第9話依頼主


「ハルカ。ローシュから電話よ」

「ローシュから?新作の催促なら断ってくれたまえ、まだ設計段階なんだ」

 雨の降る昼下がり、新しい人形のデザインを考えている時だ。気の早いお得意様が、いつものように電話をかけてきた。ボクの作品は精密なんだ、そう簡単にできないよ!そう言うとスミレは首を横に振った。

「おや、違うのかい?」

「ええ、どうやら別件のようなの。詳しいことは本人に聞いてちょうだい」

 スミレはその綺麗な顔に疑問を浮かべながら、ボクにそう言った。

 ふむ。新作の催促でないとすると。もしかして、美術館に何か新しいものがはいったのだろうか?それなら喜んで行くとも!

「はいはい、ハルカおにーさんに代わったよ。新作の催促ならお断りだけど、ご機嫌な内容なら喜んで聞くよ」

『おや、随分手厳しい。少なくとも新作の催促ではないから、安心したまえ。まぁ、そちらも早いに越したことはないがね』

 電話越しのローシュの声は、幾分か穏やかだった。いつもはもう少しギラギラした感じだけど、今日は本当にご機嫌なようだ。珍しい。

「ローシュが催促以外で連絡するなんて、何かあったのかい?美術館の新作案内なら、喜んで行くけど」

『まぁ、遠からずそんなところだ。来週予定は空いているかね?』

「来週なら、水曜の午後は空いているよ。ふふ、わざわざ連絡するくらい素敵なものなんだろう?楽しみにしておくよ」

『それは嬉しいね。では、水曜日の午後美術館で会おう。ああ、表は混んでいるかもしれないから、裏口から入ってくれていい。通常展示がちょうど切り替えの日でね』

「ああ、分かったよ。それじゃあ、水曜日に」

 向こうが切れたことを確認して、受話器を置く。急な予定が入ったけど、楽しいことなら大歓迎だ。この気分なら、しばらく作品を気持ちよく作れそうだ。

「お話は終わったかしら?」

「水曜の午後に、ローシュのとこに行くことになったよ。新作を見せたいだけのようだから、ボク一人でも大丈夫」

「あら、そうなの。分かったわ、何か必要なものはあるかしら?」

「うーん、特にそれは言ってなかったな。新作の話がしたいみたいだったし」

 中断していた作業に戻る。新作、女の子にしようと思ってたけど、男の子も捨てがたいなぁ。色鉛筆を削りながら、髪を何色にするか考える。ボクの作品は、機能性はもちろん見た目も重要だ。美しいものを作りたいから。

「わざわざ電話をしてくるなんて、よほど貴方向きの作品なのかしらね」

「そうかもしれないね?ふふ、楽しみだな」

 

 水曜日、今日も雨だ。この街は雨がとてもよく降る。馬車を降りて、美術館へ。

 ローシュの美術館『ペルセポネのゆりかご』は一般公開されている通常展示と、特別な会員のみ入れる裏展示がある。ボクの作品は裏展示の方だ。作っているのは人形だけれど、一般的な玩具屋で売っているような簡単な造りのものではないからね!係員に名前を言うと、すぐに中に入れてくれた。納品でよく来るから、ほぼ顔パスだ。

「やぁ、よく来てくれたね。待っていたよ」

 展示室のバックルームに行くと、ローシュが待っていた。その隣には、見たことのない少年が一人。ぺこりとお辞儀をした彼は、随分美しい顔をしている。華奢な身体つきを見るに、まだ十代のようだ。

「おや、そちらの美しい彼はどうしたんだい?初めて見る顔だね」

「ああ、紹介しよう。レイン、ワタシの義理の息子だ。新作の作者でもある。ほら、レイン。ご挨拶を」

「初めまして、レインと申します。今日はよろしくお願いします」

 深々とお辞儀をする彼を、思わずまじまじと見てしまう。本当に美しい少年だ。生きている人間であれば、彼の右に出る者も限られるだろう。そこまで考えて、自分が名乗っていないことに気づく。

「ああ、ごめんね。キミがあまりにも美しいから、驚いてしまったよ。ボクはハルカ。気軽にハルカおにーさんとでも呼んでくれたまえ。その方がほら、可愛いだろう?」

 慌てて自己紹介をする。間が空いてしまったが、特に気にした様子もなくレインは微笑んだ。うっ、美人の笑顔はくるものがある。

「ハルカおにーさん。ふふ、僕に兄はいないから、変な感じがする。慣れるまで待ってね」

 自分で言っておいて、言うものでもないけど。ボクのことをおにーさんと呼ぶ人はそうそういないから、素直に呼ばれるとなんだか調子が狂う。

「さて、早速だが。あれこれここで話すより、レインの作品を見てもらった方が早いだろう」

 機嫌の良さげな様子のローシュは、布がかけられたショーケースを指さす。これがレインの作品のようだ。随分大きいなぁ、なんだろ。表に出せない代物ともなると、想像がつかない。

「布、とっちゃうね。よいしょっと」

 布を取り払ったその先。透明なショーケースの中には、美しい女性が眠っていた。いや、作品だと言うからには、眠っているわけではないのはわかるのだけれど。本当に「眠っている」という表現が相応しいほど、穏やかな顔をしていた。思わずショーケースに近づき、よくよく観察する。

「これは、本当に美しいね。眠れる森の美女スリーピングビューティー、そう表現しても過言じゃないね。えー、すごいなぁ。よく出来てるなぁ」

 何で出来ているのだろう?陶器だろうか?でもこの柔らかさは硬質な陶器のそれでもない。布?それとも近年話題のシリコンというやつだろうか?人形作家として、是非とも何を使っているのか知りたいところだ。

「……あれ?ローシュ、もしかして言ってないの?」

 ボクがそれはもう穴が開くくらい作品を眺めていると、レインが不思議そうにローシュに訊ねた。

「ああ、詳しいことは何も。新作を見にきて欲しい、と伝えただけだね」

「もう、ちゃんと伝えておかないと、ハルカおにーさんが困ってしまうでしょう?苦手だったらどうするの」

「その心配があるのなら、最初から呼んでいないとも」

 珍しくローシュが怒られている。義理とはいえ息子と呼ぶだけあってか、彼には甘いようだ。ちょっと意外だ。あれ、でも実の息子君には厳しいよね?

「ハルカおにーさん、その。僕の作品、怖くない?大丈夫?」

 レインが言った言葉に首を捻る。怖い?こんなに美しいのに?

「怖い、だって?そりゃ、怖いくらい美しいとは思うけど。もしかして、何かマズイものでも使っている、とか?」

 ボクの推測は当たっていたらしい。困った顔でレインは笑った。その口から信じられない言葉が紡がれる。

「マズいもの。うん、そうかも。──ここに眠っているのはね、生きていた人なの。見覚え、ない?」

「……なんだって?」

 流石のボクも、驚きを隠せない。生きていた人。まわりくどい表現は、つまり今ここにいる彼女が生きていない──遺体だという意味だ。もう一度ショーケースの中を覗く。死体というには、あまりにも綺麗すぎるそれ。顔をよくよく見ると、確かにどこかで見覚えがあった。その記憶の断片を辿っていくと、ある人物に行き当たる。

「もしかして、彼女は去年亡くなったファッション雑誌のモデルかい?」

 ボクは作品の資料として、さまざまなものを見る。最近はファッションに焦点を当てた雑誌が出てきて、よく買っているのだけれど。彼女の顔は、そこで見た覚えがある。

「うん、合ってるよ。縁あって僕のところに来てくれたの」

「この女性のご両親からの依頼でね。ワタシが紹介したら、ぜひともレインに処置をお願いしたい、と。新作としてここで飾るのにも、了承してくれたよ」

「遺体の処置か。キミの本職は、もしかしてエンバーマーなのかい?」

 ボクの言葉にレインはうなづいた。

 エンバーミングは本来、遺体の腐敗を防ぐために行われる処置だけど。彼にかかれば、美術品としての価値が生まれるというわけだ。それにしても、すごく綺麗だ。

「その、ごめんね?ローシュが説明してると思ってたから、いきなり見せちゃって。気分悪くなってない?大丈夫?」

「はは、そんなに心配しなくとも大丈夫さ!ローシュが自信を持ってボクに紹介してくる案件だ、何が来ても問題ないさ。まぁ、驚きはしたけどね?まさか死んだ人に、美しいと思う日がくるとは思わなかったよ。いやー、綺麗だな」

 ボクは、ボクが作ったものが美しいことに自信がある。それゆえに、レインの作品の美しさには驚きを隠せない。尊敬に値する、一瞬でファンになってしまった。不謹慎なのは承知だけれど、次回作も楽しみだね!

「あ、そうだ。ところで、ローシュ。ボクを呼んだのは、新作を見せたかっただけなのかい?」

 レインの作品の美しさに感動して、すっかり忘れるところだった。

 スミレにはああ言ったけど。ローシュがわざわざ新作を見せるためだけに、ボクに連絡を寄越すとは思えない。何か別の、重要な用があって呼び出したはずだ。

「ボクが思うに。レインという素晴らしい作り手に関係する話だと思うけれど、違うかい?」

「……ローシュ、そこも言ってないの?」

「会ってから話した方が、都合がいいと思ってね。ほら、二度も同じ話をするのは時間が勿体無いだろう?」

 どうやら、双方で食い違いがあったらしい。レインは少しムッとした様子でローシュを見た後、困った様子でこちらに向き直った。

「ごめんね、ローシュが全然説明してなかったみたいで。作品を見てもらったのは、僕がハルカおにーさんに頼みたいことと関係があるからなの」

「頼みたいこと?」

「うん。えっと、話が長くなるのだけれど」

「場所を変えるとしよう。落ち着ける所を用意してあるとも」

 そういうところは準備がいいのに、どうして連絡は忘れるのかなぁ。

 

 所変わって、美術館の外。近くの喫茶店の2階に案内された。

 『ペルセポネのゆりかご』の周囲は広い公園になっていて、お店がいくつか建っている。全てローシュの会社が運営するものらしい。そのうちの幾つかはボクも出資しているので、なんとなくどんな店があるかは知っている。今いるのはそのうちの一つだ。2階、結構広かったんだねぇ。個室もあるし、なかなか雰囲気も良い。今度スミレとも来よっと。

 ウェイトレスが注文したものを届けにくる頃、ローシュが口を開いた。

「さて。早速だが、仕事の話をするとしよう」

「うん。ハルカおにーさん。依頼主として、お願いするのだけれど。結論から言うとね、貴方に作ってもらいたいものがあるの」

 レインはそう言うと、カバンから一枚の紙を取り出した。依頼書のようだ。受け取って目を通す。タイプライターで書き込まれたそれは、タイプミスもなく読みやすい。

「ふむ。仕事を手伝ってくれる人形か。バージョンを二種類用意して欲しい、と。数は……六体⁉︎多いね?」

「うん。お仕事に人手が欲しくて。でも、僕のお客様や納品先の都合上、人を雇えるものでもないでしょう?衛生面を考えても、出来たら人じゃない方がよくて」

 なるほど、確かにレインの作品は秘匿されなければならないものだ。人の口に戸は立てられない。ボクの作品なら、その心配はないね。それに、とレインは続ける。

「ハルカおにーさんの作品を見たの。すごく、すごく綺麗だった。僕の仕事は、ご遺体を綺麗に、生きていた頃の姿に近づけること。そこに、ハルカおにーさんの作品もあったら。亡くなった方も、より安らかに旅立てると思うの」

 そう語る彼の目はとても優しくて。本当に、亡くなった人のために仕事をしていることが分かった。作品作りという以上に、彼は葬いのために、ボクの力を必要としているんだ。

「難しいと思うけれど。僕のお願い、叶えてくれる?」

 紫色と目が合う。紫陽花を浮かべたその瞳に、応えたい。そう思った。

「ふふ、そんなに見つめられたら穴が空いてしまうよ。数が多いから時間はかかるけれど、必ず良いものを作ると約束しよう」

「本当?ありがとう、すごく嬉しい」

 子供のようにキラキラとした表情をする彼の横で、ローシュが一つ咳払いをした。

「ハルカ君なら、断らないと思っていたが。無事商談が成立して何よりだ。ここからは、細かい話を詰めるとしよう」

「それもそうだね。どんな子がいいか、ボクに教えてくれるかい?」

「うん、分かった。ハルカおにーさんからも、僕に質問があったら聞いてね」

 

 それからボクたちは、二杯目のコーヒーが空になるくらいまで打ち合わせをした。

「うん、大体こんなとこかなぁ」

 聞き取った情報を手帳に書き込んで、パタンと閉じる。いつもの依頼より、複雑な条件が絡み合っている。これはしばらく構造に悩むぞぅ!

「最後にボクから提案なんだけど。キミの仕事場に見学に行ってもいいかい?デザイン構想の参考もだけど、どんな作業をしているのか見ておきたいんだ」

 色々聞き取りもしたけど、どんな作業が出来る子がいいのかは、実際の仕事場を見ないとイメージしづらい。後は、純粋にレインの仕事に興味があった。

「仕事場に?その、処理前のご遺体をいっぱい見ると思うけれど。大丈夫?」

「それは大丈夫。ご遺体のことも、外で話したりしないと約束するよ。ああ、なんなら誓約書も書いとこうか?」

 茶化して言うと、レインは困った顔で首を横に振った。横のローシュもやれやれといった顔をしている。大事なことだから確認したのに!

「直近だと……来週の木曜が空いているけれど、レインはどう?」

「木曜なら大丈夫。今処理中のご遺体があるの。作業場が見たいなら丁度いいかも」

「うん、なら決まりだね!楽しみにしておくよ」

 今日はそこで解散になった。来週を楽しみにしておこう!

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