黙っているのも手だがね」

「ハルカ。あまり、気持ちのいい話ではないよ。それでもいいかい?」

「構わないよ。ほら、綺麗なものには棘があるともいうしね」

 エレンは困った笑みを浮かべたが、しばらくして口を開いた。

「私は、元々孤児でね。どこかの貴族と、娼婦の間に生まれた子供だ。君には無縁の場所だろうけれど、この街の貧民街で育った。十年前に、死にかけの私を拾ってくれたのがレインだよ」

 淡々と話すエレンの瞳は、凪いだ海のように静かだった。十年前、というと。今の彼を見るに、まだ幼い子供のはずだ。どれだけ過酷な環境で育ったのか、ボクには想像することしか出来ないけれど。今ここに彼が座っている自体、奇跡に近い。

「レインにもだけど、ローシュにも相当手間をかけたよ。字も読めなければ、こうして席について食事をしたこともなかったんだ」

「教え甲斐はあったがね。境遇に関わらず、オマエはすぐ物を覚えたし、目を見張る成長を遂げた。それで充分だよ」

 ローシュの瞳も穏やかだった。実の息子、もしかするとそれ以上に、大切に育てたのだろう。手のかかる子ほど愛おしいものなのかもしれない。ボクには子どもがいないから、推測するだけだけれど。

「教えてくれてありがとう、エレン。キミがここまで成長して、ボクに出会ってくれたことを嬉しく思うよ」

「ふふ、こちらこそ。君という天才に出会えて光栄だ。あまり会う機会はないかもしれないけれど、これからもよろしく」

 気がついたら、たくさんあった料理はなくなっていた。最後のコーヒーを飲み切って、店を出る。二人と別れた後も、ボクの機嫌は鰻登りだ。よし、帰ったら作業の続きやろっと。今なら良い物ができそうだ。 

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