第5話 ドア

 前を歩く犬が突然止まったので、ユウタは白い尻尾に顔を突っ込んだ。


「ぶわっふ」


 柔らかく、天日干ししたばかりの布団のような香りがした。


 ワン!!


 黒く愛らしい瞳を揺らしながら、白い犬はユウタを振り返った。前方の何かを示すように、もう一声「ワン!」と鳴く。


「……え? なんでこんな所に、ドアがあるんだ……?」


 流石のユウタも訝しんだ。

床下の突き当たり、基礎のコンクリートに、小さなドアがあったのだ。


「これ、ドア? ドアだな……うーん、どう見たってドアだなぁ」


 大きさはちょうど、猫の出入り口くらいだ。やや縦長で、派手な黄緑色をしている。細やかな金色の装飾が四隅に施されていて、丸いドアノブがついていた。


 ワンワン!

 

 犬の前足が、カリカリとドアの表面を掻いている。


「開くの?」


 ドアノブはとても小さかったので、指でつままないといけない。

しかしユウタの指がノブに触れないうちに、そのドアは、


 カチャリ


と音を立てて開いたのだ。


「開いた……向こう側は……」


 暗くてよく見えない。


「変だなぁ? 照らしてるはずなのに」


 ヘルメットライトは、確かに向こう側へと光を伸ばしている。しかし開いたドアの向こう側には、ひたすら暗闇が続いているのだ。

 ユウタは腕を突っ込んでみた。

コンクリートの基礎にぶつかることも、地面を掴むこともなかった。ドアの下部にも空間は広がっているようだ。


「どういうことだろう。流石に身体は入らないや」


 ぐいぐいと身体を押し込もうと試みたが、頭すら入らない。


「ヘルメット取ったら、いけるかな」


 白いヘルメットを外し、ライトがドアに向くように地面に置くと、ユウタは再び頭をドアに差し込もうとした。


 ワン!


 向こうを覗き込もうとした瞬間だった。


 犬の小さな前足が、ユウタの後頭部を、トン、と押したようだった。


「お⁉ うわぁぁぁあ!」

 

 グラリと視界が揺れて、前方へつんのめるように全身が傾いた。きっと空中で前転したに違いない。脳みそがふわっと浮かび上がるような、不思議な感覚を覚えた。

 ユウタはドアの向こう側へ、真っ逆さまに落下していった。

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