第9話 タロット共和国

 隠者ハーミッドが説明したことは、以下の通りだ。


①ユウタが今いるのは、タロット共和国という、小さな国。

②共和国は、以下の五つの地区に分かれている。

③中央に位置するのが『大アルカナ地区』(ユウタが今いる家屋はこの地区内にある。)

④大アルカナ地区を囲む形で、東西南北それぞれに、『ソード地区』『カップ地区』『ワンド地区』『金貨ペンタクル地区』がある。これら四地区を合わせて、『小アルカナ地区』と呼ぶ。

⑤小アルカナ地区には、それぞれの地区を統率するキング女王クイーン、治安を守る騎士ナイトがいる。(先程ユウタを追いかけてきたのは、四地区の騎士だったのだ。)


 そこまでの説明を聞いたユウタは、驚いていた。


「本当にタロットだね!」

「ユウタくんは、タロットを知っているのね」


 女教皇ハイ・プリーステスは「話が早いわ」と嬉しそうな顔をした。


「本当は占いの道具なんでしょ? うちの姉ちゃんが持ってるんだよ。トランプにして、よく家族で遊ぶんだよ」


 タロットは、二十二枚の大アルカナと、五十六枚の小アルカナで構成されている。小アルカナカードには、一般的なトランプに相応する数とマークが描かれていて、トランプとして使うこともできるのだ。


「……さっき追いかけてきた四人の騎士も、よく知ってる。あいつらゆるキャラじゃん。どういうことなの? 俺がいつも遊ぶタロットの騎士ナイトのカードに描かれてるの、あいつらなんだよ」


 ユウタは首を傾げながら、つい先程の出来事を思い出す。

 間違いない。あれは馴染み深いゆるキャラ達である。

 ユウタの姉が持っているタロット、その商品名は、『勢ぞろい! ご当地ゆるキャラ大集合タロット』なのだ。その名の通り、日本各地のゆるキャラ達が、小アルカナの絵柄に描かれている。


「そりゃそうよ。だってこの『タロット共和国』は、あなたの家の床下にある国ですもの」


 当然でしょうと、恋人ラバーズの女の方が言った。


「それでね、ユウタくん。一番大切なことを話すわ。君にここに来てもらった理由、それはね」


 女教皇ハイ・プリーステスの声が、一段低くなった。

重要な話をするときの、大人の特徴だった。


「行方不明になった、私達の仲間……愚者フールを見つけて欲しいの」

「フール?」


 ユウタは顔を上げる。自分の眼の前に並ぶ、総勢二十一名の顔を見渡した。彼らはゆるキャラではなく、人間の姿だ。ゆるキャラタロットの大アルカナは、一般的なタロットデッキと同じ絵柄なのだ。


「俺、大アルカナって詳しくないんだ」


 愚者フールというのが、大アルカナのカードであることは知っている。一番最初の、番号はゼロ番が振られている一枚だ。しかしユウタは、普段トランプ遊びしかしないため、占いの目的で使われる大アルカナカードはよく知らない。二十二枚全てのカードの名前すら、あやふやだ。


「いいのよ。ただ見つけてくれるだけでいいの」


 女教皇ハイ・プリーステスの声は真剣だった。


「この共和国はね、一枚でもカードが不在の状態だと、とっても困るの」

「困る?」

「……そうね、平和じゃなくなるって言えば、分かるかしら」

「戦争が起こるの?」


 ユウタの言葉に、他の全員が表情を曇らせたのがわかった。


「最終的にはそうなってしまうじゃろう」


 隠者ハーミッドの声だった。


「国の安寧など、簡単に崩れてしまうもの。小アルカナ達の安全を守り、正しい秩序を保つために存在しているのが、わしら大アルカナなのじゃ。大アルカナが欠ければ、小アルカナ達は不穏になる。力が暴走し、衝突が始まり、やがてそれが崩壊へと繋がる」

「あいつは自由な奴だからなぁ」


 聞こえてきたのは、魔術師マジシャンの声だった。


愚者フールは、気まぐれでフラっといなくなるやつだから。今までもよくあったんだよ。けど、今回は行方が分からなくなってから、時間が経ちすぎている。だからまずいんだ」

「なんで戻ってこないの?」


 ユウタの素直な疑問に、ハァと深い溜息をついたのは、真っ黒な鎧に身を包んだ男だった。黒髪の彼は、死神デスだ。恐ろしい名ではあるが、とんでもない美丈夫だった。面食いの姉がここにいたら、すぐに推し認定すること間違いなしだと、ユウタは思った。


愚者フールのやつ、名前通りのおバカだから。きっと迷子になってるんだ」

「え。迷子?」

「帰りたくても帰れない。そんな状況に陥ってるに決まってる。おバカだから」


 おバカを特別強調して言ってから、死神デスは前まで進み出ると、ユウタの目線と合う位置まで自分の背を屈めた。


「すまないが、力になってくれないか。ユウタくん。君ならきっと、あのおバカを見つけ出せるはずだ」


 死神デスの手が、ユウタの手を握りしめた。死神という名前のはずなのに、彼の大きな手は温かかった。


「協力するのは別にいいけど。見つけられるかな」


 探し物が得意とは言えなかった。鬼ごっこでは捕まらないけれど、隠れんぼで友達を見つけるのは下手だった。


「君なら大丈夫」


 この言葉は、目の前の死神だけのものではなかった。


「ユウタくんは、見つけられるよ」


――不思議だなぁ


 とんでもないお願いをされているはずなのに、ドキワク☆メーターは動き始めていた。

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